ボルダへ
「……」
マキ、ロミ、プニベスの三人は声もなかった。
しばらく、ぽかーんとしていた。
そうしているうちに船はハイパードライヴに入り、やがてプニベスが最初にハッと我に返った。
「なに、いまの」
「ドーンって……なんで宇宙であんな音が」
音だけでなく震動も強烈だった。
「そりゃ、音は環境シールドで伝わるんでしょう?」
「震動は?あんな大きなショックの出る兵器って何なの?」
確かにそれは、とんでもない音と振動だった。
あえて擬音にすれば、ズドンとでもいうか?
腹の底まで響くような、巨大な太鼓が至近距離で打ち鳴らされたような、そんな轟音と震動だった。
「あー、アレ質量兵器だから」
「質量兵器?」
「物理弾頭があるものってこと。特にさっきのはたぶん、慣性や重力を制御できなきゃ絶対に撃てない弾頭だと思う」
「……ちなみに何を射出したのか、きいていいですか?」
「一種の亜光速弾かしら?」
「あこうそく……亜光速弾!?」
「物質を単に加速させていくと、高速に近づくにつれて……知ってるわよね?」
それは確かに、皆知っている。
単純に物質を加速させるだけだと光速がひとつの限界になっているわけで。だからこそ、いわゆるハイパードライヴ技術が昔からいくつか作られているわけで。
しかし。
その技術を兵器に使うなど、彼女たちは考えたこともなかった。
理由も簡単。
「なんか、バカみたいにリソース喰いそうな兵器だなぁ」
「どこが?」
「いや。それってつまり、通常加速を極限まで突き詰めて超短時間で亜光速に持っていくってことだよね?
それって、めちゃめちゃエネルギーいるんでしょ?」
そうなのである。
銀河文明の恒星間移動は超光速で行われるが、これは元々超光速に向いた航法や加速法を使っているので意外に低コストですんでいる。
要するに、通常加速で亜光速まで持っていく方が大変だったりする。
「そうね。一発ですごいお金かかるって」
「やっぱりかぁ」
「でも、それだけの価値はあるでしょうね。
わたしは門外漢だから、あくまで一般的な知識だけれど……連邦の防御システムはアレを止められないでしょうね」
「どうしてですか?」
「質量弾は今のコスト面の問題とか、資源をバカ食いするって理由から大昔に使用禁止になって久しいの。何しろ万年単位の昔だし、最近じゃ存在すらも忘れられているでしょう。
使われないものは防御する必要もない。違うかしら?」
「それは」
確かにその通りだった。
「じゃあ、さっきの弾丸はどこを狙ったんでしょうか?」
「わからないわね。
でも、わたしがもし船長なら相手の旗艦、それも司令室に直撃させるでしょうね。もっとも大混乱を引き起こせるわけだから」
「……」
三人は眉をよせた。マキに至っては顔をひきつらせていた。
「じゃあ、今ごろ連邦の艦隊は?」
「大騒ぎでしょうね。
あんなもので連邦旗艦がどうにかなるとは思わないけど、いきなり想定外の場所から一撃食らったもんだもの。
まずはこっちを探し出そうとして、足並みを乱すわけね」
「こっちを追いかけてきたら?」
「たとえすぐ追ってきたとしても大丈夫。ボルダに逃げ込めば問題ないわ」
「そうなんですか?
でも、連邦が圧力をかけてボルダに犯人を出せといってきたら」
「それは無理よ」
「無理?」
「もしそうなったらボルダは宣戦布告とみなして動き出す事になると思うけど……」
少しエムネアは考え込む顔をして、そして再び三人の方を見た。
「おそらくだけど、連邦はボルダを後進国と見なしているんじゃないの?自分では宇宙に通じる戦力を持たなくて、あったとしても、つきあいのある他国の力に頼るのがせいぜいだと?」
「あ、はい。それはたぶん」
プニベスはともかく、マキとロミが教わってきた情報でも確かにその通りだった。
しかし。
「連邦側がその認識である限り、ボルダに逃げ込めばなんの心配もないわ」
「?」
「わからないかしら?
