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宇宙(そら)へ逝こう  作者: hachikun
第二夜『母にして父なる者と銀の少女』
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マドゥル星系第三惑星アルカイン

 マドゥル星系アルカイン。

 「何も持たない王国」と言われる奇妙で小さなこの国は、ここ二千年ほどは銀河連邦の議長役を務めている国でもある。

 だが、古い地図や音楽関係のデータでこの星を探すと、そこには『ナーダ・コルフォ』と記されている。

 もともとこの星は、楽器工房と森がある職人の星であった。もうずいぶんと長いあいだ、ナーダと呼ばれる小さな弦楽器がこの星で作られ続けていて、最高級品として銀河の各地に届けられ続けていた。

 これはご存知のように今も続いている。つまりこの星は、連邦ではアルカインと呼ばれつつも、ナーダ・コルフォというもうひとつの、そして古い名前も持っている事になる。

 奇妙な話ではあるのだけど、これは歴史的にはよくある事でもある。名前は結局のところ名前にすぎない。立場が違えば呼び名が変わるように、ひとつの星が別々の観点から違う名前で呼ばれている、ただそれだけの話ではあった。

 今でもこの星のほとんどは森であり、楽器工房である。アルカイン王国としての支配区域というものは存在せず、そして王国側は職人ギルドに干渉しないし、職人ギルドも連邦のお仕事などに関心を持たない。

 そんな歴史的経緯により、この星は名前も、政府機構も、何もかも二重という形態に落ち着いているのであるのだが。

 事件は、そんなアルカインの王宮で始まった。

 

 

 王宮のコントロールセンターに、豪華な衣装をまとつた初老の男がいた。

 ニュースに詳しい者なら、その者が現アルカイン国王レスタであると気づくだろう。だが今、その国王レスタは眉をしかめて司令官席に座り、集まってくる情報を吟味したり話を続けていた。

「それで暗黒街の件、続報はまだなのか?」

『特に続報はありません』

「疑わしき航跡を追っているとの情報については?」

『今も追い続けているようです。ただ基礎技術が古すぎて性質が掴み切れず、対応が後手に回っているとの情報があります』

「そうか。とにかく情報があれば報告するように」

『了解です』

 連邦側では現在、詳細の情報をうまくつかめない状況にあった。

 といっても連邦は無能な者たちではない。むしろ今回の件の場合、連邦に非は全くなかった。

 何よりまず、事件が起きたのがオン・ゲストロの主星というのが何よりも痛かった。

 連邦ではオン・ゲストロのことを暗黒街と呼ぶ。これは歴史的なものもあるが、実際、連邦から見ればオン・ゲストロは無法地帯扱いであったし、情報もないに等しい。

 今回、確かに連邦軍が駐留していた。

 しかしその連邦軍は元々、ソフィアの護衛という名目で定期交替しつつ派遣されていた護衛部隊にすぎない。非常時にそなえてフレキシブルな応対が可能な者を集めていたとはいえ、こんな非常事態に対応するようにはなっていないし、権限もない。

 いくら有能な者たちであっても、情報も権限もなく適性も欠いた状態で何ができようか?

 にもかかわらず話を通し、エリダヌス教の支部までひとを送り込めた時点で、むしろイダミジアにいた連邦軍の者たちはむしろエリート揃いだったと言えるだろう。さすが、銀河のVIPのためとはいえ、あえて敵対勢力圏に派遣された生え抜きにふさわしい活躍だったろう。

 だが事件はこちらの都合を待ってくれない。

 

 メヌーサ・ロルァが現れ、メルを連れ去った。

 しかもその際、メルの身体を元に何かの危険因子のようなものを作成し、それを現地のドロイドたちに配るよう指示して去ったという。

 メルを連れ去ったのはどういうわけなのか?

 そもそも危険因子とはどういうものなのか?

 

 この場にソフィアもしくはアヤがいれば、即座にそのデータが提示されたろう。

 だけどここに二人はいない。

 ソフィアは現在220万光年の彼方、イーガ帝国にいる。皇帝陛下(こんやくしゃ)と久しぶりに会い、中断していた式の準備に入っているはずだったし、アヤもその手伝いをしているはず。

 実はこの時、イーガでもソフィアが事態に気づいている頃だったのだが、情報のないレスタには意味がわからない。銀河・アンドメロダ間のホットラインはまだたった二回線しかなくて、ソフィアに即時連絡をつけるのは現時点では困難だから。

(よりによって、なぜ今このタイミングで?)

