姦(かしま)しきボルダの朝
今回で三人娘の話は、とりあえず一区切りです。
次話からはメル陣営に戻ります。
船は特にトラブルもなく飛び、約一時間後にボルダに到着した。
マキたちは港に着くことを予想していたが、いきなり地上に降下したので驚いた。
その理由はというと。
「ナーダ・コルフォでも地上に降りてたろ?これはそういう船なんだ」
「ナーダ・コルフォて」
「アルカインって言い方しないんだ」
「もちろん。ここはもう連邦じゃないんだぜ?」
「だねえ」
「そうね」
「……」
以前にも出てきたが、ナーダ・コルフォとは楽器工房という意味だ。色々と大人の事情があるのだけど、連邦以外ではナーダ・コルフォと呼ばれる事が多い。
ギガの言葉にプニベスが同意し、そして苦笑するようにエムネアも加わった。
その応答の順番に、どこかプニベスが遠くになったようにマキは感じてしまった。
しかし、
「ほい」
「いたっ!な、なにすんの?」
いきなり額を指ではじかれ、マキはちょっと涙目でプニベスを見た。
「マッキー、くらーい」
「暗くないっ!」
「ささ、いこいこ」
「ちょ、押さないでよちょっと!」
ちなみにギガ船長は船の作業があるが、あとから合流する事になっていた。
姦しいという言葉がある。地球は日本国の古い言葉で「やかましい、そうぞうしい」といった意味になる。女という字を三つ集めて騒々しいという言葉にしてしまうあたり、昔の日本人のセンスもなかなか毒が効いているといえる。
もちろんこれは地球という銀河文明外世界の言葉なわけだけど、実はオン・ゲストロ語にも「女ばかり」という言葉がある。意味はやっぱり「やかましい、そうぞうしい」なわけで、どこぞのメル嬢は、銀河でもそうなのかと思いっきり苦笑いをしたという。
そんな惑星ボルダ首都の朝。
「スッゲー……」
「あちゃー……」
街角に呆然とたたずみ、ポカーン状態のマキとロミがいるわけで。
「……」
「……」
で、それをニコニコ笑いで見ているのはプニベスとエムネアだ。
「どう、おふたりさん。ここがボルダの首都『カルーナ・ボスガボルダ』よ」
「首都って……ほんとに?」
「ええ」
ふたりが驚愕したのも無理もない。
そこはなんと自動車ならぬ、騎乗動物のあふれる街だった。
小型恐竜を思わせる二足走行タイプが多いが、鳥型も少なくない。
哺乳類タイプもチラホラ見受けられるが、これらはのんびりと大荷物を運ぶものが多いようだ。
果ては、なんの系列なのかマキたちにはさっぱり理解できない、魔物としかいいようのない異様な生物もいる。
それらが全て、交通ルールをきちんと守りながら走っている……クルマのように。
「なんだ、これ?」
ロミの口から洩れた言葉には、マキも同意見だった。
「な、なんで動物ばっかりなの?自動運転とはいわないけど、クルマの一台もないわけ?」
「機械式のはないわねっていえば、わかるでしょう?」
「?」
「……なるほどな」
ロミが先に気づいたようだ。
「なに、ロミ?」
「これ、みーんな合成生体らしいぞ、マキ」
「……え?」
マキの目が点になった。
想像してほしい。
メガロポリスもかくやの石造りの巨大都市。
だけど、縦横に行きかう道路には一台のクルマもない。車輪タイプはもちろん、エアカーのひとつもない。
代わりにそこにいるのは、走ったり飛んだりして行きかう無数の動物たち。
鳥のようなもの、獣のようなもの、トカゲのようなもの。本当にいろいろな動物たち。
これが全部人工生体だって?
「え、エムネアさん?これって?」
「ボルダは普通に掘れる化石資源が全然ない星なんだけど、生物資源……つまり動植物はあふれるほど豊富な星だったそうよ。今のボルダ人の先祖が流れ着いた時代からね。
そんな中、彼らは通常の化石資源に頼らない独自の文明を発達させてきた。
……その結果がこの、人造の騎乗動物たちってことよ」
「な、なるほど」
「マジかよ」
あっけにとられて周囲の景色を見るマキたち。
で、それを見たエムネアは苦笑した。
「とりあえず市民登録に連れて行こうと思ったけど、とりあえず観光かしら?」
「あー、まぁ、役場は明日でもいけるしねえ」
「イケるしって……プニちゃんなんで知ってるの?」
「え?ほら、これ」
プニベスは自分のポケットをまさぐると、何やらカードのようなものをとりだした。
「あら市民証じゃないの、前に取得したの?」
「うん、これないと面倒だしー」
「そりゃま、そうだけど……ってちょっと待って」
プニベスのカードを見たエムネアが眉をしかめた。
「プニちゃん、これビジターじゃなく一般市民用だよね?」
「!?」
「名前が、プニベス・ポルト・イって……これなに?」
「……えーとその」
それが意味する事は。
つまりプニベスは来訪者ではなく、本物のボルダ市民ということなのだが?