つまり現状、アルカイン常駐の連邦側戦力を全部投入したところで、ボルダの守りは破れないってこと。それどころか、ヘタなことをやらかしてボルダの大神殿を激怒させでもしたら、アルカイン王国の方が終わりかねないくらいなのよ。
その戦力差を連邦側が理解して、それを見越した戦力を動員しない限り、ボルダが困る事はないわ」
「そんなに凄いんですか?ボルダの戦力って?でも?」
連邦側だってバカではない。
事実、外部からの観測というカタチではボルダの調査は行われている。
定期的に出てくるソレらの報告によれば、ボルダにはバイオコントロール技術で生まれたと思われる無数の生物に溢れているが、高度な科学技術にあたるものは多くない。特に艦船にあたるものはほとんどないと。
しかし、エムネアは苦笑するだけだ。
「じゃあ聞くけど、予備知識なしにこの船を見た連邦の調査員は、これを船だと認識できるのかしら?」
「!?」
その言葉の意味にマキは気づいた。
「じゃ、じゃあ、戦力なしって情報が上がっているのは本当に戦力がないわけじゃなくて」
「そ。
連邦式の兵力も戦力も確かに存在しない。それは間違いないでしょう。
だけどそれは、ボルダに戦争するための力がないって事にはならない……そういうことよ」
「……」
沈黙してしまったマキたちをみて、エムネアはウフフと笑った。
「それより行きましょうか?」
「行くって?」
「もちろん司令室よ。ここのスタッフに状況を聞きたくない?」
「聞きたいです!でもいいんですか?」
「名前だけですけど、これでも一等航海士ですから」
にんまりと、楽しげにエムネアは笑った。
「ようプニ、それからエムネアさんか。そちらのお嬢さん方は?」
相手の反応にエムネアは少し眉をしかめたが、口には出さなかった。
「こちらからマキさん、それにロミさん。プニベスさんと同じく、元アルカイン王宮の通信オペレータよ。三人まとめてボルダに移動中なの。
マキさんロミさん、こちら船長さんよ。お名前は」
「いい、ソレは俺が言う」
男はニヤリと笑った。
紹介を受けたのは、見た目こそ人間族だったが、微妙に違っていた。
その違和感になぜか親しみを覚えたマキだったが、その意味に気づいた。
「あ、もしかして混じってる?」
「おまえさんほどじゃないけどな」
顔にもどこか猫っぽい獣相があり、微妙に毛深い。
だけど確かに、立派な猫耳と尻尾まで生えているマキに比べれば人間同然だった。
「マキにロミか。俺はこの船の船長のイ・ギガスだ。友達はギガと呼ぶヤツが多いな。
種族は……たぶん知らねえと思うが、基本はアルカだがアマリリンのパペッタ人ってのの血が入ってる」
ちなみにアルカというのはアルカインの短縮形である。特に猫系の種族が人間族タイプの種族を呼ぶ時の総称であり、厳密にいえばアルカ、イコール、アルカイン族というわけではない。
「アマリリン系……はじめて見ました」
「えっと、アマリリンってたしか」
「アマルーに似てるってことだよぅ」
プニベスが、ふにゃっと笑った。
「イッちゃん、きたー」
「ようプニ、直接は久々だな元気してたか?ん?」
「うんうん、久々だねえ、ギューしたげるよぅ」
「ばっきゃろ仕事中だっつの!」
何やら下世話な会話で、マキとロミはピーンときた。二人そろってニヤリと笑った。
(男だ)
(男ね)
(こりゃ事情聴取だな)
(だねえ)
どうやら飲み友達のようだけど、それ以上の仲でもあるらしい。
「あのー、もしかしてプニとイ・ギガスさんって」
「あー、音節多い名前って言いづらいだろ?ギガでいいぜ?」
「あ、はい。じゃあギガさんで」
「さんはいらねえよ」
「はい、ギガ」
「改めまして、私はマキですよろしく。ところでなんですが」
マキはギガに問いかけようとしたが、ロミが口を挟んできた。
「あたしロミ。で、ギガはプニの彼氏なん?」
「!」
単刀直入すぎる問いかけにマキが一瞬ひきつったが、
「ああ、プニとは酒場で競い合う仲なんだ。今のところ辛うじて引き分けに持ち込んでるがな」
「競い合う?」
「え?なにいってるの?酔いつぶれたの部屋に運んでやってるのプニじゃん。マイナスだよぅ?」
「そういいつつ毎回ひとんちをホテル代わりにしてんの誰だ?文句いうなら次から朝食ねえぞ?」
「えー、その後ベッドで……」
「おい、仕事中だっつったろ?」
「関係ないよぅ」
なんか、仲良さそうである。
(尋問だ)
(尋問ね)
ロミとマキは、仲良しそうなふたりを見てウンウンと頷き合う。
そして。
「……」
それを楽しそうに見るエムネアと、そんな彼らを面白そうにチラ見するだけで仕事を続ける船員たち。
ちょっぴりおかしな風景が、そこにあった。
アマリリン: 言語学的にいうとアマルー + リンでできた言葉で、いわゆるネコ型動物を意味する事もある。
リンは英語でいう「~っぽい」という時のLikeに近いニュアンスがある。だから「猫っぽい(リン)」と言っていたのがアマリリンに変化したらしい。
パペッタ人:
アマルーより少し小さく、少し子供っぽい容姿をもつ猫系種族の一種。