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小さな機械音が響く室内。
その部屋の隅、砂利道以上芝生未満といった具合の敷布の上で、未だ力の入りきらない身体を置いていた。
背後が壁という事が幸いして、周囲を警戒する気力の消費が多少なりとも軽減出来そうだ。
どうやら天井で小さく唸る機械が程よい温風を吐き出しているらしく、先ほどまで冷え切っていた身体にも温もりが戻りつつあった。
フンフンと鼻先を高く上げて周囲の臭いを収集すると、先程の女が残した果実の香りや鉄の臭い、様々な人口物の臭いが鼻腔をくすぐる。
壁を挟んだ向こう側からは勢い良く流れる水の音、外からは行き交う車の排気音が波打ちながら耳に飛び込んできた。
少しでも立ち上がろうとすると、後ろ脚の付け根に鈍い痛みが浮かび上がる。
動けないこともないが、全力で走る事は出来そうにない。
今は状況を把握しながら、身体を休める事は得策という訳か。
不思議とあの女からは敵意を感じなかったが、それだけで信用する程、甘い世界で生きてきたわけではない。
狩る側の立場の存在が、今は狩られる側に立っているこの現実は、意識と本能の奥底でチリチリと小さく焦燥感として燻っている。
今は姿の見えないあの女が、突然この身体を抱きかかえ、あそこから何処かに運ぼうとした時は流石に焦りを覚えた。
身を捩り暴れて振り解こうとしたものの、丁度胴体の両脇、前後の脚の付け根付近で持ち上げられていた為、腰の部分を更に痛めるという結果に。
加えてこの身体は女にとって重かったらしく、運ぶや否や徐々に息が荒くなり、最後には自分で歩けといって再度冷たい地面に下された。
この時、とっさに逃げる事も再度考えたが、逃走経路が判明していない状態でここの主人であるこの女を敵に回すのは得策では無い。
女に促されるまま、後をついていき、そしてここに放り込まれた。
飲まず食わずで冷たい空気に晒されるよりは、随分と良い。
そんな事を考えていると、今まで忘れていた空腹感が徐々に腹の底から湧き上がってきた。
先程の鼻による情報収集では、空腹を満たす様な臭いは感知できず、どうやら機会を伺って探す必要があるようだ。
何度かフンフンと鼻を鳴らしてみるが結果は同じ。
だがその報告も虚しく、一度顔を出し始めた空腹感は遠慮無く腹の中で暴れ始め、若干のイラつきを覚え始めた。
苛立ちに任せて、すっかり萎んでしまった尻尾を床に力無く叩きつけていると、流水の音が金属の擦れ合う音と共に消え去り、扉が開く音が飛び込んでくる。
しばらくの静寂の後、次第に大きくなって迫る足音。
その音に比例して、身体と意識に緊張が走る。
いつでも駆け出せるよう4本の脚のバネに力を蓄え、両目は耳から得た情報を元に見えない対象物の位置を追う。
そしてガチャリと扉が開かれると、視界に侵入した人間の僅かな動き、意識の方向、視線の先、全てを見逃すまいと全神経を集中させた。