さらにいえば。
「プニちゃん?」
「あーいやその」
「これはちょっとお姉さん見逃せないんだけど?どうやって取得したの?彼もグルなの?」
「と、とりあえず犯罪じゃないからぁ」
「じゃあどうして?」
「……そ、そのまんまの意味だもん!」
「そのまんまって……ほんとに?」
カードを見直したエムネアは、にんまりと笑った。
そして、
「あのねマキさん?」
「え?あ、はいっ!」
「あ、ちょ、ダメそれ……」
止めてももう遅い。
エムネアはプニベスの市民カードをマキとロミに提示した。
そして次の瞬間、
「……え?」
「プニ……あんた人妻扱いになってるけど?」
「あれ、このポルト・イってどういう意味?」
「イって人の奥さんって事らしいな」
「すると……」
「ギガ船長の名前って、イ・ギガスさんだよねえ?」
「……」
「旦那さん……ギガ船長?」
「……」
「……ねえプニ?」
「あは……は……はは」
プニベスは三人の目線の前に、盛大に顔をひきつらせた。
約二時間後。
船の作業が終わったギガ船長も合流し、ギガ船長宅に移動した。
船長は立派な家を持っていた。
「船乗りむけの補助があるんだ。それとこの家は中古でな、前の持ち主がくたばって売りに出てた」
「うんうん、これをわたしが直したんだよねー」
「おう」
(めっちゃ夫婦じゃん。新居?)
(まさか、プニに負けてるなんて……)
頭を抱えるマキとロミ。
「わたしも知らなかった。あなたたち、いつからこんな関係に?」
「こんな関係って?」
「いや、だから」
「……飲み友達だけど?」
「「「えっ!?」」」
プニベスとギガ船長以外の声がきれいに重なった。
「いや、言いたいことはわかるんだけどさ。こいつがイヤだっていうんだよ」
「だってプニ、ドロイドだもん。子供も産めないしー」
「だがボルダでは市民登録も実際できたわけだし、子供の産めない夫婦もたくさんいるんだぜ?」
「うん、言いたいことはわかるけど……でもー」
「でも?」
エムネアは首をかしげた。プニベスの言いたいことがわからないようだ。
対して、マキとロミは眉をよせた。
(これって……なぁマキ?)
(たぶんそう。彼を縛りたくないんだねえ)
自分がドロイドだから。人間じゃないから。
いくらボルダでOKだといっても、アルカインでは道具にすぎない存在だから。
……愛する人の負担になりたくない。
(バカプニ、なんでこんな時だけ余計な知恵が回ンだよ!)
(はぁ……バカな女ほど幸せになれるって言葉があるそうだけど……ホントかもね)
普段おバカなプニベスの選択ということで、その重さがマキたちには切なかった。
だけどそこで、ふと気づいたことがあった。
「いや、ちょっとまてよプニ」
「え?」
「いや、今回のアレだよ、エリダヌスのアレ」
「?」
「バカプニ、思い出せよ。マキがこの身体で、つまりドロイドの身体で子供産めるって話したばっかじゃんか!
だったらプニ、あんただって!」
「……あ」
「……なるほど!」
思わず目が点になるプニベス。
おおっと目を輝かせて、ポンと手を打ったギガ船長。
そして、ニヤニヤ笑いの女三匹。
「マキさんマキさん、これはもしや」
「ですねえロミさん、お仕事ひとつ増えましたねえ」
「ウフフ、これは楽しいことになってきたわねえ」
「ちょ、ちょっとみんな!マキまで!」
その後。
何年に一回という、珍しいプニベスの雷が落ちた。
次回更新から、メルたちの方に戻ります。
ナーダ・コルフォとアルカイン王国の関係:
地球的にわかりやすくいえば、イタリアとバチカン市国が近いです。
しかしアルカイン王国は「銀河連邦の中枢」をさせるためにゼロから作られたいわば人造政府であり、バチカンのような宗教色はありません。アルカイン王国は各国の寄進を中心に運営されており、王宮のある土地もナーダ・コルフォからの期限付き租借地になっています。




