到達
一部、ご不快になる表現があります。申し訳ありません。
飛び込んだ店内は、どこか懐かしい感じがした。
ビジュアル的にいうと、靴屋というよりスポーツ用品店。要するに、朗らかというか明るい感じがして、そして店内の通路なども余裕のある構成になっていた。
そしてもちろん、いろいろな種類の靴が置かれている。スニーカーのようなものから革靴のようにビジュアル優先と思われるものまで、本当に色々な靴があった。
まぁ、中にはあからさまに異形のもの……つまり人類とは全く異なる足に履かせるためと思われる靴も並んでいるけどな。そのあたりが強烈な違和感ではある。地球では着ぐるみを置いているようなお店にしかないだろう種類のものもあった。
いや、ちょっと待て。今はそれどころじゃない。
商品の棚の影に回り込んでみたら、やはりそれはあった。
店員と思われる女の人が、連邦軍人と思われる数名に襲われていた。
なんじゃこりゃと思う前に身体が動いた。
「……え?」
気が付いたら、軍人たちは全員ダウンしていた。
それどころか全員の手足を交互に結びつけるという、古典的だが有効な捕縛まで行われていた。
……なんだこれ?何が起きた?
記憶がつながってない。
軍人たちが女の人を襲っている映像があって、次の瞬間には全員始末されていた。
一分、いや二分?
時間経過を確認すると、二分少々経過していた。
『動作ログを確認。問題点を調査』
めったにやらない……というか、イダミジアに来る前にソクラスに教わっていた『システムコール』っていうのを試してみる。
人工生体とはいえドロイドである限り非常回路っていうのは存在して、重症などの非常時にはそっちに切り替わるって話だったよな。
もしかして、それが動いたんじゃないか?
さて。
呼びかけてみると、回答はあっさりと得られた。
【回答:非常事態にも関わらず主頭脳が機能不全に陥ったので、非常回路が作動しました。状況を鑑み、敵対存在を非殺傷で排除しました】
機能不全?
なんで?
いや、言われるまでもないか。
女性が暴行されている現場なんて初めて見たもんな。しかも相手は複数の連邦軍人、一瞬、固まっちまったんだ。
で、それを危険と見たシステムが非常対応に切り替えたってことか。
なるほど……。
普通、こういう時の非常対応というと血も涙もないっていうのがお約束だろう。
だけど、私の中にあるアヤ譲りのシステムはすいぶんと賢いようで。
問答無用で殺さずわざわざ非殺傷にしたってことらしい。
すごい。
「あのう……」
「ああ、すみません」
女の人が身づくろいをすませたようで、私に話しかけてきた。
ああ、ちなみにこのお姉さんドロイドだったので、さっそく光を渡した。
「ありがとうございますっ!」
「いえ、これは私の仕事ですから。
それよりお姉さん怪我ない?
あと、状況がよくわからないのでこいつら殺してないです。殺した方がいいですかね?」
「あ、はい、大丈夫です。ありがとうございます!」
女の人はコクコクとうなずいた。
「どのくらいで動きだすかな?」
「そうだね。普通の人なら半日くらい目をさまさないかもだけど、軍人だから……30分ってとこかな?まぁすぐには動けないけどね」
システム側の見解を見ながら返事する。
「そうですか」
ふむ、と女の人は小さくうなずいた。
「だったらそのままにしてください。どうせここは危険ですし、わたしも避難しますから」
「ああ了解、じゃあ……」
じゃあ私も行くね、と歩きだそうとしたのだけど、
なぜか後ろから首根っこを掴まれた。
ぐえ。
「あ、あの?」
「ちょっと待ってください、その足は何ですか?」
へ?足?
「ああ、全開で走ってたら破れちゃって」
「破れた?なるほど、高機動ドロイド用じゃなかったんですね?
