戦闘?
2017/02/08: 一部訂正しました。
ハイパードライヴ中は景色なども見えなくなるし、外のメディアにもアクセスできなくなる。
着の身着のまま同然で乗り込んだマキたちは何もないので、当然退屈になるわけで。
そうなれば当然。
「何か食べよう!」
そんな声も出るわけで。
食事からあまり時間がたっていないわけで、しっかり食事をとりたいわけではない。要は軽くつまんで世間話をしたい、そのレベルの話ではあったのだが。
ぞろぞろと移動していくと、そのブースはあった。
「ここ?」
何もない部屋に座席が並んでいる。
よく見ると何もないというより、壁に何かの機械が埋め込まれているようだった。何かの取り出し口のようなものがあり、いくつかの燈火類がある。どこかで見たような光景だった。
それを見ていて、マキは「ああ」と気づいた。
「自動フードサービスじゃん」
「ええ、正解……どうしたの?」
「いや、生きている船なのにこういうサービスは普通なんだなって」
「そりゃそうでしょ。船は船だもの」
「いや……なんかね、こう、船の中枢みたいなのが勝手にペラペラ話しかけてきたりするのかと」
「なんで勝手に話しかけてくるの?」
「いやだってそれは」
「会話能力があるのは一般の船も同じでしょう?何を期待してるの?」
「……あはは」
マキたちは返答に困り、笑ってごまかした。
有機船というのは存在自体は知られているし、たしかに存在する。噂にきくイーガの皇帝陛下がソフィア姫に贈ったというイーガの高速船も有機船らしい。
だけど、彼女らが知っている有機船の情報なんてその程度でしかなかった。
実のところ船そのものが生命体というその構造は、その先進性に反して取扱いにはクセがあると言われている。それは半ば言いがかりに近いものではあるのだけど、そのせいで有機船は銀河でもまだまだ一般的とは言い難い存在だった。
こういう噂話やイメージは、時としてモノの普及を妨げることがある。
現状でいうと、いかに銀河でも有機船は多くないのだが、実はそういう理由もあったのである。
「見た目はともかく、こうやって乗ってる限りは普通のお船と変わらないでしょう?」
「うん。見た目はともかく」
「あはは」
エムネアは苦笑した。
そして三人とも思い思いの席について、そしてドリンクを注文した。
ちなみにマキだけは軽食も頼んだ。
その姿は「食べ盛りの子供」を連想させるものだったけど、いちいちそれを指摘する無粋者はいなかった。皆、微笑ましげに見るにとどめていた。
「それで、ハイパードライヴってどれくらいかかるの?」
「たぶんだけど、もうすぐ終わるわ。タータンあたりの星系は近距離扱いだから、せいぜい十分くらいなの」
「なるほど、そういうとこも普通の船と一緒かぁ」
「それはそうでしょ。結局は同じ船だもの」
「おなじ船、ねえ」
フードサービスは小さなブースになっていて、そこだけ見ると見慣れた銀河文明のそれと変わらない。
だけど視界を巡らせて外をみると。
「……木造だし」
「うふふ」
壁も柱も木。床も木の板や木目がそのまま見えている。歩くとキシキシ鳴るところまである。
窓にはまっているガラスっぽいものも、触ってみるとやっぱりガラスっぽい……実は特殊繊維でガラスではないらしいが。
実際飛んでいるこの状況をみても、マキにはとても宇宙船には見えない。
そんな会話をしていたのだけど。
「あら?」
「どうしたんですか?」
「そろそろドライヴアウトなんだけど……何かあったのかしら?」
「?」
そんな話をしていたところで、放送が始まった。
『業務連絡です。スコークの可能性あり、乗務員は予備人員含めて非常待機に移行してください』
「スコーク?」
「合言葉だよー」
ロミの言葉を、目覚ましにお茶を飲んでいたプニベスが引き取った。
「合言葉?」
「オペレータでもやるじゃん、ああいうの。ほら、モッチー来襲とか」
「ああ隠語ね」
要は、レストランでお客様に聞かせたくない内容をぼかして伝えるもの。古典的かつシンプルだがいい方法である。
「で、スコークの意味は?」
「うん、確か戦闘のことだよー」
「そう戦闘……戦闘!?」
思わずマキとロミはプニベスの方を見た。
「それ本当?」
「ほ、ほんとうだけど?」
「いやいやいや、戦闘って洒落になってないだろ、ここ連邦中央部だぞ?」
惑星アルカインのあるマドゥル星系を中心とする半径数光年は、連邦中央部と呼ばれる。今向かっているタータン星系やボルダみたいな例外的な穴場もあるにはあるが、基本は連邦中枢のど真ん中であり、反連邦などが問題を起こす事もあまりない。
そんな場所で戦闘とは?
