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宇宙(そら)へ逝こう  作者: hachikun
第一夜『アンドロイドの少女』
12/264

出発

2016/12/05 : 一部加筆

 やがて時間が来て、俺はアヤに案内されて司令室に移動した。

「ソクラスに命令できればどこからでも動かせるんだけど、こうやって情報をまとめてみられる場所はやっぱり便利よね」

「確かに」

 コックピットという概念はないようだった。

 室内は広くて、計器やメーターみたいなものは何もなかった。ただ壁やあちこちにウインドウみたいなものが無数に浮かんでいて、そこにいろいろな情報や映像が映っていた。

 そのひとつに地球が見えているのに気づいた。

「地球だよね?」

「ええそうよ。どうしたの?」

「いや……あんな構図を実際に見るのは初めてだから」

 地球は、月でいえば半月よりちょっと太いくらいの形になっていた。

 そう。

 こんな地球の風景なんて、写真やビデオでなく直接みた者はどれだけいるだろう。宇宙飛行士くらいなのか?もしかして。

『席についてください』

 ソクラスの声にうながされて、俺たちは席についた。

『本日は、はじめてのお客様がいらっしゃるので、普段省略するアナウンスも全部流します。いつも聞き慣れている方には申し訳ないですが、あらかじめおことわりいたします』

「ええいいわ。定番ですものね」

 ソクラスの言葉にソフィアがうなずいてるんだけど、意味がわからない。

 首をかしげていたら、アヤが教えてくれた。

「はじめて宇宙(そら)にあがる人がいる状態で宇宙船を飛ばすときは、その方にちゃんと見えるよう、聞こえるようにして、普段省略するような細かい説明や宣言も全部やるって風習があるんですよ。

 これはソフィア様たちの銀河連邦だけでなく、もっと昔から続く古い習慣らしいです。わかりやすく言えば、まぁ、一種のゲン担ぎみたいなものでしょうか」

「へぇ」

 そんな風習があるのか。おもしろいな。

 そんなことを考えているうちに、それは始まった。

『補助エンジン、二番始動』

 船体のどこかが一瞬、ぶるっと揺れたような気がした。

『全システムチェック完了、異常なし。ソフィア、航路指定を口頭で宣言願えますか?』

「えー、そこまでするの?」

『何をおっしゃいますか第一航海士?』

「航海士兼お客様兼下っ端じゃないの、もう!」

 ソフィアはちょっぴりおかんむりみたいだ。

 ああ、要するに社長兼小遣いみたいなもんか。本当は偉いはずなのにちっとも実感がないと?

 うわははは、そりゃ確かに不機嫌になるよな。

「何か言いたげね、誠一くん?」

 おっと流れ弾きた!

「ええ、ひとりで船に乗るってそんなに大変なんだなと」

 もちろん俺もごまかした。

 そういうと「ああそうね」とソフィアも納得げになってくれた。

 あぶねーあぶねー、地球だろうと宇宙だろうと、味方の女をわざわざ敵に回す事ぁない。

「地球にも航空法とか、飛ぶ時にやるべきセオリーがあるでしょう?報告とか連絡とかね。それと同じようなものよ。

 ただ宇宙船舶法っていうのはスビュール……えーと訳すと、ワンマンオペレーション?を前提にしてないの。だから、めんどくさい規則がたくさんあるのよね」

「なるほど。で、普段はみんな守ってないと?」

「ドロイドにやらせるわね普通は。でもうちはドロイド積んでないから」

 ドロイドとアンドロイド。訳すとまぎらわしいけど、皆の使っている連邦公用語でも似たようなものらしい。

 ちなみにドロイドっていうのは人間と対話できる程度の知能のあるロボット全般をさすもので、中でも銀河でヒューマノイドと認識されているものをアンドロイド分類にしている、という事らしい。

