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宇宙(そら)へ逝こう  作者: hachikun
第一夜『アンドロイドの少女』
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再生

 それは不思議な場所だった。

 光にあふれていたけど、真っ白ではなかった。どちらかというとベージュのような、少し色の入った白い世界。

 何もない。

 だけど、安らぎのある世界。

 

 ああ……俺は死んだのかな、と思った。

 

 苦痛も、恐怖もなかった。

 このまま、この心地良い場所で眠り続ける……それが死だというのなら、どんなにか心安らぐ事だろう。

 思い出せる事はもう、何もない。

 ゆったりと。

 まったりと。

 

 俺はただ静かに、沈んでいく……。

 

 だけど。

 

「……」

 

 ふと気がつくと、ひとりの女の子が俺の前に佇んでいた。

 

 知らない女の子だった。

 銀の長髪に灰色の瞳……北欧系だろうか?俺の人生には、あまり馴染みのない人種の子だった。

 年代は、よくわからない。欧米系は老けて見えるというから、おそらくは十代前半ってところだろうか……まぁ、生きている人間ならばの話だけど。

 そんな女の子が、俺の行く手をさえぎるように立っていた。

 

 ──やっときたのね。

 

 女の子の口がゆっくりと動いて……そんな事をつぶやいた。

 きみは、誰だ?

 

 ──すぐにあえるわ、ドゥグラール。

 

 どぅぐらーる?なにそれ?

 

 意味がわからない。

 だいたい、死んでしまった俺がどうやって君にあう?

 そんなことを考えていたら、唐突に何かに引っ張られた。

 

 そしていつしか、俺は何も考えられなくなっていった……。

 

 

 

 目覚めは唐突にやってきた。

 頭の中がスッキリしていた。視界が妙に鮮明で、何か世界の全てが新鮮に見えた。

 なんだろう、この気持ちのいい目覚めは?

 身体が軽くて、そして痛みのひとつもなかった。

 おじさんと呼ばれる歳になってからというもの、身体はそれなりにくたびれ、変調していた。だから、こんな心地よい朝は本当に久しぶりだった。

 そう。

 まるで、新しく生まれ直したみたいに。

「……?」

 そんなとき、妙な違和感に気づいた。

 目が、やけによく見える。

「……なんだこの手」

 手が違っていた。

 どう見ても俺の手じゃない、別人の手だった。

 これじゃあまるで、子供の手じゃないか。

 いやまて、それよりも。

「……あー?」

 声もおかしかった。

 この妙に甲高い声はなんだ?

 それにこの声……たぶん子供の頃の自分の声とも違う、本当にまるで別人だった。

 いや、それよりも。

「……」

 見下ろすと、胸が膨らんでいた。

 まぁ、ふくらんでいるといっても微妙なレベルなんだけど、肥満による膨らみには見えない。どう考えてもこれは女の子の胸のそれじゃないだろうか?

 触ってみた。

「ん」

 別に気持ちいいとかそういう事はないけど、やっぱり肥満の脂肪感とは違うように思える。

「……じょうだんだろ」

 まさかの嫌な予感が頭をもたげてきた。

 ありえない、そんなバカな。

 あわてて起き上がったら、シーツがぺらっとめくれた。

 なんだ、この身体?

 白く、柔らかい身体だった。胸のふくらみといい、どう考えてもおかしい。俺の身体とは思えない。

 いや、まてよ?

