異常事態
約一時間後、レズラー号はタータン星系の外れにドライヴアウトした。
「レズラー、現在地は?」
【第九惑星の遠日点付近になります】
「わかったわ。以降、最強のステルスかけて微速でね」
【了解】
今までの雰囲気とうってかわって、慎重な操船に私は首をかしげた。
「ずいぶんと慎重だね」
「万が一を考えると、どうしてもね。この星域に連邦の手が伸びるのは嬉しくないし」
「そっか。そういや、このへんに住んでるんだっけ?」
「ええ、ここしばらくの拠点よ。なかなか気に入ってるのよね」
確か、二十年以上住んでるんだっけ?
「気に入った土地に長居するのはよくある事なの?」
「姉さんほどじゃないけどよくあるわね。居心地のいいとこから、わざわざ出ていく必要もないでしょ?」
「そりゃそうだ」
必要もないのに動く必要はないよね。
「ちなみに、今までで最も長く住んだのはどれくらい?」
「どこかしら……たぶんだけど、カーン星の時かな?もっとも、ほとんど寝てたんだけどね」
「寝てた?なんでまた?」
「する事がなかったからよ。住んでいたら現地の人類が滅びちゃってね、長女交代前で名無しの頃だし、ま、いっかーって休眠室で寝てたのよね。
で、何か冒険者か傭兵みたいな人たちに起こされるまでそこで寝てたわ」
「冒険者?」
「そういってたわね。なんか生き残りが一度原始に返って、何とか王権神授の古代社会レベルまで来てたみたいでね」
「なにそれ。もしかして、何百年とか寝てたってこと?」
「んー、炭素14の半減期で語るくらい?」
おい。
「なんだそれ、どんだけ寝てたんだよ」
「わかんない。十万年は行かないと思うんだけどね」
「……」
炭素14の半減期って……ああ、地球時間で5730年ってとこか。
要するに、それ未満は誤差だと?
いいかげん慣れてきたつもりだけど、スケールのでかさに頭痛がしてくるわ。
「とりあえず話戻すけど、カラテゼィナっていうのは第何惑星なの?」
「第四惑星だったり第三惑星だったりね。楕円軌道でどっちともいえないの」
「なるほど」
たまにあるケースかな。
意外なんだけど、どんな星系でも大型天体の軌道はほとんどの場合、太陽系みたいに比較的きれいな円形を描くものらしい。楕円軌道を描いているのは小さな星だったり、なんらかの歴史的事情で歪んだ軌道をもつって事らしいんだけど。
カラテゼィナの場合、近隣に質量の大きな惑星がいて、相互に影響を与えあってそんな軌道になったんだとか。
「そんな星でよく気候が安定したもんだね」
生命の生まれる星になるためには、生き物が住める程度の環境ができなくちゃならない。結構これが難しいらしい。
らしいんだけど。
「カラテゼィナは移民星だから問題ないわね」
「さいですか」
あれか。そこそこ住めそうな星に自然環境を作り、移住してきたクチか。
銀河には「環境は整っているが生命が根付かなかった星」っていうのが結構あるらしい。
たとえば太陽系でいえば火星がこの範疇にギリギリひっかかるっぽい。
いうまでもないけど、火星は地球人にとっては「ちょっとだけ」環境が足りない。この「ちょっとだけ」が地球人にはなかなかの難物なんだけど、こういう「ちょっと足りない」環境に生命をはびこらせるための技法っていうのが銀河にはあって、それを使う事で、地球よりちょっと寒いけど普通に住める星に変えられるんだって。
森、つまり生態系を使って星に命を撒く方法で『森林生命法』なんていうんだそうだ。
いわゆるテラフォーミングと何が違うのかって言われそうだけど、能動的に環境をいじるって事を一切やらない点でテラフォーミングとは違うと思う。場合によっては万年単位以上かかるっていうしね。
うん。
なんというか宇宙的ですごいよな。
「サコン、どこ行くの?」
『お茶をとってきます。おふたりはそのままで』
サコン氏がズルズルと……いや、だって触手の塊だし……移動していったので、こっちはこっちでできる事をやる。
「メヌーサ、センサー系こっちでやりたい、いいかな?」
「んー、全部任せてもいいけど……ちょっとまだ心配かな。わたしも見るわ」
「了解」
だんだん気づいてきた事なんだけど、メヌーサはわりと心配性なところがあるよね。
見よう見まねで魔法陣とやらを開いてみた。
実はシャンカスにいたあたりから、メヌーサの使う魔法陣ってやつが少し理解できてきた。原理とか理屈はさっぱりなんだけど、どう展開し、どう作動するものかは何とか把握できたというか。
まぁ、杖がなかったら私には扱えないと思うけどね。将来的には知らないけども。
「周辺探査、いや広域探査かな。可能範囲を教えて」
【半径0.5光日の範囲になります】
おー、ファミリー向け小型船にしちゃ、なかなか広いんじゃないか?
