予感
結論からいえば、侵入自体は非常に簡単だった。
何よりも連邦艦船の数が多すぎた。しかもこっちのと同型の小型ビークルも結構飛び回っていたので、仲間のふりをしてまったりと入り込む事ができた。
「……えらい数だな」
星ひとつを包囲するというのは、こういう事なのか。
カラテゼィナは地球に比べると人口も市街の規模も小さいらしいのに、ごくろうなこった。
銀河文明といえば、きらびやかな文明都市がどこまでも続く光景を想像するかもしれないけど、そういうのは未開人の偏見らしい。
大文明といえども、いや、歴史ある大文明になればなるほどにむしろ、属する星の自然などを居住空間に反映しようとするものだそうで。
たとえば、それは季節が設定されたコロニーだったり。
たとえば、それは緑あふれる都市構造だったり。
そういえば、東京について色々言っている人がいた。汚い都市だとその人は言っていたけど、彼はいつの時代の東京のことを言ったんだろうか?
昭和末期の東京を見たことがあるけど、確かに空気は汚かった。バイクで走ると顔なんか真っ黒になったもんで、喫茶店には顔をふくために入っていたと思う。人にあえる顔じゃなかったから。
けどあの頃……アヤと出会った頃の東京は、走り回っても顔が真っ黒になるなんて事はなかった。むしろ周辺の工業都市が酷いもんだった。
わずか30数年あまりの間に、そこまで環境は改善されていた。
それに、よく見ていると各地に林があったり古い木が守られていたり、随所に緑があった。
そして江戸末期に江戸に来た外国人は、緑あふれる美しい都市だと言っていた。
ひととおりの産業文明を経験し、その果てに緑のよさを知ったという事だろうか?
でも、都内で保護されている木々には古いものも多い。とてもじゃないけど、近年になってから突然、とってつけたように保護したものじゃなかったと思う。
とすれば。
おそらく、その人が言うほど東京は元々汚い町ではなくて。
そしておそらく、これから汚れていっていたのを誰かが……あるいは有志が食い止めたのかもしれないな。
そんなことを、ふと考えた。
おっといけない、今は東京のことなんて考えてる場合じゃないよ。
都市からだいぶ離れたところに機体を降ろした。
「脱出は自力でするから、母船より指示があったら私を気にせず戻るように」
【了解しました】
必要なことだけ確認すると、移動を開始した。
何か乗り物を使おうかと思ったけど、高機動ドロイド体の反応がいくつかあったので自力で飛ぶ事にした。ただしあまり高出力だと悟られないよう、静かにはとんだけれども。
こんな細かい制御ができるようになったのも、メヌーサたちの訓練や調整のおかげっぽい。
杖を使った時はもちろんだけど、こうやって、杖を出さなくても無理しなきゃ移動可能になった。
また、吹いてくる風などの感覚もイダミジアの時とは全然違ってて、実にコントロールしやすいんだよね。
これでも偵察程度なら余裕。すばらしい。
うん。
なんていうか、こういうわかりやすい成果が見えるとやる気になるなぁ。
さてと。
「……そろそろかな」
連邦の小型艦船らしきものが近くなってきた。
メヌーサも引き留めるほどの状況。おそらく楽しくないものを見る事になるんだろう。
私はあまりメンタル強いとは言えないから、気を引き締めないと。
荒野のようなところはすぐに終わって、やがてイダミジアの地方に似た道路が見えてきた。
情報総合案内にアクセスしてないので現在地もわからないが、メヌーサにもらってスタックしている情報によると、比較的大きな町が90kmほど向こうにあるらしい。道路もただの田舎道らしい細いものから、次第にバイパスや広域農道を思わせる比較的広い道に変化していく。
そして。
「……あれが街か?いや」
何かがおかしいのに、すぐに気付いた。
ドロイドの反応がたくさんあるけど、なぜか一か所に大量に固められている。そして固められている個体群はどれもこれも、まるで拘束でもされているかのように活性度が低い。
む。
拘束されてない個体のいくつかが、こっちに気づいたぞ。
だけどその個体たちは味方という感じがしないので、パスして固まっている方に向かった。
『そこのドロイド、止まれ!命令だ静止せよ!』
おいおい、いきなり命令かよ。
だがこっちはなんの意味もない。まぁ中身人間だからな。
そしてそれに気づいたのか、彼らの行動も変わった。
こちらを、やんわりと包囲するような陣形に変わったからだ。
ふむ。
『そこのキミ、高機動義体利用規約違反だ。止まりなさーい!』
口調まで柔らかくなった。
ああそうか、こっちが人間しかも小娘と見たわけか。
でもこいつらカラテゼィナの警察じゃない、服装変えてるけど連邦軍人だぞ。
とりあえず話をしてみる事にして、空中に停止した。
するとまわりも停止した。
『ダメじゃないか、高機動義体で空を飛ぶのは禁止なんだ。君、身分証明書あるかい?』
「はぁ?」
身分証明ときたか。わかりやすすぎて笑いがこぼれてきた。
「いつから空飛ぶの違反になったのさ?ここ連邦じゃないのよわかってる?」
連邦、の部分を強調してみる。
これは本当だ。カラテゼィナじゃ義体による飛行は合法なんだよね。
『わからない子だね、まわりを見ればわかると思うが非常事態なんだ。繰り返すけど勝手に空を飛ぶのは禁止なんだよ、言うことを聞かないと……』
ああ、なんかイラッときた。
冷静になるべきだとは思うんだけど、つい嫌味を言ってしまう。
「かりに非常事態だとしても、非常封鎖や検問をやるのはカラテゼィナの人間の仕事でしょう。権限もないくせに、いったい誰に向かって命令してるつもり?」
言った後でコレはまずいと思った。
これじゃさすがに気付かれるだろう。少なくともただの小娘とは思われないに違いない。
だけど。
『は?あのね君、なにいってるの?』
……予想と逆の方向に想定外の返答に目が点になった。
もしかして、こいつアホなのか?