 ただ、この「ヒューマノイドとして認識されている」部分が厄介らしい。いろんな種族がいるからね。

 だから実質、なんでもかんでも「お話の通じる」ロボット的存在は、宇宙船の頭脳みたいな据え付け型をのぞいてみんなドロイドって呼ぶんだと。

 さて、話を戻そう。

『ま、そんなにイヤならドロイドのひとりも積むんですな、次からは』

「ええそうさせてもらうわ、あなた以外を使う時はね」

『はいはい、それで宣言はどうなさったので?』

 ソフィアは苦笑すると、やがて姿勢をただした。

「連邦法による船長または第一航海士による航路宣言を行います。

 本船ソクラス・マドゥル・アルカイン号はソル宙域を離れ、オン・ゲストロ財団本星、イダミ星系イダミジアを目指します。到着予定港は首都『ンルーダル』に近いイズベル・マウ・ワナダ港に設定してちょうだい」

『了解、受諾します。

 本船はただいまよりソル宙域を離れ、オン・ゲストロ財団本星、イダミ星系イダミジアを目指します。寄港地予定は首都『ンルーダル』に近いイズベル・マウ・ワナダ港に設定いたします。

 ルートの関連によりガマル、オッサ、テンドラモンカ、ルルベのうちどれかに寄港する事が推奨されますが、どうしますか?』

「テンドラモンカ?あそこはもうないんじゃないの?」

『確かにテンドラモンカは国としては滅亡しています。しかし現地の資本により港湾と燃料基地が作られました。ヨンカ星系との間で不定期に船が出ているほか、希望すればロット系燃料補給も可能になっております』

「ヨンカって、またものすごい田舎とつないだものねえ。ロット系燃料ってことは貨物船航路でもあるの?」

『わかりません。手元にある資料によると、何か現地の宗教団体が動いたようですが』

「え、宗教団体?」

 思わず反応してしまった。

 宇宙文明の世界にも宗教ってあるもんなのか?

 そしたら、ソクラスたちより先にアヤが反応してくれた。

「誠一さん、宇宙文明であっても宗教はありますよ。ただ、星を越えて伝えられる事はあまりないのですが」

「星を越えない?どうして?」

「争いの元になるからよ」

 今度はソフィアが教えてくれた。

「どの文明にも、世界の最初や真理、生きるための指標や道徳を語る教えは必ずあるもの。それはその星のユニークな知的財産とも言えるものよ。

 だけど、それは他の星でも同じことでしょう?

 もし、よそからやってきた人たちが、俺たちの教えの方が正しいから、おまえたちの教えを捨てろっていいだしたらどうなるかしら?」

「それは……ケンカになるよな。少なくとも険悪になるのは避けられない」

「ええ正解。

 星と星が出会うっていうのは、宇宙文明の時代であっても歓迎すべきことよ。新しい可能性がひとつ増えるんですからね。

 でも、それが悲しい出会いになってはいけない。

 宗教や思想を相手に押し付けないっていうのは、そうした中で生まれてきた考えのひとつなのよ」

「なるほど……じゃあ、どうしても思想的に折り合えない時は?」

「警戒しつつ、最低限のおつきあいにとどめるわね。それがお互いのためだもの」

 おー。伊達に宇宙で繁栄してきてないって事なんだな。

「さ、話を戻しましょう。続けてソクラス」

『了解。それで寄港地はどうなさいますか?』

「燃料の心配がないのなら直行したいところだけど、非常事態と思われるのも癪よねえ。一番、航路的に早いのは?」

『テンドラモンカですね。実際、あそこは何もないので法的寄港だけが目的の船には愛用されているようです』

「ソクラスがそういうなら確かね。いいわ、ではテンドラモンカにしましょう」

『了解、テンドラモンカを寄港地に設定します。

 生活領域への送電を一部停止、艦載機ゲート閉鎖、ロック解除』

「このまま発進するの?それとも安全圏まで移動する?」

『攻撃の心配はありませんが、あまり露骨に地球人に観測されるのは好ましくないでしょう。現在のステルス状態を維持したまま月軌道ふたつ分の距離まで離れ、そこで主動力に点火しようと思います』

