首都の路地裏
方針が決まれば、その後の三人の行動は速かった。
リーダーがパワーダウン中とはいえ、彼女たちは年季の入ったベテランである。店を出てすぐに裏の方に回り、通用口から中に入った。
「おい客人、こっちは店じゃねえぞ」
「問題ないわ、おやじさんはいるかしら?いたら、つーちんが遊びに来たって伝えてほしいんだけど?」
「……なに?」
入口近くにいた警備員は、いきなり返答してきたプニベスをじろりと敵か何かのように睨め上げた。そして「ふむ」と何かを確認するかのようにうなずくと、よしと右手を出して「こっちこい」と言わんばかりにシャクった。
「全員か?」
「そうよー」
「ふむ。ちょっと待て」
警備員が返事した瞬間、三人の背後で扉の鍵がかかった。
ピクッとプニベス以外が反応するが、
「よし、これでいい。来い、案内する」
「自分で行けるけどぉ?」
「ダメだ。そう言いつつこの間、調理場でつまみ食いしていたのは誰だ?」
「……あー、えっと、なんで?」
「警備情報は共有される。当たり前だろ?」
「……」
「……」
「さ、来い」
「あはは……」
マキとロミの無言の視線が集まって、苦笑するプニベスだった。
「店長」
「なんだ?」
「プニ女来ました。オマケつきです」
「アー来たか、通せ」
「了解」
警備員がドアをあけて、入れと促した。
そして三人が入るのを確認すると扉が閉まり、足音がスタスタと去って行った。
三人は目をめぐらせた。
そこは事務室としか言いようのない、無味乾燥な空間だった。
椅子らしきもの、机らしきものがいくつかあり、一番奥の机にアルカイン族の男が座っている。いかにも「おやじさん」といった顔の人物だった。
ちなみに、ここにメルがいたら不思議な顔をしたろう。実際、後日、ゆえあって彼の写真を見たメルは目を見開いた。「なんだこりゃ、おやっさんじゃねーか」と。
そう。
昭和の日本人ならよく知っている俳優、ライダーのおやっさん役の俳優によく似ていたのである。まぁ、三人の中に地球の俳優なんて知る者がいないのが残念なところではあったが。
「珍しいなプー、連れは同僚かい?」
「プー?」
マキが思わず訂正しかけたのだけど、待ったと男の手が遮った。
「本名はやめとけ、誰がどこで録音してるかもしれねーだろ?」
「あ、そっか。じゃあ」
「待て待て、まずは俺の紹介からしよう」
男はゆっくりと立ち上がった。
「俺の名はケマラ・ケトゥラ・エムノゼ・ラーガン。その名の通りエムノゼ人だ。嬢ちゃんたちはなんていう?」
あだ名でな、と男、ケマラは目くばせをした。
「じゃあ、こいつはマッキーで、こいつは知ってんだよな?で、あたしは」
「ロッピー」
「ロッピー呼ぶなっつってんだろ!」
「よしよし、マッキーにロッピーだな。わかった」
ケマラはウンウンと楽しげにうなずいた。
「ケマちゃん、今日はセブルさんいないの?」
「あいつは急用で飛び回ってンだ……おい、まさかそっちの用なのか?」
「ウン、そうなの」
「三人ともか?」
「ウン、三人とも」
「そうか……」
ムムムとケマラは考え込んだ。
「セブル?」
「ケマちゃんのイトコさん。そっちのお仕事してる人」
「逃がし屋さんかぁ」
「おいおい犯罪者にみたいに言うなって。セブルは合法ブローカーだ、犯罪者じゃねえよ」
ケマラはそういうと、チチチと否定的なジェスチャーをしてみせた。
「合法なの?」
「犯罪の片棒は担がねえし、連邦法に違反するような事もしねえからよ。本業は移民の手配とかそういうやつだしな。
さて、それにしてもだ。
セブルがいねえとなると、そこいらの細かい手続きができねえな、どうしたもんか。おい、おまえら急ぐのか?」
「あー、それは……」
「超特急」
「ちょっぱやで」
ダメなら待ちますと言いかけたマキをさえぎって、ロミとプニベスが言い切った。
「え、あの、ふたりとも?」
「マッキー、舐めるのは素早くっていうしね!」
「プニ、それを言うなら旨さは素早いでしょう?」
「そうとも言うよね!」
「……」
にこにこ顔のプニベスに、ためいきをつくマキ。
「マッキー、ここは急ぐべきだぞ。……むしろ今すぐここから離れるべきだと思う」
「え、なん……?」
マキがロミの言葉に反応しようとした、まさにその瞬間だった。
「……なに、これ?」
何かが聞こえるのか、マキがキョロキョロと周囲を見渡す。
「ああマッキーは初体験か、ドロイドの身体じゃないと聞こえないからなコレ」
「ロ……ロッピー、なにこれ?このサイレンみたいなの?」
「非常招集だよ。王宮のね」
「これが?」
どうやら、三人にしか聞こえない音が鳴り始めたようだ。
「ネットアクセスすんなよマッキー、今アクセスすると悟られるぞ?」
「で、でも理由を調べないと」
「内容がどうあれ、今戻ったら当面動けなくなるぞ。わかってんのか?」
「それは」
確かにロミの言う通りだった。
たとえこの非常招集が彼女らの目的と無関係だとしても、王宮の招集なのだ。解決なりなんなり、事態が動くまで解放されない可能性が高い。
「じ、じゃあ見捨てていくの?」
「それしかねえだろ」
「で、でも、お父様に連絡もしてないのに」
「それは事後にした方がいいだろう」
マキの不安げな顔に応えたのは、ふたりでなくケマラだった。
「事後ですか?」
「そ。つまり、感づかれても問題ない安全圏に避難してからだな」
「具体的には?」
「連邦内だとまずいだろ。だったら……ああ、そうだな」
フムフムと少し考えたケマラは、ポンと手を叩いた。
「おまえら、とりあえずボルダいけ」
「ボルダですか?」
ウムとケマラはうなずいた。
「セブルが今、ここにいねえから正式な手続きはとってやれねんだ。
でも急ぐんだろ?
だったら、万が一があっても大問題にならず、しかも連邦が手出し不可能で、なおかつ戻ろうと思えば戻れる距離ってわけだけど」
「なるほど、そりゃボルダくらいしかねえか」
「おとなりだものねえ」
「そういうこった。しかもボルダにはうちの支所もあるから、とりあえず手続きがすむまではそっちで待機してりゃいい。どうだ?」
「いいね」
「うんうん」
ふたりはそういうと、マキに目をやった。
「そんなわけだけど、マッキー」
「な、なに?ふたりとも?」
マキの反応にロミとプニベスは苦笑した。
「マッキーのおしごとは?」
「わ、私はリーダーだから!……って、あ、そうか」
反射的に口にして、そしてその意味にマキも気づいた。
「そういうこった。リーダー、指示くれ」
「わかったけど……ほんとうに二人ともいいの?」
「もちろん」
「おっけー」
「そっか……わかった」
マキは少しだけ考えると、ウンと大きくうなずいた。
「ロミ、プニベス、悪いけど私に命預けて。……行こう!!」
「「了解!!」」
マキの言葉に、大きくうなずく二名。
「……いいねえ、若さだねえ」
そんな三人を、ケマラは楽しげに微笑んでみていた。