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宇宙(そら)へ逝こう  作者: hachikun
第三夜『メルの巫女みこ日記』
119/264

ガイア

 突然だが、人と岩は会話できない。人は生命体であり岩は鉱物だからだ。

 だがそれは正しいことでもある。

 だって、かりに岩や鉄に思考のようなものが存在するとしたらどうなるだろう?石器を作ろうと岩を砕こうとしたら痛いと文句をいわれ、鉄を溶かして打とうとしたら、やめて熱いギャーと悲鳴をあげられたら?

 とてもじゃないが、そんな中で文明など構築できるわけがない。

 だからこそ、人と岩が会話できないのは幸いだし、そして正しいのだろう。

 

 

 包まれている。

 真っ暗な世界の中、私が最初に感じたのはソレだった。

 闇の中、何も見えない。

 だけどその闇は暖かくて、そして、やさしく私は包まれていた。

 ここは、どこ?

 ふと考えると、一瞬でその問いに対し『はじまり』という言葉が浮かんだ。

(はじまり?)

 その意味をふと考え、そして何となくソレに気づいた。

(ああ、なるほど)

 私の勘違いでなければ、ここには全てがあるはずだった。

 ここから世界の全てにつながり、全ては明らかであるはず。間違いなければだけど。

 なんか、とんでもない場所に連れてこられているらしい。

 

 それにしても、何も見えない。

 

 いや、これは「何もない」のではない。たぶんだけど実際は逆で「あまりにもありすぎて」他ならぬ私が認識できないんだろう。

 で、認識不能の有象無象が混沌になってしまった結果、闇に見えてしまっていると。

『その認識で間違いないだろう。(いと)し子よ』

 誰?

『我を呼び止めたのは君だろう』

 ああ……そう、そういう事か。

 私は確かに、ソレが何者か知っていた……まぁ、目覚めたら忘れているんだろうけども。

『その認識は間違っていないだろう。

 君たちは、常に夢幻の中で我と話す。そして、その夢幻に永遠にとらわれた時……それが君たちの死でもある』

 ああ、なるほど。

 

 無粋な問いかけは、ない。

 ここにはこの世界の全てがつながっている。全ての回答はそろっているのだから、質問など必要ない。

 それでも私が問いかける理由は、簡単。

 つまるところ、私が幼なすぎ、知らなさすぎるだけのこと。

 だけど。

『それでよいのだ』

 つるり、と巨大な何かに全身をなでられた。

 そしてその時、自分が何も身に着けていない事にも気づかされた。

 あれ?えっと、服は?

『ここには物質の概念がない。全てがその存在のみとなる』

 要するに、魂みたいなもんだけだから服なぞないと。

 ん?魂だけ?

 ということは……?

『なぜ自分自身をまさぐる?』

 いや、魂だけなら男のはずなんだけど……あれれ?触った感じがメルのままなんですが?

『肉体に引きずられているのだろう。大したことではないな』

 いやいやいやいや、大したことですから!

 それって、メルとしての身体に引っ張られて男じゃなくなりつつあるってことじゃないですか!

『容姿など、着替えられる衣装のようなものにすぎない。これは性差や性格なども含まれる。

 だから、大したことではない。重要なのは君自身、その魂そのものであろう』

 

 え?

 それってつまり、性別や性格なんかも変わるっていうこと?

 

『性別など、そもそも遺伝上の親の都合で決定されたものでしかない。

 ならば元素一個残す事なく、存在情報だけを別の肉体に乗り換えてしまった今の君が、どうして昔の肉体の性に引きずられる?』

 いやーでもさ。

 今まで何十年って男として生きてきたわけだし、(つちか)った性格もあるわけでしょう?

『だが現実に、君の魂のカタチはもう女にそれになっているようだが?』

 いやぁ、結局見た目だけですって。

 どうせ、これでも股間をまさぐれば、そこには○んち○があるはずで……ありゃ?

 

 ……ない。

 

『君の身体にソレがついていたのは、君の身体を生み落した存在が改造(カスイタマイズ)してくれていた結果なのだろう?ならば当然、ここでは「ついてない」わけだな』

 おぉ……なんてこった、マジでついてない。

 ありゃ?けど、なんか変だぞ?

 下品な言い方で悪いんだけど……男の子がついてないからって、別のものがついてるかっていうと。

 そっちもないな。

 ……いや、ついてても困るけどさ。

 でもメルの身体にはちゃんとついてたぞ、これはどういう事だろう?

『それは、君が自分を女と認識していないからだろう』

 ああなるほど、そうなるわけか。

 

 ふむ。じゃあ、じゃあ質問していいかな?

『問題ない。しかしほとんど忘れてしまうと思うが?』

 それは、かまわないよ。

 重要なのは、あの人たちを助けられたのかってこと。

『それは「まだ」だな』

 え、まだ?

