はじめての……
2017/02/17: なんか乗り込む描写が複数あったので訂正。
「メル本当にいくの?」
私がカラテゼィナに降下するというと、なぜかメヌーサが困ったような顔で言ってきた。
「もちろん。だって調べてきた方がいいだろ?ホントにまずいと思ったら、その時は強制回収でもしてくれればいいさ」
必ず転送で助けられるわけじゃないだろうけど、でも保険くらいにはなるだろ。
だけどメヌーサは「そういう問題じゃないの」と首をふってきた。
「彼らが地上に降りている理由はおそらく、カラテゼィナの支配層に嫌がらせするためよ。わたしの味方でいれば連邦はおまえらを蹂躙するぞって圧力をかけてるわけ。
おそらく、とても不愉快なものを見る羽目になると思うわ。
……それでも行くつもりなの?」
「もちろん」
むしろ、そう言われて余計に行く気になったよ。
「そう……だったら、これを持っていきなさい」
そういうと、メヌーサはどこかから杖を一本取り出した。
見たことのない杖だ。白い可愛らしい杖で、上のところに獣の耳みたいな飾りもついてる。
「それは?」
「カイマチの杖。カイマチっていうのはキマルケにいた小動物のことで、ほら、この耳はそれをかたどったものなの」
ほう?
「杖の能力はなんなの?」
「通信・探索に特化してるの。カイマチは弱い動物だけど感覚が優れていて、危険を回避したり遠くの仲間と連絡をとりあって身を守るの」
なるほど。
「わかった、ありがとう」
「収納しておきなさい。これは今使ってるコウロギの杖とも併用できるから、役立つ時がきっとくるわ」
「うん」
言われるままに白い杖を受け取り、しまいこんだ。
「降下船はシャンカスの時のを自動回収してあるわ。でも無理に温存なんて考えなくていいから、自分の身が危ないと思ったら、囮にでもなんでも使って自分だけ助かりなさい。いいわね?」
「わかった、ありがとう。行ってきます」
そういうと私は、格納庫に向かって歩きはじめた。
『行ってらっしゃい』
「気をつけるのよ?」
シャンカス降下の時にも思ったけど、この人工の身体は本当に役に立つ。
何より宇宙のゼロ気圧も高温低音も平気というのがすごい。宇宙服なしでは一瞬で死んでしまうはずの宇宙空間でも、即死どころか呼吸にも困らない。まぁ、口をしっかり閉じてないと、口から白い何かをズバーッと放射することになっちゃうけどね。
格納庫に入った。
すでに格納庫のシャッターは開いていて、出口も開口している。壁の一部がなくなっていて、その先は宇宙空間だ。
さらにその向こうには……惑星カラテゼィナが見える。だいたいここからだと、満月くらいの大きさに見えている。光の加減で欠けて見えてるけどな。
この状況で、格納庫の中に普通に空気があるのがすごいなぁ。オーバーテクノロジーさまさまってやつだ。
いや、すごいのは他にもある。
目の前に例のスクーターもどきが停まっているんだけど、当然でかい。しかも床にただおいてあるだけ。
で、向きが出口に向いてないので転回させるんだけどさ。
「ほれ」
指でツンと突いてやるだけで、ぐりんとスクーターもどきは転回した。
これはスクーターもどきが軽いわけじゃない。それどころか、これは地球の軽自動車より重いはずだ。
つまり。
重力や慣性を制御しているから、指いっぽんでも動かせるってこと。
出口に向けてやると、勝手に電源が入って動き出した。
え、不用心だって?
いいや問題ない、うちのメンツ以外には動かせないようになってるから。
「おはよう。状況を教えてくれる?」
【おはようございます。機関正常です。燃料は充填済みです。各項目異常ありません】
返事をしたのは船じゃなくて、このスクーターもどきだ。
それほど賢いわけじゃないけど、こいつにも地球のAI顔負けの立派な頭脳がついてるんだよね。
「カラテゼィナに……向こうに見える惑星にこれから降下する。ステルス関係も問題ないか?」
【機能的には問題ありませんが、おそらく遠すぎます】
「燃料の問題かな?」
【フル加速を続けない限り燃料は問題ありませんが、ステルス用粒子が足りません。最高密度でステルス用粒子をばらまいた場合、当該惑星の大気圏までは足りません。かといって削った場合、薄すぎて危険です】
「薄すぎる事による問題は?」
【粒子を使っているという事自体で位置を探られてしまいます】
「そういうことか」
なるほどな、そりゃそうだ。
「私が補助して二倍に加速した場合は?」
【それが可能と仮定するならば可能です。しかし一般制御範囲を超えますので危険です】
「ステルスが使用できる事による安全性と割り引いても?」
【……その回答は困難です。しかし御身を安全をとる事が強く推奨されます】
「わかった、ありがとう。では私の安全のために加速して飛ばすから、ステルスの残り時間を随時報告してくれる?」
【……了解いたしました。繰り返しになりますが、危険ですので十分にご注意ください】
「うん、ありがとう……始動してくれる?」
【エンジン始動します】
ぶるると一瞬の振動と共に機関始動した。
「ひとつ質問」
【なんでしょうか?】
「振動が出るエンジンじゃないよね?どうして振動するの?」
地球のオートバイみたいに、未だに十九世紀をひきずってレシプロエンジンで走ってるわけじゃないだろう。
なのにどうして振動が出る?