「……」

 ごくりとつばを飲み込んで……意を決して下にてをやってみた。

「……つい、てる」

 慣れ親しんだ感覚とはちょっと違うけど、きわめて近いものが……要は毛が生えてないものが、そこにあった。

 俺はためいきをついた。

 よかった。

 これで「ちん○ん、ない」なんて話になったら卒倒したかもしれない。

 そして、気持ちが少し落ち着いて……それで何となく状況も理解できた気がした。

 きょろきょろと視線を巡らせてみた。

 SFチックな内部……おそらくは宇宙船、そう、ソクラス号の中なんだろう。

 強制転送だか何だか知らないが、たぶん収容されたって事だよな。

「ソクラスだっけ、聞こえてる?」

『もちろん。おはようございます、誠一さん』

「ああ、おはよう」

 違和感バリバリの自分の声に変易しつつも、質問を投げてみた。

「とりあえずアヤさ……アヤを呼んで欲しい。

 あとひとつ確認なんだけど……俺、なんかこう、まるで別人なんだけど?これはいったい?」

『今、アヤを呼びました。まもなく来ると思います。

 あと誠一さん。

 詳しい説明は彼女からあると思いますが、簡単にいえば、あなたは再生されたのです』

「再生?」

『はい。

 アヤのもつ能力……個体再生能力をもちいてあなたの身体の元を作り、そこにあなたの保存したデータを写したわけです。

 子供みたいな身体だし、まるで女の子だと思ったでしょう?』

「ああ」

『再生したばかりなのですから、あなたは実際に子供なのです。

 それと、この銀河にある人造人間、つまりあなたがたのいうアンドロイドは、ある事情で異性を再生する事ができないのです。ですのであなたの今の身体は女の子をベースに、限りなく少年に近づけたものになっているのです』

「え、そうなの?……下、ついてるみたいだけど?」

『構造的な違いをいうならば、それは見た目だけですね。いきなり「ついてない」身体になってしまったら混乱するでしょう?』

「あー、確かに」

 まったくそのとおりだった。

 実際にたった今パニックしかけたんだから、反論のしようもなかった。

『まぁ、くわしくはアヤの方から説明があるでしょうけども……ああ来ました』

 コンコンと壁を叩くような音がした。

 思わずハイと答えると、アヤが静かに入ってきた。

「おはようございます、誠一さん。調子はどうですか?」

「おはようアヤ、調子いいよ」

「よかった」

 にっこりとアヤは微笑むと、どこからか椅子を引き出して俺のいるベッドの横に座った。

「おそらく説明がほしいと思います。ソクラスはどこまで?」

「俺の身体について少しだけ。でも詳しくは君から説明があるからって」

「わかりました。では最初から。

 まず、どちらから知りたいですか?今こうなったまでの状況が先か、それとも誠一さんの身体の説明が先か」

「どっちも知りたいけど……そうだな、俺の身体の方から頼む」

「わかりました」

 アヤは大きくうなずいた。

「誠一さんは一度死にました。そして、わたしの機能、再生能力により復活させたのです。子供のようになっていたり、女の子っぽい姿になっているのもそのためです。」

 なるほど、やっぱりそうだったのか。

「俺は女の子になっちゃったのか?その……でも、下はついてるんだけど?」

 見た目だけとソクラスは説明してくれたけど、やはりそこは気になった。

「今の性別を問うならば『どっちでもない』が正しいですね。

 事故などで身体が壊れた人を仮の肉体に入れた時を想像してもらえますか?

 そういう事態のために、ある程度の規模の病院なら予備ボディを待機させている事があります。そしてこれは近郊の病院から緊急依頼があって融通させる事もありますね。あれと同じなんです。

 でも、そんな非常用のボディをわざわざ男女別に作ると思いますか?」

「ないな。技術的に可能とすればだけど、そういうものはできるだけ汎用にするのが筋で……ああ、そういう事か」

 なるほど合理的だった。

「はい、誠一さんのおっしゃるとおりですね。

 そういう場合、どっちにも分化できる無性の身体にとりあえず入れて、あとは治療の過程でどうするかを決定する、これが連邦の、というより銀河での定番の対処法だと思います。

 まぁ、予備の全身ボディまで使うような事態っていうのは、元の肉体で生存不能という事ですから、かなりの緊急事態ですけれど。でも手だけ足だけっていうのなら、結構よくあるんですよ?」

「ああそうか、義手や義足の延長ってことか!」

「はい。誠一さんの場合は『義体』という言い方が正しいんでしょうけど」

 なるほどな、義手義足のノリだっていうのなら理解できた。

 地球なら、デザインや機能こそ違っても、身体が欠損して義手義足になったら、それとずっとつきあう事になる。欠けてしまった身体を生身で作り直すすべがないからだ。

 だけど宇宙文明的には緊急避難であって、あとは治療中に個別対応していくってわけなのか。

 ははぁ、すごいもんなんだなぁ。

「他にもいろいろな用途に使われるんですよ。

 たとえば、地球でいうと……そうですね、まったく治療や解明の見通しの立っていない難病の子供を想像してください。

 本来、そんなおそろしい難病であっても否応が無しに戦うしかないですよね。家族も巻き込んで、大変な生活をしなくてはならなくなったりもしますよね。

 ですが、ここで全くの健康体の予備ボディが用意できるとしたら?」

「……今の肉体を捨てる事になるけど、まったくの健康体になれるってこと?」

「はい、そういうことです」

 それは。

 もし可能なら、それは革命どころの話じゃないんじゃないか?