「わかった、主動力始動地点までの予想到達時間は?」

『連邦時間であと一分半です。すでに慣性飛行で移動開始していますので』

「わかったわ。ではその間に航路申請と、おじいさまに出発の連絡をしてちょうだい」

『航路申請は今はできません』

「え、なんで?非連邦系でも航路申請の相互接続はほとんどできてるわよね?」

『ここソル宙域は銀河のいかなる文明圏にも属しておらず、過去に航路ネットワークに組み込まれた事もないようです』

「うわ……本気で田舎だったのね」

『なにを今さら。だからこそ、トカゲが最初から目をつけていたんでしょうに』

「あー、まぁそうよね、確かに」

 何か、よくわからない話が多いな。

 でも、いちいち素人が話を止めるのもどうかと思うので、今は聞くだけにとどめた。あとでアヤにでも聞いてみよう。

 そんな事を考えているうちに、事態は動いた。

『予定地点に到達しました。

 主動力を始動します。念のため座席にお座りいただき、ショックに備えてください』

 シートベルトとかはないんだな。

 でも何かこの椅子、はまりこむというか埋まるような感触なんだよな。もしかしたら、すわった人をショックなどで逃がさないような仕組みになっているのかもしれない。

『銀河潮汐機関、作動カウントダウン。20、19、18、17、16……』

 銀河潮汐機関だって?

 なんか知らないものがどんどん増えていくな。うん、楽しみだ。

『9、8、7、6、5、4、3、2、1……銀河潮汐機関始動』

 音はなかった。

 だけど、ゆらり、と、世界の何かが揺れたような気がした。

「誠一さん」

「ん、なに?」

「地球はしばらく見納めになりますから、見ていた方がいいですよ。加速をはじめると、あっというまに見えなくなりますから」

「わかった、ありがとう」

 アヤに礼をいうと、地球の映っている画面に目線を戻した。

 ちょうど日本のあたりが影から出てきたようで、少し見えていた。オッと思って注目すると、何かのセンサーでも働いたのか、何も言わないのに日本のあたりだけが拡大され、横の画面に見えた。

 おおすげえ、よくできてるな。

「日本は夜明けのようね」

「ああ」

 いつか、戻って来られるのだろうか?わからない。

 まずは銀河で生活を確立しないとな。最優先でやるべきは、まずはそこだろう。

 だってさ。

 今の立場って要するにゲスト、お客さんなわけだろ?

 俺は主人公でもヒーローでもないから、こんな立場が続けられるわけがない。

 うん、楽しみだな学校。

 そんなことを考えていたら、

『それでは、加速を開始します。当分は見納めになりますが、少し待ちますか?』

「いや、いいよ。頼む」

『了解しました』

 俺はわざと気楽に答えた。

 そんなの、いちいち見ていたら、いつまでも動けなくなるに決まってるからな。

 こういう時は、スパッと出ていくに限るさ。

『それでは加速を開始します。5、4、3、2、1……スタート』

 

 その瞬間。

 まるで宇宙ものビデオの早送りでもしたみたいに、ズバッと地球が彼方へ飛び去ってしまった。

 

 ……おいおい、風情もなにもあったもんじゃないな。

 でもまぁ、それだけ速いってことか。

 

 映像は次々と切り替わっていく。

 地球を移していた画面は、太陽系内の現在位置を示すものに変わった。それは太陽までの距離や位置関係、現在ソクラス号のいる位置を惑星軌道などと交えつつ、要約して表示しているんだけど。

「これ火星?」

 なんだこの速さ!?

 気づいた時にはもう、火星軌道すらも越えていた。

 もしかして、既に光速を越えているのか?

『恒星系移動速度ですから、しばらくはゆっくりしたものです。冥王星の遠日点の距離に到達するまではこの速度を維持します。約五時間後になります』

 おい。

 それ、ほとんど亜光速だよな。

 ちょっと前まで停止していたはずなのに、どんだけものすごい加速性能なんだろう?

 ううむ、何かこう、根本的に地球科学の物差しで測れるレベルじゃないんだなぁ。

 

 

 その場はいったんお開きになった。予定地点……狭い意味での太陽系のはずれまできたら、また呼んでくれるらしい。

 俺は廊下に出て……そしてためいきをついた。

「すごい……星が飛んでいく」

 廊下の横には長い窓みたいなのがあった。当然外が、ずーっと見えているんだけど。

 その、見えている景色がとんでもなかった。

 世にもおっそろしい速さで星がビュンビュン流れていくんだ。まるで3Dゲームの星空みたいに。

 うわ……前の星は青くて多くて、後ろが赤くて少ないのか。

 これってあれだよな。救急車の音が近づくのと遠ざかるのとでズレて聞こえるアレ。なんてったっけ?