私は地球でオートバイに乗っていたしバイク乗りを自称していたけど、地球のオートバイで大嫌いな点もあった。
どうして進歩しようとしないのか?
いや、内部的にはすごい進歩しているんだけど……でも、たとえばいくつかの点でオートバイは、まるで進化を止めたままみたいなところがあった。
たとえば、2010年代のオートバイですら19世紀と同じ丸いヘッドライトを採用している機種がたくさんあったのは何故?
調べた事によると、それもなぜか日本向けだけ丸ライトという車種は結構多かった。海外では丸は全く売れないのに、なぜか日本向けのみ丸っていう車種すらあった。
どうやら、丸がほしいという話が多いらしい。
そして確かに、一部の車種では丸の方がいいと私も思っていた……スーパーカブとかな。
だけど。
主力の売れ筋車種が全く変わらないっていうのは……もはやその市場は終わってるんじゃないだろうか?
私は中学生の頃、未来小説みたいなものを描いたことがある。
21世紀が舞台だったけど、主人公たちはEVや燃料電池のバイクに乗っていた。EVは電気バイクだから当然、スクーターみたいに変速ギアがないんだけど、擬似的にわざわざギア的なものをつけて乗り手にシフト走行の楽しみを供給していた。
でも、実際には全然そうならず。
2017年になっても、未だに1885年のオートバイ第一号から基本的なところは何も変わっていない。
どうして、オートバイはそういう方向に進まないんだろう?
あいかわらずうるさいエンジン音をたてて、ガソリン燃やして走っているんだろう?
どうして、自称バイク好きのおっさんたちの中には、わざわざうるさいマフラーをつけて喜んでいる人がいるんだろうか?
俺だって、一応はバイク乗りのひとりだったのに。一生の三分の二はバイク乗りだったのに。
あれだけは結局、地球にいられなくなるまで全く理解できなかった。
エンジン音って、たしかにかけた瞬間は面白い。それに、それぞれに好きなエンジンフィールや音色ってのがあるのも事実で、事実私にも好きなエンジンや乗り味が存在した。
だけどね。
同時に、うるさいっていうのは動力効率が悪い、時代遅れって声高に主張しているのと同じことなんだよね。
それに、最初は心地よいと思うエンジン音だって、高速道路を千キロも連続走行していたら不快になってきたり、最悪の場合、集中力や判断力の低下を招く危険すらある。
実際のところ。
バリバリ、ドカドカうるさいのが好きってのはメカ好きの病気みたいなもんなんだよね。
でも本当は静かな方がいいんだよ。
少なくとも、旅行好きな人間にとってはね。
もし無音モードがバイクについていたら、私は、山道とか市街地とか安全上、鳴らした方がいい地域以外では全部無音で通してたと思うんだけどね。
おっといけない、ついつい考えに夢中になった。
【音や振動が不快という事でしたら停止します】
「よろしく」
音が消えた。振動もなくなった。
「操縦まわりは自動運転モードでよろしく」
【了解です】
手動で飛ばすと、また大変なことになるからね。今度は助けがいないわけだし。
【発進と同時にステルスモードに移行します。加速方法などはおまかせいたしますが、重力子などを放出する方法は気取られる可能性があり、ステルスモードが無意味なものになる可能性があります】
「うんわかってる」
そっちはまあ、手がある。
【それでは発進します。座席におつきください】
言われるままに乗り込み、操縦装置に手足を添える。
そして、その着座を待っていたかのように読み上げが始まった。
【十、九、八、七、六、五、四、三、二……発進します】
次の瞬間、私は漆黒の空間に飛び出した。
カイマチ:
かつてのキマルケにいた、地球のナキウサギに似た愛らしい小動物。オゴトナ、ピカとも呼ばれる。丸っこい小型種で地球のナキウサギ同様、岩場や他の動物の掘った穴などに家族単位で暮らしている事が多い。
バイクと音に関する話:
これは僕の個人的主張です。しかし海外で丸ライトが売れないっていうのは本当にある事らしいですし、大音響のバイクで長距離走ると心地よいはずの音がストレスになるのもよく知られている事なので、この点については僕の偏見によるものではないと考えます。
……そういう不合理性と同時に「それでもうるさいバイクが好き」っていう面がある事も含めて。