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宇宙(そら)へ逝こう  作者: hachikun
第三日『銀河連邦とイーガ帝国』
102/264

アルカイン首都・下町商店街

 どんな立派な大文明の国であっても、そこに属する全ての民が豪華絢爛(ごうかけんらん)な暮らしをしているわけではない。そういうのはむしろ少数派だ。

 では一般人はどうかというと、下町はどこにでもあるし、貨幣経済を導入している国なら格差だってちゃんとある。いい点でも悪い点でも、そういう意味では地球と大差ないか、ヘタをすると地球より酷い地域も存在する。

 宇宙の果てに理想郷があり、心優しき異星人たちが暮らしていると信じている人たちは、こうした光景がある事を受け入れられないかもしれないが、それもまた現実だ。

 しかし考えてほしい。

 同じような社会システムを導入すれば、同じような弊害が発するのはむしろ当然のこと。それは地球だろうと、どこかの果て暮れの異星文明だって変わるわけがない。同じ宇宙にいる限り、同じ物理法則が適用されるのと同じくらいには真実である。

 ただ弁護するならば、同じ社会システムといっても年季が違うのもまた事実。

 たとえば、銀河文明における貨幣経済システムというものは、閉じた経済圏で本当に完全放置すれば破綻するものだと誰もが知っている。なので、あまりにも集中が起こりすぎる前に限定的または継続的にテコ入れを行うことで経済を回し、破綻を防いできた歴史がある。

 そしてむしろまったく逆のアプローチとして、貨幣経済を捨てた国も。

 具体的な方法もさまざまあり、おそらく地球の学者には垂涎の情報も多かろう。銀河文明ではこの手の対策の歴史もあるし、いろんな文明におけるモデルケースもたくさんあるのだから。

 

 話を戻そう。

 

 下町というものにはいくつかあるが、ここマドゥル星系アルカインの下町はというと、普通に庶民むけの歓楽街である。

 アルカインは貨幣経済を導入しているものの、実は主幹産業というものがほとんどない。地球でいえばバチカン市国のようなもので、特定用途のために存在する国だからだ。

 まぁ厳密には楽器職人ギルドがあり楽器工房もたくさんあるのだけど、そこはアルカイン上ではあるがアルカイン王国ではない。おかしな話に思えるかもしれないが、アルカイン王国とはそういう国だ。

 そんな中、そんな大人の事情など知らぬと普通に商売繁盛している業種もあり、そのいい例が飲食系だ。

 生き物である限り、楽器職人だろうが政府の役人だろうが食事をとる。それにここは二千年も連邦の中枢をやっているだけあって、観光客などの数も、法的に制限が必要なほどには多い。

 当然彼ら相手の商売は成り立つわけだ。

「それでさ、アレってやっぱりアレのことだよね?」

「たぶんそうだね……でもマキがどうしてそれを気にするのさ?」

「大事件じゃん。つまり、わたしたちもこれで母親になれるって事でしょ?」

「……わたしたち?」

「ロミ、ほら鳥」

「おう」

 今は小さくとも本来、マキはまとめ役である。食が止まっているロミに食事をうながした。

「なぁマキ、わたしたちってどういうこった?……あ、これウメぇ」

「そんなの決まってるよぉ」

 マキが返事をする前に、ちょっと悲しげにプニベスがつぶやいた。

「マッキー、出産許可取り消しだって。猫耳(アルマ)のうえにドロイド再生までやっちゃったらダメだって」

「なんだそれ?だって、生身のボディを培養してんだろ?そっちが完成したら戻るんだろ?」

「ううん、それ断った」

「……なんだと?」

 鳥料理を掴みつつ、あたりまえのように言うマキに、ロミは目をつりあげた。

 

 

 少しだけ解説しよう。

 

 アルカインにかぎらず連邦の多くの国では、あらゆる医療技術が非常に発達している。治らぬ病気はないと言われるほどにである。

 しかし、そんな世界であっても慎重を期し、長期的視点で対峙している問題が未だに存在するのである。

 その代表例がつまり、遺伝子に悪影響のある疾患。

 地球でも病気になりやすい体質の遺伝などが問題になっているのは承知の通りで、連邦ではこれらの治療も可能になっている。

 しかし、遺伝というのは世代を経てみないとわからない部分も多々あるのも事実。

 

