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宇宙(そら)へ逝こう  作者: hachikun
第三日『銀河連邦とイーガ帝国』
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天翔船

 木造の長い廊下の終点、つまり、どん詰まり。

 そこには成人の胸ほどの高さの柵があり、その手前には警備員らしきアルカイン族の男がいた。

 男はエムネアと少し言葉を交わすと、少し腰を折って挨拶してきた。

「エムネア、そんなに連れてどうした客か?」

「ええそうよウィーゼル、この三名ね」

「わかった」

 その男はプニベスの方にも目を向けた。

「プー嬢しばらくだな」

「うん、おひさしーウィーくん!」

「ウィーくんて」

 いくらなんでも失礼だよとマキが呆れるが、男は苦笑して「かまわない」と首をふった。

「さて小さなお客人たち、天翔船(てんしょうせん)トプカナ・コーライ号へようこそ!」

「てんしょうせん?」

 耳慣れない名前に、マキが首をかしげた。

「天空、つまり宇宙を駆け巡る船という意味ね」

「え?船は宇宙を飛ぶものでしょ?」

 不思議そうなマキにロミが答えた。

「マキ、もともと船は水の上を走ってたんだ。その頃、今の船は宇宙を行く船ってことで、天翔船とか宇宙船とかいったらしいぜ?」

「あー……そういえば、そんなお話あったねえ」

 ぽん、と何か納得したようにマキが手を打った。

「お話?」

「だって、お話でしょ?重力制御もない古代船が水に浮かぶとか、なんか、本当にありそうな(・・・・・・・・)話でロマンチックだよねえ」

「……ちょっと待てオイ」

 信用されてないと気づいたロミが、さすがに顔をひきつらせた。

 もちろん、その真偽なんてものはネットで歴史を調べれば一発ではある。しかし今は安全のため、アルカインのネットワークに接続する事ができない。

 仕方がないので、言葉で船について教えようとしたロミだったが。

「いや、おとぎ話じゃないんだって、本当に船は水の上だったんだって!」

「えー、だってファンタジーでしょ?大量運送の主力が水上輸送だったとか、ありえないよぅ」

「よぅじゃねー!、プニかてめーはっ!」

 横でクスクスと笑い出すプニベス含む大人たち、どうやら乱入する気はないようだ。

 ちなみに余談だが、マキとロミは立派に成人である。就職してから結構年数もたっている。

 しかし、実はプニベスは四百歳を超える美魔女だし、エムネアたちはさらに年上である。銀河文明の主要種族の平均年齢は千年近いわけで、五十歳にも満たないようなマキたちは、生物学的にはともかく社会的には若者でしかない。

 おまけにふたりとも小さいし、マキに至っては肉体再生を受けて一時的に幼児化。

 こういう場面になると、子供たちを微笑ましく見守る年長組という光景になるのも無理もない。

 さて、ふたりの会話は続いている。

「マキだってケセオパークでボート乗っただろ?あれをでっかくしたヤツだよっ!」

「うん、もちろん原理としてはわかるよ?あれって比重で浮いてるんでしょ?

 でもさ、だからってあの程度のことで鋼鉄のお船が水に浮くかしら?

 しかもだよ、何万トンって荷物を運んでたとか……ププッ、そんなの、あるわけないじゃん!」

「いや、だから本当なんだって!」

「うんうん、今年は春が早いよねえ」

「うわぁ、信じてないよこのバカ(マキ)!」

 おい、おまえら何とかしろよというロミの視線に、ようやくエムネアが動いた。

「ま、とりあえず出発してから調べればいいんじゃないかしら、アルカインの勢力圏を出てからね?」

「あー、それもそうか。今ここで論破したってこのバカ猫じゃあ……」

 ケラケラと笑っているマキに、ロミはためいきをついた。

 

「さて、こんなところで話してないで、そろそろ入りたまえ」

 男が何かのスイッチをいれると、柵が音もなく開いた。

 その向こうは、また廊下とも違う意匠の、しかしやっぱり木造の建築物になっている。

 確かに両者は別の建物らしく、通路の途中に継ぎ目があった。そこは巧妙に接合されているのだけど、切り離せるようになっている事が素人目にも見てとれた。

 と、そんな時だった。

 男が突然「ん?」と何かに耳をすますような姿勢をしたかと思うと、ウン、ウンと頷いた。そして、

「エムネア、緊急連絡だ。君も乗れとさ」

「え、わたしも?どうして?」

「ちょっと待て、いま中継する」

 男が頭の横をツン、ツンと操作すると、今度はエムネアがピクピクッと耳を動かした。

「……」

 その耳の動きを、じーっとマキが見ていた。

「はい、エムネアです……え、なんですって?ああハイ、じゃあそれは……でも、いいんですか?了解です、わかりました。手続きお願いします」

 そんな話をするとエムネアは男に向かって頷き、そしてマキたちの方を見た。

「ここまでのつもりだったけど、わたしも一緒に乗る事になったの。お部屋が一緒になっちゃうけどごめんなさいね?」

「それはいいんですが……緊急事態ですか?」

「ええ、とても。

 乗り込む予定の航海士がアルカイン当局に足止めされてて、間に合わないそうなの。わたしは連邦式だけど一級航海士持ってるから。

 といっても規約上の同乗で、実際に運転するわけじゃないんだけどね」

「なるほど、そういう事ですか」

「そういうのって、よくある事なんですか?」

「いいえ、普通ないわ」

 ふるふるとエムネアは首をふった。

「詳しい話は出航してからね。さ、乗りましょう?」

「ういっす」

「じゃあ、またねー」

「うむ、気をつけてな。エムネア頼んだぞ!」

「ええ、任されたわ」

 

