出航
どんな船だろうと船は船、天空を駆けるさまはそう大きく変わるものではない。
だけど、それは外から見た話のこと。
中の人から見ればどうなっているかというと……。
出航そのものには驚きはなかった。
マキもロミも本格的な宇宙旅行経験はなかったが、三人で近郊の大型ステーションに遊びにいった事はあったからだ。
それに、どんな船だろうと船である限り、ただ乗っている分には大差ないのも事実だった。
「ちゃんと飛んでるねえ…………木造なのに」
「そうねえ…………木造なのに」
外はすでに漆黒の宇宙。
しっかりと大気圏離脱もしたから問題ないのはわかるのだが、それにしても不安はある。
あたりまえだろう。
木でできた宇宙船で大気圏離脱なんて、少なくともマキたちの感覚では非常識としかいいようがないのだから。
「そんな心配いらないよぅ」
「プニがそういうと、なおさら不安がつのるぞ」
「ひどいー」
「まぁまぁ。
でも今さらだけどさ、こんな堂々と出航して大丈夫なの?」
「大丈夫よ。だってこの船、楽器職人組合所属だもの」
「あ、そういうこと?」
エムネアのひとことに、ああと三人は納得した。
「わかった?」
「わかったわかった……へぇ、これが例の船かぁ」
「例の船?」
「ああ、それは」
マキが簡単に説明した。
「王宮のオペレータ職にとっては、楽器職人組合の船って謎なんですよ。だって航路とかの連絡はしてくるけど、謎のステルスかかってるし詳細情報は何も伝えてこないし」
「普通そんなのダメなんだけど、昔からっていうんで慣習でスルーしてるんだよね……行き先もここ二千年くらいボルダ固定だし」
「へえ、そんな慣習があるの」
「というより、慣習があるからこそ見逃されてるっていうか……」
「だねえ」
「しかし……なかば都市伝説のステルス船の正体がコレだなんて」
「まったく」
キョロキョロと周囲を見渡すマキたちに、エムネアは苦笑いした。
もっとも、実は木造船だというのはアルカイン上層部ではもちろん把握している情報ではあった。
ただし情報としては把握しているものの「まさか本当に木造のわけがない、これも偽装だろう」という事になっているのだけど、さすがにオペレータ嬢レベルではそこまでの情報は知るわけもないのだった。
「そういやプニは旅行経験あんだよな?」
うらやましいヤツというロミの視線。
「たしか、私が生まれる前だったよね?」
マキは記憶を辿りながらそんな事を尋ねたのだけど。
しかしプニベスはというと、あっけらかんと、
「ボルダなら最近も行ってるよ?」
なぁんて返すものだから、ふたりは目を丸くした。
「え!?」
「いつ!?」
「いつって……あー、たとえば夏にお休みもらったことあるよねえ?」
「たとえばって……そんなに何回も行ってるの?」
「あ……」
しまったとプニベスが口をつぐむが、もう遅い。
「夏?そういや、友達のとこで飲んでるとか……おいプニ、ウソついてたのか?」
「ウソじゃないよ、ほんとだよ?」
「何いってんだウソじゃねーか!」
「ほんとだって、ボルダの飲み友だもん!」
「飲み友だちって」
そんなもんができるほど通っていたのかと。
思わずマキとロミは顔を見合わせた。
「プニ、どうして今まで黙ってたの?私たちにまで?」
「ボルダの友達んち、なんて言えないじゃん。それに言ったら巻き込んじゃうし……」
困ったような顔をするプニベス。
「……」
「あー……まぁ、大騒ぎですむ問題じゃねえしな」
「うん、そうなの」
ホッとしたようにニコニコ笑いに戻るプニベスだが、次の瞬間、マキがその耳をつまんだ。
「あいたたたた、い、痛いいたいいたいっ!」
「あーあーマキが怒っちまった。しーらねーっと」
「ちょ、いたい痛いっ!」
やがてプニベスが演技でなく、本当に涙目になってきたのに気付いたところで、やっとマキは手を離した。
「いたたたた……ひどいー」
「ひどいはこっちよ!なんで言わないの!」
「だ、だから、言ったら巻き込……」
「巻き込みなさいよ!!」
「!?」
マキは息がかかるまでプニベスに顔を近づけると、言い切った。
「私はリーダーで、私たちはチームだっていったでしょ!なに勝手に自分だけ暴走してんの!」
「……」
プニベスは反論しようとした。
しかしマキの目つきをみて、これは無駄だと反論をあきらめた。
「ごめんなさいは?」
「……ごめんなさい」
「ん」
それで納得すると、それで話は終わり。いつものパターンだ。