 そのため。

 遺伝子に危険な要素を抱えていると判断された場合には、たとえ健康でも遺伝子治療を求められたり。

 あるいは、生活するには問題ないのだけど、自分の遺伝子を反映した子孫を残すことを禁じられるケースが多々あったのである。

 これがつまり、今の会話に出てきた「出産許可」の意味である。

 

 ……以上、解説おわり。

 

 

「断ったっておまえ、簡単にいう事かよ!」

 当たり前だがロミは、マキのあっけらかんとした口調に激昂(げっこう)した。

「それっておまえ、二度と生身の身体に戻れねんだぞ?一生ガキも産めねえんだぞ?意味わかって言ってんのかマキ、ああ?」

「ロミ、声おっきいよ?」

「!」

 近隣の客の視線に気づき、あわててロミは口をつぐんだ。

 

 ここは下町の食堂のひとつで、名前を『スカム武器弾薬店』。物騒な名前なのに何故か店には武器などまったくなく、まるでビアホールのような開放的な空間に幸せそうな客の座ったテーブルがずらり。なかなかに盛況。この店自体が屋台街といわれる地域の一角にもあるので、屋台の一種としか認識されていないっぽい。

 ただ弁護するなら、昔は確かに『ポドム武器弾薬店』といってアンティーク武器の店だったらしい。

 要するに、閉店後にここを買い取った者たちが、看板などを残したままに改装したのだろう。

 この店はエムノゼ屋台が集まった一角にあり、客も経営側もエムノゼ屋台のひとつだと思っている。ここが昔、武器屋だと知っている者はもうおらず、ただ店名と一部の装飾品だけがその名残をとどめている。

 さて。

 もくもくと食事を続けつつも、ロミは反撃の手を緩めない。フライドチキンっぽい鳥のモモ肉をまるで武器か何かのように、ビシッとマキに突き付けた。

 対するマキは、知らん顔で食事を続けている。

「マキおまえ、状況わかってんのか?なあ?」

「わかってないのはロッピーだよ」

 その横で、プニベスが悲しそうにためいきをついた。

「マッキーが混血(クリポー)なのは前からわかってた事でしょう?この時点で役場の方はずいぶん迷ってたわけだしー」

「そうなんだよねー、健康体ならまぁ許可が出せなくもないですがぁ、みたいな感じだったもん……ロミ、この肉もらうよ?」

「いちいち断らんでもいい、喰え……で、でもよプニ、マキは人間だし健康体だぞ?それをそんな!」

「人間だからって出産が認められないケースは多いよ?遺伝疾患のキャリアなんて、本人は全くの健康体でも認められないんだよ?」

「でも、おまえは健康体じゃないか!

 今回だって、確かにドロイド再生にかかったのは事実だけど、遺伝子の保管もしてたし培養申請も通ったじゃねえか!それで生まれてくる新しい身体も間違いなく健康体だぞ?

 なのに……なのにどうしてそんな!」

「仕方ないよロッピー、連邦にとっては、病気もちの遺伝子を広める事は許されないんだからー」

「……ちげーだろ、マキが混血(クリポー)だからガキ産むなってんだろ?」

 ロミの言葉は、吐き捨てるような怒りに満ちていた。

「……」

 しかし、言われている立場のマキは実に冷静だった。大人しくプニベスに世話を焼かれつつ、もくもくと食事を続けている。

 つづけながらも、ふと顔をあげた。

「ロミ」

「なんだよ?」

「私ね、人間を捨てようと思ってるの」

「……あ?」

 一瞬、ロミはマキの言っていることが理解できなかった。

「わからない?じゃあ、簡単に説明するね?