周囲はどうかと思って見回してみても、目配せしてるヤツもいなきゃフォーメーションを変えようとしてるヤツもいない。
まさか、マジでただ迷いこんだだけとでも思ってる?
はぁ……もういいや。警戒した私がバカみたい。
「ここで連邦法を振り回すな、何様のつもりだ連邦ども!!」
『!!』
わざと口調をがらっと変えて言い返してやったら、ビクッと反応しやがった。
でももう知らない。考慮する気はない。
「話にならん。通らせてもらうぞ」
『いや、ちょっと待ちたまえ……』
「とおるぞ」
収納したままの杖を脳裏で意識しつつ、力をかけてみた。
え、何をしてるのかって?
えーと、つまりメヌーサにこういう時の対処法を学んだんだよ。
魔法だか何だか知らないけど、こういう時に力任せじゃなくて……って、え?
「……お?」
ふと気づくと、囲みの兵隊さんたちは全員、空中で固まっていた。
……なんだこれキモイ。
えーと、確かメヌーサの話だと、こうすると、心の弱いやつや迷いのあるやつの意志を一時的に曲げて穏便に通っちゃう裏ワザって聞いたんだけど?
なんで、背中向けてた奴らまで全員フリーズしてるの?
「……」
目の前のやつに近づいて手をふってみる。
あ、目が追いかけてくる。という事は失神とかはしてないんだ?
いやそれ以前に、ここ空中だもんな。失神しちゃったら墜落するよね?
う、うーむ……わけがわからない。
もしかしてこいつら、精神耐性が皆無ってことなのかな?
ま、まぁいい。
とりあえず戦闘なしで通過できるのなら文句は言うまい。
私は連中の横をすり抜けると、再び現場に向けて飛び始めたんだけど。
「……走っていくか」
出会うたびに今のを繰り返すのもなんだ。
それに、一番近いドロイド集団まで、あと20kmを切った。もう無理に飛ぶ事はない。
ただちに降下した。
「『杖よ目覚めよ』」
杖を出して左手に持ち、巫女式のステルスを仕掛けた。
「よし」
これで、ちょっとはわかりにくくなっただろう。
そうして、私は走り始めた。
ところで関係ない話だけど、地球時代の私は歩いたり走ったりするのが苦手だった。
むかし、ちょっとワケありで唐突に20km歩いたことがある。天気も良く快適な日だったし、慣れれば20kmって実はたいした距離じゃないんだけど、当時の私はもう汗だくのヘトヘト、まさに疲労困憊ってやつだった。そして現地で人に迷惑もかけてしまった。
それ以降、誰かに会うために行く時はなるべく歩かないよう、歩きたいなら帰りに歩くようにしてたんだけど。
でもね。
この新しいドロイドの身体になってから、むしろ歩いたり走ったりが好きになったんだよね。
だってさ。
「お」
クルマより速く走り、そして鳥よりも高くジャンプ。
そして、そんな走りをしても大して疲れもしない。
いやむしろ楽しい。
こんなんじゃ、運動がイヤになるわけがない。
はじめて自転車で遠乗りした時とも、はじめてオートバイでツーリングした時とも違う。
不思議な心地よさと共に、走る。
(それにしても)
クルマなみの速度で駆け抜けながらも、周囲を見て思う。
なんでこんなに似ているんだろうかと。
いや、街並みは確かに違う。日本のどの町にも似ていないと思う。
だけど、アジアやヨーロッパも含めて地球のどこの国にも似ていないかというと、疑問なんだよねコレ。
なんでだろう?
たとえば、舗装はアスファルトに似ている。たぶん似ても似つかない別の素材なんだろうけど、見た目的にはほとんどアスファルトだと思う。
ま、感触は違うけど……これは靴のせいじゃないかな。
履いている靴がスニーカーよりずっと柔らかい、宇宙船の中などに特化した軟質素材なんだよね。今にも破れそうだけども。
あ、ダメだ破れた。
瞬時に惰性の浮遊に切り替えつつ、ダメになった靴を脱ぎ捨てた。
こんなとこで裸足はイヤだなぁ、どこかに靴屋があればいいんだけど……おや?
おあつらえ向きというか、靴屋とおぼしき建物があった。
それは地球の靴屋とはだいぶ違っていた。だけど靴のディスプレイがあり靴が並んでいるのは変わらなかったし、メヌーサのくれた情報の中に屋台や商店のそれがあって、確かに靴屋のイメージに一致していた。この星には靴や手袋のたぐいを大量生産しているブランドがあって、そこの直営店らしい。
これはいいかも。
まぁここのお金がないけどさ、なんなら何か相談できるかも……って、あら?
(悲鳴?それにこれは?)
何かこう、気分が悪くなるようなおかしな重圧感。
そして、くぐもった悲鳴。
なんだろう?
よくわからないけど。
考える前に身体が動いた。
その嫌な予感に従って、私はその店に飛び込んだ。