到着
『それ、どこで拾ってきたの?』
通信の向こうのメヌーサは怒り顔だったけど、頭に乗っているハツネを見て「ん?」という顔をして、そして首をかしげた。
「連邦の犠牲者だって。再生中に母体が頭飛ばされて記憶がないっぽい」
『何とか生き延びて自力で誕生したってこと?はぁ、どんな確率よそれ?』
やれやれとメヌーサは肩をすくめた。
『まぁいいわ、腐るほど言いたいことがあるからまずは降下する。ちょっと待ってなさい』
「え、降下?」
ちょっと待て、それはまずいだろ。
「連邦軍はどうしたの。降りると危ないぞ」
『もういないわよ?』
……なに?
『なにびっくりしてるの、メルが追っ払ったんでしょう?物凄い波動が衛星軌道からも観測できたわよ?』
えっとそれは。
「いや、確かに色々やったみたいだけど、それは地上にいた連中だけだし。宇宙にいる奴らには」
『ああ、そっちについても説明するわ。ま、とにかくちょっと待ってなさい』
一時間とたたないうちに、本当にメヌーサたちは降りてきた。
しかも降下船でなく、宇宙船本体で直接。
もちろん町のど真ん中に降ろしたわけじゃなくて、降下先は彼女の拠点。で、そこに船を停泊させて、小型のビークルで町まで移動してきたんだけど。
「やっほー、メル」
『どうも』
……ビークル?
なんだこの、車輪のないスバル360みたいな、ちっちゃな可愛いビークルは?
それに乗り込んでるのが銀髪幼女と触手の塊ってのが、また。
ん?あれ?
「なあに?」
「運転してるじゃん」
メヌーサはそのビークルを運転してきたっぽい。
自分で乗れるんだったらどうして、私とふたりの時は後ろにばかり乗るんだ?
「いちいち細かいわよ男の子?」
「細かくないから」
「これ自動運転じゃないからね。うちは隠されてる場所にあるから、自動運転車だと出入りできないの」
「あー、なるほど」
そっちの事情だったのか。
つまり「運転できなくもない」ってレベルなのかな?
あれ?でもなんかメヌーサの声、微妙に緊張してないか?
もしかして……メヌーサ、そもそも、クルマの運転慣れてないんじゃないか?
ふと考え、今度はサコンさんに尋ねてみた。
「サコンさん」
『何でしょう?』
「メヌーサの運転、どうでした?」
あっコラと眉をつりあげるメヌーサと対照的に、サコンさんは楽しげに反応してきた。
『生命保険が必要かもしれませんね』
「やっぱり……」
「な、なによふたりとも!」
死ぬほど下手くそだと言外にいわれて不機嫌になるメヌーサ。
ん、でもちょっと待てよ?
「メヌーサ」
「なによ?」
ここで、下手くそだからというと、きっとへそを曲げちゃうよね。
だから話をずらしてみる。
「これは真面目な質問なんだけどさ」
「?」
「自動運転じゃダメなのは拠点の出入りだけだよね?
だったらさ、たとえばパートタイムで自動にしたり手動にするクルマは使えないの?」
運転が下手なのは確かに問題だろう。
だけど、無理に運転する必要ないんじゃないか?せっかく自動運転があるのに?
そして、慣れてない運転をフルタイムでやる必要もないはずだ。
だけど。
「いいたい事はわかるけど高いのよ」
「……あー、そゆこと?」
要するに、船と一緒でクルマも彼女の自前ってわけだ。
「……なによ?」
「いや、こんなこと言うと怒るかもだけど……真面目なんだなって」
「え?」
「いやだってさ、たとえばだけど、エリダヌス教にいえば揃えてもらえるんじゃないの?クルマくらい?」
それどころか。
メヌーサが不便してると知ったら、彼らの方から打診される可能性だってある。
それをやらない、やってないということは?