 まず確認なんだけどさ、ロミはさ、今起きてる騒動が何だか知ってるよね?」

「そりゃ知ってるさ。エリダヌスのお姫さんが動いて、じゃじゃ馬の娘も同行しているっていやあ……アレが始まったんだろ?」

「ええ、わたしもそう思う」

 そこまでいうと、マキはやっと食事の手を止めた。

「プニちゃん」

「はいはい」

 言われる前にお茶を渡すプニベスに、ありがとと言ってマキは受け取った。

「だからね、私もそっちに混ざりたいと思うの」

「……なに?」

「この身体なら可能なんでしょう?私もアレを受け取って、そして子供が産めるんでしょう?」

「……そりゃあ産めるだろうけど……本気か?」

「うん。ダメ?」

「ダメじゃねえよ、むしろ歓迎だけど……おい、産めるんだよな?」

 そういいつつロミは視線をプニベスに向けた。

 プニベスはロミの視線の意味を汲み取り、うなずいた。

「妊娠出産となると、二年くらいは待たないとダメだけどねー」

「え、そんな待つの?」

「あったりまえだよ。今のマッキー、中身は赤ちゃん同然なんだよ?まず落ち着かないとね?」

「そっか」

 ふむふむとマキはうなずいてから、そして言った。

「そんなわけでさ。……ちょっと顔」

「うん」

「おう」

 ちょいちょいと招くと、三人は顔を寄せ合った。

 

 額をごちんとぶつけあうことで、骨伝導に似た特殊な通信に切り替える。

 誰にも探知できない状態で、三人は内緒の会話を始める。

 

『というわけなんだけどさ、アルカインじゃまずいよね?どっか別のとこ行かないと』

『あー、確かにな。まさか連邦中枢でアレを受け取るわけにもいかねーし』

『そこが問題なんだよね。ロミは心当たりある?』

『あたしは、ねーなー。だいたい外のことは知らねえし』

『そっか。地道に調べるしかないかな?』

 そんな話をしていると、プニベスが口を開いた。

『ここの店長さんに相談してみる?』

『え、この店の?』

『ウン』

 ふにゃ、と柔らかい笑顔でプニベスは笑った。

『前に、ここの店長さんとマーケットで、頭ゴチーンしちゃったんだけどねー』

『ああ、出会いがしらにぶつかったと』

『プニ、あんた外でも人様にご迷惑を』

『もう待ってよ、お話はそこじゃないんだからー。

 でね、でね。

 店長さんその時、ピーナちゃん連れてたの。ピーナちゃん覚えてる?』

『ピーナって、カリュート組のピーナ?』

『そうだよー』

 ちなみにその娘は、マキたちの昔のオペレータ仲間である。辞職してから行方が知れないが。

『店長とピーナって、どういう組み合わせ?』

『それがねえ。店長に頼んで船を手配してもらったんだって。よその星系までの』

『……それって』

『密航?いや不正出国の手引き?』

 目を剥いたマキたちを尻目に、プニベスはにこにこと笑う。

『違うよぅ。

 ねね、そもそもふたりとも、なんでピーナちゃんがお仕事やめたか知ってる?』

『知らないけど……なに?』

『か・け・お・ち♪』

『駆け落ち!?』

『そだよ。お相手はボルダの外交官さんでね、楽器職人ギルドで出会ったんだってー』

『……あー、もしかして』

『そういうことなのかしら、やっぱり?』

『ウン、そうなんだって』

 ボルダ、エムノゼ人、そして駆け落ち。

 そこいらへんのデータがマキたちの頭の中で、がっちりとつながった。 

『つまり不正出国というより、楽器職人組合経由で出国手配?ここの店長が窓口ってこと?』

『そそ』

『マジか……それって機密情報だぞプニ、何やってんだ危ねえ』

『大丈夫だよぅ』

『はぁ、やれやれね……でも、それだと確かに駆け落ちじゃないわね。むしろ亡命?』

『そうだな』

 大使館に駆け込むのでなく屋台のおやじを頼ったあたりがアレだが。

『じゃあ、とりあえず店長さんに尋ねてみる?』

『え、今から?』

『なんとなくだけど、あまり時間をかけると不利になるかもだよ。今、逃げられるならさっさと逃げちゃお?』

『あのなプニ。マキにとっちゃ一生の問題……』

『ううん、プニが正しい。いくわ』

『マキ!?』

『ふたりはどうする?』

『いや、どうするって……あのな』

 ロミはためいきをついた。

『あんただけ行かせるわけねーだろ、ふざけんな。行くに決まってんだろが』

『だよねえ』

『え、プニも?』

『あたりまえだよぅ』

 ふたりはウンウンとうなずきあった。

 そして、若干おいてけぼりのマキはそんなふたりを見上げつつ、

(いいのかなぁ?)

 困ったように頭をかくのだった。


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