 レスタの心境をひとことで言えば、まさにそれしかなかった。

 ただ、メヌーサ・ロルァは連邦では銀河レベルのテロリストの親玉の扱いになっており、発見次第殺せと通達もされている存在である。

 だからこそ、今の状態が非常にまずい事は彼にも理解できた。

「陛下、追跡ルートについて分析結果が出ました!」

「ほう、どこだ?」

「こちらに向かっているとのことです?」

「こちらだと?つまりマドゥル星系にか?またなぜ?」

 敵の中枢にわざわざ向かっている?そのような真似をなぜする?

「フェイクまたはダミーの可能性はないのか?」

「技術部はありうると言っています。しかし情報がなさ過ぎて確率すらも割り出せないとか」

「どういうことだ?」

「対象の使っている技術が古すぎるんです。現在の追跡システムも類推システムも全く役に立たず、天文データを元にマニュアル追尾している状態だそうです」

「なんと……そうか、では続けよと伝えろ。すまぬが今、手を止めるわけにはいかぬ」

「了解しました!」

 ふうっとレスタはためいきをついた。

「文明人には、鳥のはばたきがわからぬか……やっかいなことだ」

「……」

「?」

 ふとレスタは、オペレータのひとりが自分を見ているのに気付いた。

 本来、こんな忙しい時に何をしていると叱る時かもしれない。

 だがレスタは、そのオペレータが妙に幼いのに気付いた。

(ああそうか、確かこの娘は)

 たしか身体をこわしてしまい、同僚に再生してもらったのではなかったか?

(名前は……いや、名前はこの際どうでもいいか)

 レスタは少し考えると、そのオペレータに声をかけた。

「君はもしかして、再生されたばかりではなかったかね?名前はたしか?」

「はい、マキです!第六オペレータのリーダーをしておりますっ!」

 ああそうだ、そんな名前だったとレスタはうなずいた。

 アルカイン王宮は連邦の中枢という仕事をこなすため、多数の人工頭脳、多数のオペレータが働いている。そして彼らは基本的に、人間1、ドロイド2の三人単位でチームを組ませるのが基本になっている。

 そして、この第六オペレータチームは、現在王宮にいる中でも指折りのベテラン揃いであり、ゆえに国王のいる、この最奥のオペレーションルームで仕事をする事が多かったのだが。

 そのチームリーダーが、なぜかこちらを見ている。

「それでマキ嬢、何か気になる事でもあったのかね?」

「いえその、あまりお仕事と関係ないのですけど……鳥のはばたきってどういうことですか?」

 この忙しい時にという気もしたが、もうひとつの認識がレスタの心をひきとめた。

(ふむ、こういう時こそ無関係の話でリラックスするのがいいかもしれぬ)

「ん?ああ、君らの世代ではわからないかね?」

「はい、申し訳ありません」

「いや、いい。簡単なことだからね」

 レスタは四百歳を超えている。オペレータチームは基本的に百歳までのはずだから、このマキ嬢がどんなに歳をとっていたとしても、レスタの歳を越える事はないはずだった。

「われわれ、銀河文明の多くは重力を制御して虚空を飛ぶ。これは知っているね?」

「あ、はい」

「だけど鳥は違う。鳥は大気を流体として扱う。つまり翼で羽ばたき流動させ、これにより揚力を得て身体を浮かばせ、さらに飛行するのだよ。

 我々の祖先も宇宙に飛び出す前は、その原理を知っていた。そして鳥や、あるいは鳥に類するような小さな生き物の真似をする事で浮力を造りだし、空を飛ぼうと挑戦を続けたのだそうだよ」

「そうなんですか?」

「ああ。それでマキくん、君は鳥が空を飛ぶ原理を知っていたかね?いや、詳しくじゃなくとも現象として」

「いえ……ああ、そういう事ですか!」

 マキはポンと手を打った。

「わたしたちは惑星から飛び出して次のステージに進んでしまったわけで。

 だからこそ、惑星上で空を飛ぶ鳥の飛行原理を忘れてしまった。そういうことなんですね?」

「うむ、そうだとも」

 ウンウンとレスタはうなずいた。

「さきほどの私のつぶやきの理由は、すなわちそういうことだ。

 我々は連邦の中枢にいるものであり、どんな最新システムであっても対応できる情報が揃っている。

 しかしだ。

 敵の使っているらしい宇宙船があまりにも古すぎる……いかに我々でも、何千万年、何億年と過去に消え去った文明の遺物に至るまで、その技術を知っているわけではない。

 だからこそ今、後手後手に回ってしまっているわけだな。わかったかね?」

「はい、わかりました!ありがとうございます!」

「いやなに、かまわないとも。

 さて、そんなわけなので君らも情報には注意してほしい。

 相手は年季の入った強者だ、普通なら捨てるような情報にも大きなヒントがあるかもしれないからね?」

「「了解ですっ!」」

 そこにいたオペレータたちが全員、大きくうなずいた。


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