『今の状況をひとことでいえば、君に呼ばれた我が反応し、そして不完全ながらこうしてアクセスが成立しただけにすぎない。君が何をしたいにしても、これからしなければならない』

 不完全って、どういうこと?

『そもそも、こうして対話が成立している事自体が不完全の証拠ではある。

 君も知っているように、我は人ではない。それどころか、君らが生き物と認識できるものですらなく、対話も本来成立しない。

 つまり。

 もし完全にアクセスがなされたのなら、我とこうして対話できるわけがない』

 ああなるほど、確かに。

 今私が話している存在は、つまり……星とか運命とか、そういうレベルの、つまり巨大で異質で、何か違うはずの存在のはず。

 なのに、こうして人間の会話が成立している事、それ自体が既におかしいって事か。

 

 とはいえ、今はそっちを気にしている場合じゃないと思う。

 それで、私はあの人たちを助けられるの?

 

『我を正しく活用できれば、可能だろう』

 なるほど。

 で、どうやって使えばいいの?

『このまま行けばよい』

 このまま?

『つまり……夢を見たまま、夢の中で事をなせばよい』

 

 

 さっきまで真っ暗だったはずの世界に、突然に風景が戻った。

 だけど、そこはまるで映像ごしの世界だった。

 つまり、認識はできるけど直接触れない。

 そう。

 まるでスクリーンごしに別の世界から見ているようだった。

 

 ああ。

 

 広場にいる人たちにむけて、杖をふる。

『……皆に癒しを』 

 たちまち、見渡す限りの全てのドロイドたちが、みるみる元気になっていった。

「な、なんだ!?」

 突然の事態に慌てている連邦兵士たち。

 だけど、対ドロイド・ジャマーは既に効いてないわけで、彼らにも止められない。

 たちまち、多勢に無勢で今度は連邦兵士の方がボコボコにされていく。

「ありがとうございますっ!」

 口々にお礼を言われるのを、いいの、いいんですよと返しておく。

 そして、ついでに光もぽんぽん配る。

 皆にどんどん、喜びが広がっていく。

 

 まだだ。まだ足りない。

 

 意識を拡散させ、ここと同じような虐待やら虐殺やらのポイントを探す。

 すると、全惑星に大きいところであと六ヶ所、個人の虐待など含めると四十カ所くらいある事がわかった。

 ……なんというか、ひどいな連邦。こんな残虐行為を平気でやるなんて。

 

 いや、それはちょっと違うか。

 そもそも連邦って、ドロイドを人間と見てない。

 つまり彼らがやっているのは、彼ら的には、市民の自転車やクルマをかっぱらって壊して回っているようなもの。

 ……あくまで、彼ら目線ではだけど。

 

『……この星にいる、全ての傷つけられた者に癒しを』

 

 何千、いや何万?この惑星上で治療を必要とする人たち。

 そこに向かって、無数の光が矢になって飛んでいく。

 おー……これは壮観だねえ。

「す、すごい……」

「ここの全員を一撃で癒したのも驚異的だが、まさか、これほどとは……」

「魔王の異名をもつお母上とは正反対の、これもまた……」

「まさに母にして父(ロルロットローラ)……偉大な聖女様」

 

 え?

 うわ、なんか皆して祈りだしてる!?

 

 ちょっと困ったので頭をポリポリかいていたら、ふとその頭に何かが乗っかった。

 ん?

「お……お?」

 

 乗っかっている「何か」をつまんで目の前に持ってきてみた。

『なに……この子』

 

 それはドロイドだった。辛うじて、それだけはわかった。

 ただし、今まで見てきたドロイドたちとはずいぶんと違っていた。

 まず、とても小さい。

 可愛い女の子なんだけど、上半身だけ見たら少女じゃない、幼女だ。髪は緑色で、その緑色が肩まで伸びている。肌は……普通の色だな。うん、顔だちも可愛い。

 え、なんで「上半身だけ」って?

 そりゃまぁその……下半身が蜘蛛なんだよね。

 えっとね、ハエトリグモって蜘蛛知ってる?そう、あの、ぴこーんって跳ねてパソコンの画面に時々はりついたり、ハエを捕まえて食べたりしている、あのちっぽけな蜘蛛。

 女の子は、下半身が思いっきりそのハエトリグモのそれだった。

 うーむ……これはアラクネってやつか?