 

 あまたの銀河文明船といえども、恒星間航行用宇宙船に頻繁に乗る人が、そうたくさんいるわけではない。

 なぜなら、はるばる星の海を渡っていくのが日常、という職種はあまり多くないからだ。

 恒星間という距離は銀河文明でも決して小さなものではない。そして、それだけ離れているという事は経済圏も分離している場合が多い。

 つまり、それだけの距離をまたいでもペイするものしか商売できないわけだ。

 そして、たいていの場合それは知的財産、つまりカタチのないものの方が多い。情報ネットワークで運べるからだ。

 特に3Dプリンターのように元素構造自体を合成するシステムが開発されている地域では、それが顕著。

 

 だがそれでも、恒星間航行のニーズがないかというと、それもまた違う。

 何より知的生命体、つまり広義でいうところの「ひと」を運ぶ需要はどんな時代でもなくならない。

 また、なんでも合成できるからといってオリジナルはいらない、なんて事にもならないのが知的生命体の面白いところで、そういう付加価値的な分野ではやはり、はるかな遠い星に行く商売も成り立っている。

 だからこそ。

 今も昔も、星の海を渡るお仕事はなくならないのである。

 

 航海士といっても本当に名前だけだったようで、エムネアはマキたちと同じ部屋に入った。

 部屋もやっぱり古めかしい木造だった。ベッドなども全て木造で、ふわふわの寝具だけに連邦式の文明が感じられる。

「窓があるんだ」

「あけられるよー」

 プニベスが木枠と真鍮らしき窓をあけると、外の景色が見えた。

 もっとも、見えたところで正体不明の木造空間が見えているだけだが。

「ずいぶんとリアルな映像ね」

「いや、ちょっとまてマキ、おかしいぞこれ。風まで感じる」

「え?まさか?」

 宇宙船にリアルな窓がホイホイついてたりするわけがない。もちろん危険だからで、窓に見えるものは大抵、リラクゼーション目的で外の映像を中継しているにすぎない。

 なのに。

「まさか本物の窓?」

「まっさかぁ」

 アハハと笑うマキだったが。

「本物の窓だよ?」

「え゛」

 あっけらかんと言ってくるプニベスに、マキたちは顔をひきつらせた。

「そんなバカな、気密性とかどうすんのよそれ!」

「そういわれても、そうなんだって」

 ニコニコと楽しげなプニベスに、疑問符ばかりが増えていくマキたち。

 そんなマキたちの会話に、エムネアが割り込んだ。

「気密性の心配なら無用よ?

 というより、この船は木造船なのよ?当然、船全体がシールドのようなもので包まれていると思ってくれていいわ」

「船全体!?」

「ええそうよ。古代船にはよくあるパターンだけどね」

「そんなバカな!」

 うふふと笑うエムネアに、ロミが噛み付いた。

「気密シールドにどれだけのエネルギーが必要だと思ってるんだ!それに推進はどうすんだ?」

「さあ?わたしも知らないわ」

 ロミの疑問に、あっさりとエムネアは肩をすくめた。

「知らないって……」

「そもそも、この船は連邦系とは全く異質の技術で作られているの。どちらかというと地質年代レベルの古代の技術でできていて、あまりにも古すぎて現在の技術では逆に解析不能なものも多く使われているそうよ」

「……古すぎて解析不能?」

「ええ」

「……」

 エムネアの言葉に、ロミは腕組をして考え込んだ。

 

 と、そんな時だった。

 何かチャイムのような音が響いたかと思うと、続いて男性らしき無機質な声が響き渡った。

『トプカナ・コーライ号出航五分前。係員は退出または船内係員ブースに移動のこと。

 乗務員は所定の位置へ。

 お客様にお願いいたします。窓から手や顔を出したり、外部甲板を歩き回るのは危険ですので出航後、許可が出るまでお控えください』

 

「……なんだそれ?」

「窓から手や顔を出すなって……なんか本当にクルマみたいだねえ」

「なぁ、これマジで船なのか?何かのネタとか仕込みじゃないのか?」

「あはは」

 不安げなマキたちの反応に、エムネアは思わず笑った。

 そして。

「……」

 プニベスは眠くなったのか、さっそくソファにもたれて居眠りをはじめていた。


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