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絶え間無く伝わってくる振動に近い音とモーター音。
意識を集中させなくても、意識とは別の領域で2つの耳は活動を続けていた。
次第に上昇していく室温が緊張を解し、先程まで氷柱が背骨に突き刺さっている様に寒さを含んでいた身体も、今は十分に温まっている。
意識とは切り離されている本能ですらも、この温もりに懐柔されようとしていた時、鼻が新鮮な脂肪の香りを捕まえた。
どこか懐かしさや安心感を思い出させるこの香り。
湿った鼻先が自然とその香りの根源を探す。
ピーッピーッピーッ!
突然、甲高い音が耳から頭の中に突き刺さり、思わず身体がビクリと大きく震え、瞬時に立ち上がった。
しかしこの空間の空気は張り詰めるわけでも無く、何やらまたも音がしたかと思うとより一層強くなる香り。
「ごめんなさいねぇ。今はワンちゃんにあげれるのこれしかないの」
そんな事を言いながら、こちらに近づいて来る女。
その手には、湯気が立ち上る銀色の物体。
明らかにこの香りの根源がそこにあった。
女との距離が縮まるにつれて、湧き上がってくる警戒心と緊張感が自然と身体を臨戦態勢へと導いていく。
だが、ここで人間と戦闘になる事は極力避けたかった。
この場所の情報も不足している上に、確実に息の根を止められる保証も無い。
それに人間の恐ろしさを決して見くびってはいけない。
これも過去の経験が導き出した答えだった。
それに鼻をつく人工的な花の臭いに混じる、堪らなく甘美な香り。
胃袋が栄養を求めて、一気にその欲求を放出し始めた。
その誘惑の為に判断が遅れ、女が手を伸ばせばこちらに届く距離まで接近を許してしまう。
そんな状況下でも口の中の唾液が増え、無意識に舌舐めずりをしてしまう己が憎い。
「あら。やっぱりお腹が空いていたの?たっぷりどうぞ」
そう言ってコトリと目の前の床に置かれる銀色の容器。
その中には、湯気を立て白くて甘い脂肪の香りがする液体が揺れていた。
湯気がヒクつく鼻の下から昇り、纏わり付いている。
目線を容器から目の前に居座る屈んだ女の顔に向けると、女の視線もまたこちらに突き刺さっていた。
視線が正面からぶつかり合い、火花を散らす。
目を背けてはいけない、背けたら負けを認めた事に他ならない。
そんな静かな時が暫く流れ、やがて勝敗の時が訪れる。
「見られてると飲めないの?見かけによらずシャイなのね。それにしてもアナタ…」
不意に女の手がこちらの顔に伸びてきた。