「是非はいろいろあるかもだけど……でも、そんな選択肢もとれるっていう事は素晴らしい事だね」

「はい」

 アヤも同意みたいで、大きくうなずいてくれた。

「誠一さんの身体に戻りますが、その身体は遺伝的には女性になっています。これはわたしの身体が雌型有機ドロイド、つまり地球的にいえば女性タイプの有機アンドロイドであるためですが、医療行為という名目の元に、限りなく少年的な姿にしてあります。理由はいうまでもなく、誠一さんが男性ですからですね」

「ああ、まぁそれはわかる」

 俺がもし、まだガキの年代だったら性転換(ソレ)もアリだったかもしれない。

 あるいは、おっさんがおばちゃんになるってだけなら、いわゆるMtFな人たちの間に混ぜてもらって生きる道もな。

 だけど。

 だけど異性の、しかも子供からやり直しっていうのはなぁ……。

「もちろん、このまま成長すれば、いずれ完全に身体が馴染んだところで第二次性徴が始まって、いずれ女性へと変化していきます。

 また男性として大人になる事を誠一さんが希望すれば、連邦や銀河内の主要国家のどこかでなら、医療行為の一貫として男性の肉体への変更が受けられる事になります」

「肉体の変更?具体的には?」

「生身の男性の身体を用意して、それに入れ替えるという事です。

 誠一さんは元の肉体を失っておられますから、同系列の……銀河ではアルカイン族またはアルカと呼びますが、地球人類的な人類の生身の身体をひとつ作る事になると思いますが」

「身体を作る……」

 なんかバイオ野菜みたいな言い方だけど、まぁそうか。

 オーバーテクノロジーの世界なんだから、このくらいはできても不思議はないわけだな。

「よくわかった。とりあえずはこの身体に馴染むのが先決って事でいいのかな?」

「はい。

 かりに即男性化を希望するとしても、今は生まれたばかりです。その設備もここにはないわけですから、今はあわてる事はないかと」

「わかった」

 とりあえず、俺の話はわかった。

「身体についてはわかった、じゃあもうひとつの質問、どうして俺は殺されたんだろう?」

「それについては記録からの推測ですが……不幸な偶然だと思います」

「不幸な偶然?」

「はい」

 アヤは悲しげな顔でうなずいた。

「誠一さんの頭は無傷でした。

 この星における無力化や逮捕の方法がわかりませんが、状況から推測するに、おそらく彼らの目的は誠一さんを無力化して確保する事だったと思います。

 それなのに誠一さんが死んでしまった原因は……わたしのせいではないかと思います」

「どういう事?」

「つまり、誠一さんを確保するのに、わたしの見せた運動能力を基準に考えてしまった、という事です」

「……あー」

 そこまでいったところで、俺もアヤのいいたい事がわかった。

「猛獣でも捕らえる勢いで攻撃したら、あっさり死んじゃったって事か」

「はい。すみません」

「いやいや、そこはアヤが謝るとこじゃないだろ?」

 仮に死ななかった場合、俺は黒服だかなんだか知らないが、悪意の者たちに捕まっていたって事だ。それも、ただの一般人をテロリストか何かみたいに思うような奴らにだ。

「で、悪いけどもうひとつ。ひとつ気になるところがあるんだけど」

「もしかしてですが、お友達や身内に影響がないかって事ですか?」

「ああ、どうだろ?」

 そうですね、とアヤは少し考えこんだ。

「一応、三重(さんじゅう)の保険をかけてあります」

「三重?」

「まずひとつは、誠一さんの遺体をそのまま残してきた事です。もちろん誠一さんはただの一般人ですから、何も出てきませんね。

 次に、誠一さんが善意の第三者である点について、きっちりと説明してから引き上げました。彼らはただの現場担当ですけど、得られた情報は上に伝えられますからね。考慮されると思います。

 最後に……実はソフィア様のコネで、しばらくの間監視を頼む事になっています」

「監視?わざわざ?」

「地球では知られていないようですが、こちらの某国と商取引をしている業者がいるのです。そちらに手配しまして、何かあったら知らせてくれるようにも依頼してあります」

「取引してるって……地球と取引してる宇宙人なんているのか」

「表で堂々と行うだけが商売ではありませんから。

 それに、銀河と取引のない国というのは、おいしい相手である事もあるのです。何しろ価値観が全く違いますから、他地域でどうでもいいようなものを、いいお値段で引き取ってくれたりするものですから」

「なるほど……」

 いろいろ勉強になるなぁ。


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