まさかと思ったマキたちであったが、何か首をかしげていたエムネアもウンとうなずいた。
「とりあえず、臨戦態勢なのは本当みたいね」
「臨戦態勢ですか、それはどうして?」
「それがね……よくわからないんだけど、反連邦の大きな勢力がタータン星系にいるらしいって情報が流れて、連邦の一個師団が惑星カラテゼィナを包囲したそうなんだけど」
「包囲ですか、本当に?」
「ええ本当よ。非常にまずい状況ね」
「大問題じゃないですか!」
田舎ではあるが、タータン星系だって立派ないち星間国家である。
それを連邦の部隊が取り囲んだということは、おそらく主力が降下していることだろう。
つまり。
それはカラテゼィナが占領されたのと同じ意味になる。
「この船ってカラテゼィナに寄港予定だったんですよね、どうするんです?」
「ちょっとまって、今、対応について問い合わせているから……ああ、きたきた」
ふむふむと何かを確認し、そしてエムネアは読み上げる。
「寄港予定は取り消しだけど、用件をひとつ済ませていくそうよ」
「用件ですか?具体的には?」
「特に書かれてないわね。予定は大きく変わらないとしか」
「……」
「それ、なんかイヤな予感しかしないんですが?」
「この船はボルダの所属だからな、今の状況でいえば連邦はむしろ敵になるんじゃねーか?」
「うわぁ」
まずい予感しかしなかった。
「とりあえずメインホールに行きましょう。情報が見られるはずだから」
「ういっす」
「えっと」
ちなみにマキはまだ食べかけだったのだけど、
「マキさん、そこのトレーに入れて持っていくといいわ」
「え、いいの?」
「食べ終わったらトレーごとゴミ入れに入れるの。船の方で分別処理してくれるから」
「りょーかいです」
メインホールは船に乗ると最初に出る広間のようなところで、降りる時もここ経由になっている。そして情報パネルのようなものがたくさんあり、ハイパードライヴ中のように外部の情報にリンクできない時も、可能な限りの情報や映像を表示するうようになっている。
四人がメインホールに出てくると、そこには室内ホール担当のアルカイン族の青年がひとりいた。
「あらマルくん、サボり?」
「休憩中です。エムネアさんこそ珍しいっスね?」
「航海担当の代理よ、名前だけね」
「なるほど」
青年はエムネアにそれ以上の感慨を持たないようで、再び情報に目を戻した。
エムネアはそんな青年の横に移動した。
「どんな感じ?」
「あれ見てください。跳躍通信でもらってきた配置図情報だそうで」
見ると、そこには惑星を包囲する軍隊らしきものが映されている。
「なにこれ?カラテゼィナみたいなど田舎に、どうして?」
随分と重装備の、しかも大部隊が囲んでいるようだ。
「対エリダヌス専門の戦闘部隊っぽいです。すでに先遣隊が降下してますよ」
「先遣隊?なんのために?」
「さぁ……でもロクな理由じゃなさそうっスけどね」
青年は眉をしかめた。
「よくわからないけど、これじゃ寄港できないわよね?」
「無理っスね。こっちも連邦船籍じゃないんで、今の状態で下手に寄港すると」
「面倒事の種よねえ。じゃ、どうするのかしら?」
フムと首をかしげるエムネアに、青年は苦笑した。
「んー、エムネアさん、おいらの予想を言ってみましょうか?素人予測っスけど」
「なにかしら?」
「実はこの船って、定期便として使われてるけど本来は戦闘艦ってご存知です?」
「え?……初耳だけど、そうなの?」
「はい、そうなんスよ」
青年はニヤッと楽しげに笑った。
「叔父貴……船長の事っスから、積荷をおろせず離脱なんて事になったら、嫌がらせのひとつもするんじゃないスかねえ?あ、ドライヴアウトするみたいっス」
「そうみたいね、どこに出るのかしら?」
何もない宇宙空間。
遠く離れた場所に惑星があり、そこを取り囲むように無数の光点があるものの、この場所自体には何もない静かな真空の場所。
そんな空間が唐突に揺らめき、何かノスタルジックな木造の構造物が現れた。
宇宙的観点でいうと奇怪ですらあるソレは、どうやら船のようだった。たくさんの窓があり、蒸気が吹き出している場所からありながら、その状態で真空の宇宙空間にあり、普通に稼働しているという不可思議の塊のような船だった。
その一角が、突然にニュッと伸びた。
見る者がよくみれば、それが一種の銃身である事に気づけたろうが、その場にそれがわかる者はいなかった。
銃身は音もなくスルスルと伸びると、無数にある光点のひとつに狙いを定めた。
『遠距離狙撃モードに設定、出力調整2.1、収束率98。狙撃砲照準完了。発射十秒前、九、八、七、六、五、四、三、二、一、発射』
その瞬間、船は激しく胴震いしながら、何かエネルギー弾のようなものを発射した。
『発射確認、戦闘モード解除。偽装オン、ハイパードライヴ準備開始』
船体はすぐに幻のように揺らぎ、そして見えなくなってしまった。
戦闘とは……いえないですね。
ただ一発ぶっ放して逃げただけです。
どこを狙ったのかは、またのお話で。
『モッチー来襲』
連邦式のオペレータ隠語のひとつで、休憩交代の意味。