2章 相棒契約
いつの間にか黒く染まった外から聞こえる雨音が、先程より激しくなってきた。
「あら、随分降るのねぇ。最近の天気予報って手を抜きすぎじゃないかしら」
「あくまで予報なんだから仕方ないよ。それはそうと、言われたもの受け取ってきたよ」
「ご苦労様。ここ2、3日であっちに送らないとダメな物だったから助かるわ」
そんな会話の後に、男が背中の袋から何やら取り出した。
その瞬間、背筋に悪寒が走り、俺は無意識に身体を震わしてしまう。
原因は恐らく男が取り出した物。
幾つか同じ様な物を次々と袋から取り出しているが、その内の1つから異様な雰囲気が滲み出ていた。
視覚で捉えた限りでは、粘着性のある靄がとめど無くそれから溢れ、地面に零れ落ちている。
「ちょっと神威ちゃん、なんでこんなにあるのよ。頼んでたの1つだけだったはずでしょ。この中から探せっていうわけ?」
「そうはいっても、これの中のどれかだからって言われて、まとめて渡されたんだってば」
俺自身に視界の高さがない分、ここからではその正体は掴めないが、それでも『そこに在る』という事は分かるほどの気配。
近くにある台の上に、並べられている様だが。
そして暫くすると、置かれた台の淵から靄が滴り落ち始める。
それは伸縮を繰り返しながら何かを求める様に地面を這い、それがこちらに向かってくるとわかると悪寒がより一層強まり、口からは抑える事すら忘れた唸り声が溢れ出た。
剥き出した牙が乾いていく。
「おーい、なんだどうしたんだ?いきなり唸って。もしかして名前が気に食わないとか?」
「何いってんのよ。それにしてもどうしたのかしらね」
そう言うと女は、事もあろうに、その得体の知れない物体を手に持ち、牛乳足りなかった?等と言いながら接近してきた。
女の目線や距離など、あの靄の存在の中では無いに等しく、迫り来る脅威に耐え切れなくなった俺は声を張り上げて吠える。
「きゃっ、一体どうしたのよ!?やっぱり飼うなんて無理なんじゃないの!?」
「おいなんだなんだ…てか、これ姐さんに吠えてるんじゃなくね?どちらかと言うとむしろ…」
神威と呼ばれた男が、俺の視線の先にある物を指差した。
「どうも、これっぽい気がするんだけどな」
そう言うと、女の手からそれを摘み上げて、俺の目の前に持ってきた。
不意に急接近した異物に思わず、無意識に臨戦態勢を取り、あと僅かに近ければ迷い無くその手に噛み付いていただろう。
この男、反射神経はそこそこ良いらしい。
顎がその手を捕らえる寸前で手元に瞬時に引き寄せ、いつでも後方に飛び退く為か、半身を一歩引く。
「おわっ!っぶな!ガチで噛み付きにきやがったコイツ。いやでもやっぱそうだ。俺を見てないもんな」
そう言いながら、手を左右にゆっくりと降った。
そんな物こっちに投げつけられて堪らない。
俺は視線を外さない様に首を振る…がそれが神威の策略だったらしい。
「やっぱり。姐さん、ちょっと他のやつどれでも一個でいいからちょうだい」
「ん?えぇ、いいけど。どうしたのよ一体」
神威に促され、女がもう1つ台から拾い上げ、神威に手渡した。
黒光りする金属質の物体で、平べったい物が差し出される。
どちらも似た様な形だが、もう1つにはまるで脅威を感じない。
「タウ、こっちはどうだ?ほら」
鼻先まで持ってこられ、反射的に臭いを嗅いでしまい、金属の臭い、それに錆とカビのすえた臭いが鼻の奥を突き抜けた。
「確か、あの中に1つだけだよね。『当たり』って」
神威のその言葉を聞いて、女の今までどこか抜けていた表情が瞬時に切り替わる。
それは何かを見抜く様な、獲物を追う狩人の眼だった。