わかりました、こんなものじゃお礼にもなりませんが、ちょっとこちらへ」
そういうと、女の人はグイグイと私を店内にひっぱり始めた。
「いや、ちょっと待って。私、降下したばかりでお金ないから!」
「お金はいただきませんよ。どうせ避難しますから、連邦軍にここも荒らされるでしょうしね」
「いや、でも悪いから!」
「あのねメルちゃん?」
なんか知らないが、じろりと睨まれた。
「見ての通り、ここは靴屋なんです。
そしてわたしはここの店長です。これでもここで四十年も靴屋をしてるんです。
恩義のある方を裸足のまま追い出すなんて冗談じゃありません。
絶対に何か履いてもらいます!たとえ命にかえても!」
「いや、職業意識高いのはいい事だけど、命までかけることは」
「いいえダメです!とにかく履いてもらいます!」
「そ、そうですか」
なんだこの迫力。
た、確かにありがたいっちゃあありがたいんだけどさ。
でも、女の人の顔がどこか、獲物を捕まえた狩人を思わせるのはなぜなんだろう?
むむ。
「ありがとうございました、気を付けていてくださいね!」
「お、お姉さんもはやく逃げてね!」
十五分後。
ドロイド用の機動シューズっていうのを二足と、それからリボンつきのパンプスまでもらってしまった。持てないのにどうすんだと思ったら、なんかピンクの可愛いリュックまでつけて。
どうすんだよこれ。
とりあえず、履かないぶんは走り出してから杖と一緒に収納した。
いいけど、なんかリュックがじわじわ増えてるなぁ。地球からもってきたのは質実剛健なやつだけど、銀河に出てからゲットしたのは可愛いのが多いんだよなぁ。恥ずかしくて使えないっていうか。
いや、だってさ。
元男としては、白のフリフリにおピンクのリュックなんて、ちょっと背負えないっていうか。すごくイヤすぎるというか。
ああでも、メヌーサあたりに見つかったら、絶対に背負わされるんだろうなコレ。
うん決めた、絶対隠そう。
さて。
新しい靴なんだけど、これは機動シューズという名前の通り、高機動ドロイドやサイボーグが全力で飛んだりはねたりしても耐えられるってやつらしい。見た目は日本の上履きかって感じなんだけどね。
しかし、これが走りやすい。
「うぉっと!」
今度はパトカーに偽装した軍用車ですか。こりゃーひどいなぁ。
だけど、小さいぶんこっちのが機動性高いわけで。
何度かひょいひょいとパスしているうちに、たいていのクルマはこっちを見失うらしい。
ん、無線通信飛んでる?
どれ、ためしに傍受してみるか。
『連絡、アルカイン族の少女姿のドロイドが一体、ケノマ市付近で追いかけましたが不明』
『走ってるのか?飛んでいるのでなく?』
『対ドロイド因子は効かないのか?』
『耐性があるようです。おそらく最低でも六型レベルかと』
『いや、六型なら飛べるのにわざわざ走らんだろ。田舎だし、少女の姿ってことは旧五型かもしれんな』
『五型?医療クラスですか?』
『違う「旧」五型は白兵戦仕様だ。飛翔力はないが市街地だときわめて厄介なタイプだぞ』
『あー知ってます、小娘型ですよね!』
『なんだそりゃ』
『見た目はガキで、中身は化けモンってヤツらしいです。対ゲリラとかで使ったとか』
『へぇ』
ああ、五型……オン・ゲストロとかで言うところのベルナ級と間違えてるのか。
なるほど、飛べるのにわざわざ走るとか、そう思われても無理もないかも。
そうこうしているうちに、目的地の近くまで来た。
近くにあるコンクリっぽい建物に入った。
どうやら取り壊し待ちの建物らしく、廃墟の様相を呈している。幸いにも虫がわいたりはしてないようで、私は足音をしのばせて建物の中を横切り、半分空いている窓の隙間から反対側……つまり、問題の、たくさん反応が集まっているところに目をやって。
そして。
「!?」
わが目を疑った。