 確かに、遠目にケンタウロスな人もいたから驚きはしないけど……こうして目の前で「はーなーしーてー!」って感じにジタバタ暴れているのを見ると、なんともいえないなぁ。

 つーか……蜘蛛が可愛いって、生まれてはじめて思ったかも。

 なんかね、本来は下半身がキモイはずなのに……ぬいぐるみが動いてるようにしか見えないんだもの。

「あなた、どこの子?」

 とりあえず聞いてみた。

 そしたら、その子でなく周囲にいたドロイドさんたちから返事がきた。

「ああ、その子たぶん無理です」

「無理?」

「ドロイド再生中に母体が頭吹き飛ばされたんだと思います。こうなるとマトリクス情報が不完全になってしまうので、生き延びても記憶が真っ白なんですよ」

「ありゃ……」

 さすがに、頭飛ばされて即死じゃ癒せないもんな、そうか。

「こういう子は他にもいるの?」

「いないと思います」

「理由は?」

「普通はまず、再生失敗して両方死ぬからです。こうして記憶なしで生き延びるのって奇跡のような確率なんです」

「そっか……この子、どこの子?帰るとこはあるの?」

「ありました……でも今はないですね」

「どういうこと?」

「ドロイドだけの避難所みたいなところがありまして、そこに収容されていた個体なんです。確か、前の主人が老夫婦で、おふたりとも亡くなったんだと」

「そう……」

 戻るところも記憶もないってか。

「きみ……どこか行きたいとこある?って、ありゃ」

 気づいたら、蜘蛛っ子ちゃん(仮称)は身をよじって私の手から逃げ出していた。

 そして対処する前にパパーッと走って私の頭の上に飛び乗って。

「……重い」

 また、私の頭にしがみついてしまった。

「メル様、懐かれましたね」

「そっか……まぁいいけど」

 とりあえず、もう一回掴んで目の前に持ってくる。

 で、また「はーなーせー」と、ジタバタやっているところに声をかけてみる。

「ねえ、私といっしょに行く?」

「!!」

 蜘蛛っ子は、ピタッと抵抗をやめると、ウンウンと大きくうなずいた。

「そう、わかった……でもどうして、こんな懐かれたんだろ?」

 何かしたつもりはない。というか、そもそもこんなドロイドはじめて見たぞ。

 そしたら、背後から声がした。

「メル様の内包するエネルギーでしょう」

「エネルギー?」

「はい」

 振り向くと、噂のケンタウロス型のドロイドさんが立っていた。

 ケンタウロスさんは、私の前に立つと敬礼っぽいお辞儀をした。

「この町で警備の仕事をしておりますカレラと申します。はじめましてメル様」

「はい、こんにちは。ところでエネルギーってどういうことかな?」

 こういうとケンタウロス……カレラさんは首をかしげた。

「気づいてないのですか?」

「?」

「メル様、あなた先ほど、信じられないような莫大なエネルギーを帯びていたのです。今はだいぶ落ち着いていますが。

 その個体……パララネアという星系の種族の姿なんですが、彼女は生き物の生体エネルギーを食べるタイプでして。

 だからでしょう。なついているのは」

 あー……それって。

「もしかして私、この子のごはんに見えてるってこと?」

「そういうことになります」

 思わず、まじまじと蜘蛛っ子を見てしまった。

「ちなみにこの子、放置したらどうなる?」

「うちで保護します。きちんと学習して理性を獲得するまでは」

「ふむ、そのココロは?」

「放置したら、そこいらの人を襲って生命力を吸いかねませんから」

「……あははは」

 まあ、その、なんだ。

 この子一匹だけみたいだし。 

 メヌーサにでも相談すっかぁ、うん。

 

 改めて蜘蛛っ子を見た。

「ふーむ……で、この子の名前知らない?」

「メル様、もしお連れするなら、メル様が名前をつけてあげてください」

「え?」

 どういうこと?

「ご存じないのですね?

 記憶を失って真っ白から再生した場合、新しい生に新しい名を与える習慣があるんですよ」

「そうなんだ……」

 言われて、もう一度蜘蛛っ子を見た。

 ……うん、なんか可愛い。

「よし……じゃあ、きみの名は『ハツネ』がいいかな?」

 なんたって蜘蛛だし。

 昔大好きだったゲームの主人公の名前からとったんだけど。

 彼女も蜘蛛だったから、ちょうどいいだろう。

「うん、決まり……君の名は『ハツネ』、ハツネだ。わかった?」

「!」 

 その瞬間、蜘蛛っ子……ハツネは、おおっと嬉しそうに笑ったんだけど。

 

 

 そしてその瞬間、私は我に返った。

 

 

 あれ?なんで私、ここにいるの?

 うわ、なんか手にちっちゃいアラクネみたいな女の子がくっついてるし!

 えっと……ああそうか、こういう時こその記録記録。

 記録を閲覧してみて、とりあえず目の前のことだけ把握した。

 ふむふむ、なるほど。

 つまり、なんか杖のパワーで何かと接続して、その力を借りたってとこかな?

 なんか、えらい事になってるけど……とりあえず気にしないでおこう、うん。

「それで、きみはえっと……ハツネでいいのか。わかったわかった」

 で、うちの子にすると。

 なんつー大胆な。メヌーサに絶対怒られるぞこれ。

 だけど。

「……」

 女の子、ハツネは何もいわず、ただ、にこにこと笑っているのだった。


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