 ああそう、ドップラー効果だ。

 宇宙船からの風景でこんなもん見る羽目になるとは……。

 いやま、それ以前に、そもそも宇宙船なんて俺の人生の中で乗る事になるなんて、想像もしてなかったけどさ。

 それにしても。

「こんなとこに窓とか……危なくないのか?」

「窓なんてありませんよ?」

 突然に返事したから何かと思えば、アヤがいた。

「え、でもこれ窓だよね?」

「いえ、窓っぽく映像を映しているだけです」

「そうなの?」

「はい。だって、本当にこんなところに窓があったら危険じゃないですか?」

「……それはそうなんだが」

 思わず、斜めから奥の方に目を向けてしまった。

「横から覗きこんだら奥も見えるんだけど?」

「二次元的なカメラ映像ではありませんから」

 げ、窓の景色までオーバーテクノロジーかよ。

「ちなみに映像も、いろいろ強調とか細工がされていますよ。もともとこれは正確に映す事よりも、見た人間のメンタルケアに貢献する事が目的ですから」

「あー……癒し映像みたいなもんか」

「はい、そのようなものです」

 なるほど。

 実用で景色を見せているのでなく、宇宙を飛んでますよーっていうアピールだったんだな。

「じゃあこれってリアルタイムじゃないってこと?録画?」

「いえ、リアルタイムのはずです。わかりやすく脚色したりしているだけですね。ほら」

 そういうと、アヤは遠くに見えているチカチカ光るものを指差した。

「あれはなに?」

「たぶんアステロイドがあそこにあるんですよ。何か危険なものがここにあるよ、と強調して見せているわけです」

「アステロイドか。なるほど、石や岩は光らないもんな」

「はい、そういうことです」

 アヤはにっこりとうなずいた。

「それはそれとして誠一さん、まだ時間ありますし、お食事にしませんか?」

「お食事!?」

 言われるまで、俺は食事のことについて全く気付いていなかった。

「アヤ、ひとついいかな」

「はい、なんでしょう?」

「宇宙船の食事って、やっぱりアレなの?合成食とかブロックの何かとか」

 先日出されたものは違ってたけど、出航したとしたら……やっぱり宇宙食なやつが出るのか?

「よくわかりませんが、今日はアルカ風のポルポの衣揚げだと聞いてますよ。ポルポというのはお魚の事ですけど、日本の市場で肉やお魚をだいぶ積み込んだそうなので、たぶん日本のお魚をアルカ風に料理するんだと思います」

「へぇ……って、宇宙にも魚料理あるの?」

「全ての星とは言いませんけど魚はいますし、料理の仕方にしても煮る、揚げる、蒸す、炒める、マフ……これは和訳がありませんか、マフーシャなど、だいたい似たようなものですから」

「いや、なんか今さらっと変な調理法混じってたから!なにそのマフなんとかってのは?」

「ボイルに近いといえばわかりますか?ただ力場に包む方式で、地球では同じものを見つけられませんでした」

「力場て……なんだろう、レンジでチンが近いのか?」

「あれは電磁波によるボイルの一種と分析してますけど……近いのかしら?」

 そんな話をしつつ、俺たちは食堂に向かって歩き出した。

 

 もちろん俺は、ここから自分を待つ未来を知らない。

 知っていたら、こんな安らかな気分でいられたかろうか?わからない。

 ただひとつ、言える事がある。

 俺はあまり家庭的な人間でもないし、対人スキルも低い。

 だから、おそらく、そんな俺の未来としては……決して悪い未来ではなかったようにも思う。

 

 まぁいい。

 とにかくだ。

 

 平凡に、あるいは平凡以下に生きてきたはずの俺の人生はこの事件をきっかけに、

 まったく別のものに変化してしまったってこと。


 改めて、窓の外を見直す。

 素晴らしい速さで進んでいく星空。


 ああ……そうだな。

 俺、星の世界に来ちゃったんだ……。

 

 うん。

 とりあえず。

 

 さらば地球。

 また逢う日まで。

 

 

(つづく)


もうちょっとだけつづくんじゃよ(以下略)

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