沈黙を破る 13
ナガイは秘書らしく細かな気配りが得意らしく、それがマギーに親近感を持たせたが、ケネスに関してはネイトからの先入観があるせいか、何となく壁を感じさせた。
もっとも、この感覚は、ネイトへの同情心からかも知れない。ネイトが何故元カノにまだ未練があるのか、結局キララ紡績で働くことになったのか、それらの元凶であるわけだから。
マニュー国ではかなり珍しい高級日本料理店の離れに案内された。夜でも外の庭が楽しめるように、ところどころに灯篭があり、灯りが灯されている。料理はお任せで、メニューを見て決めることもない。
正座が苦手なマニュー国人の為に、掘りごたつの様に低いテーブルの下がくりぬかれ、あたかも椅子に掛けているように座れるので、マギーはほっとした。接待で何度か畳に座ったことがあるが、あれはどうもいただけない。
「何か飲みますかね?」
「いえ、水で結構です」
「嫌いな物や食べられないものはございますか?」
ナガイが微笑みながら質問する。マギーは別に何も、と頭を振った。
「……早速だけど、この度は色々と面倒を掛けているようで申し訳ない」
ケネスが軽く頭を下げたので、マギーは心臓が止まるほど驚いた。
「何の事でしょうか、分かりかねますが」
「弟の事だよ、勿論。昨晩は飲み過ぎたようで、あなたも一緒に飲まされたようだと運転手から聞いたんだ」
「ああ……。いえ、大したことは。却ってこちらこそお邪魔してしまったのかと恐縮です」
いくら上司の身内でも、あまりプライベートなことは伝えるべきではないだろう。マギーはあいまいな笑いでごまかした。
「弟の事は好きかい?」
ケネスが放った一言が突然すぎて、マギーの耳から脳に入るまで多少の時間がかかった。
「……」
そのまま怪訝な顔でマギーはケネスの顔を見つめる。一体何を期待しているのか、どうもお金持ち一族は我々平民と思考回路が一切合切違うらしい。
暫くお互いに沈黙していたが、ケネスは視線を外し、
「……そうか」
は?何が『そうか』なんでしょうか???何も言ってませんが私は!
マギーの視線が思わず泳ぐと、ナガイが、
「スレイターさん、このお造りいかがですか。これだけ薄く切れる板前はマニューには中々いないと思いますけど」
見た目にも美しく盛られているお造りは、普段食べに行く一般的な日本料理屋ではまずお目に掛かれないものだ。そうだ、食べ物を楽しまねば。
「芸術的ですね。あ、これ、しその実ですね。マニューではなかなかないですね」