「言いたいことはわかるけどイヤよ。自前でボチボチ構えるから楽しいし自由に使えるんじゃないの」
「たしかに」
それはそのとおりだ。
遊びだって、安くても自前で遊ぶから楽しいんだよね。誰かに出してもらったり、裏ワザでタダ同然で楽しめたとしても、なんかこう、いまいちだなーっていうのはよくある事。
なるほどなぁ。
「メヌーサって、思ったより人生楽しんでる?」
「はぁ?」
メヌーサは少し首をかしげてから、ああと思い至ったように笑った。
「そんなのあたりまえよ。
ひとの身で巨大な年月に生きるっていうのは、そういうこと。
バカ?不合理?言いたい者には言わせておけばいいわ。
わたしたちは、長くてせいぜい千年やそこいらで消えていく者たちとは違う。
何百万年、何千万年……もし目的が果たされないなら、それこそ永遠にでも。
生きて、生きて、生き続けなくちゃいけないんだもの」
「……だよねえ」
長生きなんてレベルじゃないもんなぁ。
「わかったありがとう。ところでさメヌーサ、上空の連邦軍がどうなったか知りたいんだけど……」
「いーえメル、その前にこっちの質問に答えてもらうわ」
あぁ、やっぱりその話題も避けられないのか。
「とりあえず、拠点に戻りましょ。乗りなさい」
「ういっす」
ビークルは本当に大昔の360cc軽四サイズだった。
乗り込むと、天井が低いせいだろう。頭の上にいたハツネが胸元まで降りてきた。
で、そのままチンと膝の上に座り込んだ。
あはは、腕組みしてふんぞり返ってるのが、なんか可愛い。
「ずいぶんコンパクトなクルマだね」
「今どき珍しいでしょ、これでもちゃんと慣性制御もするし浮上走行もバッチリなんだから」
「ふむふむ」
今どきって言われても、そもそもカラテゼィナの交通の現状自体知らないけどね。
とりあえず、イダミジアに近い交通事情なのはわかる。で、このクルマみたいな車輪のないエアロカータイプと車輪つきが混在しているのも同じだけど、ただ雰囲気、イダミジアより車輪のない車両の比率が高いみたいだ。
ただカラテゼィナの場合、こういう昔の日本の軽四みたいな超小型ビークルがやたらと多いのが特徴かな?
『技術の進歩で、パワージェネレータ部がとても小さくなったようですね。
そして都市圏では小回りのきく乗り物の方が人気があるようで、結果としてこの手の小さなクルマが多いみたいです。リサイクルも進んでいて、ほとんど無駄なく再利用するみたいですよ?』
「なるほど」
人間の感覚には限度があるし、大都市でバカみたいな大出力のクルマなんて意味がない。
地球はまだまだ黎明期のモータリゼーションといえるけど、彼らは千年、万年単位でクルマ社会をやっているわけで、世の中も成熟してる。
誰もが必要最低限の乗り物を愛用するようになった結果、売れ筋のビークル類は小さくコンパクトなものが大多数になった。さらに部品などのリサイクルも進んだため、その時代の流行にあわせたクルマがせっせと生産され、そして古いものは一度分解されてから新しい流行にあわせて再生され……って感じになってしまってるっぽい。
クルマ社会を維持したまま、無駄を省いてリサイクル社会を実現したのか……これはこれで凄いなぁ。
「そういえば、もう情報案内につないでも大丈夫かな?」
「え?ええ、もう大丈夫だけど?」
「りょうかい」
さっそくアクセスして基礎情報をもらってと。
で、このクルマのデータももらってきた。
『カナン・ポンチョ シャーリー暦28年型』
カラテゼィナで売られている最も小さな浮遊型ビークル。とてもかわいい丸っこいカタチとパステル調の色彩をもっており、うら若いアマルーやアルカインの女性むけに設計された。
だがこのクルマは、小ささを追求するあまり自動運転機構も、制御用人工頭脳すらも省略しており、しかもカナン社が最も得意とするスポーツミニ用パワーユニットを流用している。
結果として、最小クラスのボディにライトウェイト・スポーツの心臓、しかもその制御は全て手動のみという、見た目に反して随分と漢気のあるクルマに仕上がってしまった。
このため、ポンチョのユーザーは両極端に分かれる。
すなわち、自動運転などわざわざ必要ない近距離のみ利用の若い女性と、むしろガンガン走る気まんまんの荒っぽい男性ユーザーである。
なんじゃこりゃ、クーパーキット組んだミニみたいなやつだな。
へぇぇ、銀河にもこんな濃いクルマがあるんだなぁ。
「メル、このクルマのデータ見てるの?」
「うん、なかなか面白いクルマじゃないか」
「ありがと。
でも、そんな事いってごまかしてもダメよ。ちゃんと説明してもらうからね」
「へいへい」