「まぁまぁね、まぁ精度はあまり高くないんだけどね」
「そうなの?」
「ええ。特に広域モードの境界付近は結構ひどいわよ?」
ふーむ、そんなもんか。
「おけ、とりあえず広域モードで、大型船エンジンのみを探してみて」
【了解、少々お待ちを】
そういうと、しばらく魔法陣が待ち状態になった。
フムフムと思っているとメヌーサが苦笑した。
「こんな田舎に大型船はいないんじゃないかしら?」
「そう?」
「だって大型船って、二千キロ級以上ってことよ?軍の師団級でも駐留しない限りそんな規模の船は……」
と、その時だった。船からの反応があったのは。
【大型船エンジンの反応を発見しました】
「え……」
「おいおい」
単にお試しのつもりでやらせたのに、本当に見つけたのか?
「反応数と位置は?」
【一つ、惑星カラテゼィナの衛星軌道上です】
お、おいおいマジかよ。
続けて指示しようとしたところで、メヌーサの焦った声が重なった。
「レズラー、中隊規模以上の連邦軍の存在について確認なさい、大至急で!」
【了解……確認しました】
今度は妙に早い反応とともに、データが次々にテーブル上に展開された。
【連邦の第六対テロリズム部隊と思われます。大型船一、中型船七、小型船三十三、機動兵器計測不明】
「……これは」
「ルートロビー、履歴、来訪データ、ニュースデータ……」
メヌーサのまわりに次々と魔法陣が展開していく。
「……なんてこと!」
「どうしたの?」
ただ事ではないのはわかったけど、それでも訊いてみた。
「わたしがイダミジアに向けて出発したのって二ヶ月前なの。先にイダミジアに行って船を預けてから、それからお友達のひとりのところに顔を出して、ギリギリまで彼女のところにお邪魔してたのよね」
「そうなんだ。もしかして友達に何かあったの?」
「もう長くなかったから。最悪、見送るつもりで遊びにいったのよ」
「なるほど」
長く生きていたら、当然そんな事もあるよな。
「この連邦軍、わたしが出た二日後にここに来てるの。つまり」
「イダミジア方面からの追跡じゃなくて、単にメヌーサを追ってきた?」
「その可能性は否定しないわ。……けど行動がおかしい」
「行動がおかしい?」
「よくわからないけどニュースが不自然なの。気持ち悪いくらい連邦軍のことに触れてないし、ネットなんて完全沈黙してる、ルートロビーすら反応がおかしいわ。
これ……たぶん政府も制圧されてると思う」
なんだって?
「……」
少し考えた。
そして、思った。
なんか、いやーな感じがする。
するけど。
でも……これは見に行った方がよさそうだと。
「わかった」
「え?」
「メヌーサ、ギリギリまでカラテゼィナに近づいてくれる?降下して調べてみるから」
明快にメヌーサに断言した。
「ちょっと待ちなさいメル、危険よ?調査なら」
「政府が押さえられているなら、下から調べるのが一番だろ?上から覗いてても現場はわからないよ」
「それはそうだけど……」
「それよりメヌーサ、できるだけのデータをくれ。現地語やら地図やら全部、ルートロビーに繋がなくても活動可能なくらいに。持ってるだけでいいから」
「え、ええ、わかったわ」
渋るメヌーサに押し切った。