「それでプニ、改めて聞くけど、そんなにしょっちゅう来てたわけ?」
「そりゃあね、だってすぐだもん」
「すぐ?」
そういえば所要時間って、とマキが言いかけたところで、ちょうどタイムリーな放送が流れた。
『本船、トプカナ・コーライ号カルーナ・ボスガボルダ行きは今回、都合により緊急でタータン星系を経由いたします。同系カラテゼィナに可能な限り接近し、用件を確保した後にボルダに向かいます。
所要時間は、タータン星系経由でのハイパードライヴが往復、連邦時間で約九十分かかりますので、計算時間をあわせて約百分を予定しております。また……』
「え、遠回りでもそんなもんなの?」
「直行ならもっと早いわよ?」
「え?」
「だってボルダまでなのよ?ハイパードライヴもいらないし、加速しちゃえば早いものよ」
「九十分かからないよね?」
「かからないわねえ」
「……ちなみに確認しなかったけど、運賃いくら?」
「三人あわせて六十連邦ラダ」
「安っ!」
「この間のステーションまでよりも安いって……」
「まぁ貨物船だからねえ、基本」
それにしても。
いくら内惑星とはいえ安すぎるんじゃなかろうかとマキは思った。
「ハイパードライブ計算は自力でするのか?」
「ええ、そのあたりは基本、古代船だから仕方ないわね」
そんな話をしているうちに時間は過ぎて行く。
『お知らせします。本船はまもなくハイパードライヴに入ります。
お客様におかれましては、念のため立って歩き回る事なく、お近くの座席についてくださるようお願い申し上げます』
「お、着席指示だ」
「すわりましょう?」
「おー」
三人プラス一名は、そこいらにあるソファのひとつに適当に腰かけた。
「固定とか必要ないんだよな?」
「いらないよぅ」
「大昔には必要だったらしいけどね。ハイパードライヴがまだ不安定だった時代だっけ?」
「それいつの話?」
「さあ、でも連邦初期にも固定してたって聞きましたよ?」
「へぇ……」
そんな話をしている間にも準備は進んでいく。
『お客様の着席を確認いたしました。では一分後にハイパードライヴに入りますので、お立ちにならないようお願いいたします』
「なんだそれ早っ!」
「ああ、だってお客様ってあなたたちだけですもの。ほかは荷物だけなのよ?」
「あー、そういうこと……」
「って、船内監視してんの?」
「監視というより、この船は船舶だけど同時に一本の樹木でもあるの。荷物や乗員の状態はナチュラルに認識されるそうよ」
「へぇ、樹木……って、なにそれ?」
マキが首をかしげた。
「一本の樹木って、どういうこと?」
「あー、わかんないかしら?」
ふむ、とエムネアは考えて、そして言った。
「要はこの船そのものが一体のドロイドみたいなものね。ただ『彼女』は植物系生命体ベースだから、あなたたちの身体とはずいぶんと異なるものなんだけど」
「……は?えっと?」
「まだわかんない?つまり……」
「あー、えっとね」
エムネアが説明に困っているのを、今度はプニベスが引き取った。
「マッキー、このお船は生きてるんだよ」
「は?生きてる?」
「えっとね、そういうのを何ていうんだっけ、えーと」
「生きてる船か……つまり有機船ってことか?」
「あーロッピー、それそれ!」
「だからロッピーはやめれって……!?」
話の途中でロミが絶句した。マキも目を丸くした。
そして、それと同時に秒読みも開始した。
『ハイパードライヴ十秒前、九、八、七……』
「……生きてる船?」
「……有機船?」
ふたりは呆然と周囲を見回していたが、
『三、二、一、』
「な、なんじゃそりゃあああっ!」
「なにそれぇっ!?」
『跳躍航法開始』
ふたりの絶叫をひきずりつつ、天翔船は数光年向こうのタータン星系に向けてハイパードライヴを開始した。
カルーナ・ボスガボルダにアルカインから渡航するのは、かなり難しいです。
地球でいえば、1980年代に東京から平壌に行くより難易度が高いといえばご理解いただけるでしょうか?正式な大使館もないので問い合わせも不可能です。
ただし楽器職人組合側は昔からボルダとつきあいがあり、そちらに大使館もあります。したがって本来、アルカインからボルダに問い合わせをする場合は、有事を除けば楽器職人組合経由での問い合わせとなります。
六十連邦ラダ:
貨幣価値が全く異質なので地球のお金に換算するのは難しいですが、日本の自販機に相当する町のドリンクスタンドが一杯一ラダです。