沈黙を破る 12
ある程度の下書きを仕上げると夜8時前。リッキーは少し前に出て行ったし、インタビューと会食でスケジュールがいっぱいのトモミ社長も社長室を大分前に出ていた。
総務法務室は明かりがついているので、マギーはそっと机を離れ、帰宅することにした。
リフトを降りて、ホールに出ると、男女のカップルが立ち止まっていた。こんなオフィスビルの入口に珍しいなと思いつつも、そのまま通り過ぎようとすると、
「あの、スレイターさんでしょうか」
女性が呼び止める。
「はい、何でしょうか?」
秘書脳の記憶を手繰ってみても、彼女は他人であると認識されたのに、何故私の名前を?マギーの怪訝な顔に、男性が、
「大変失礼しました。弟がお世話になっています。僕は兄のケネス・ジョーンズです」
「私は秘書のナガイと申します」
美男美女のカップルと思いきや、お坊ちゃま関係だった。マギーは何だか悪い予感がした。
「マギー・スレイターと申します。あの、副社長でしたら、3時間くらい前にもう退出させていただきました」
「ええ、分かってます。今日はスレイターさんに用がありまして。今お時間ありますかね」
ケネス・ジョーンズ、ネイトによれば人たらし。キララ造船の元重役で、今もグループの経営陣だ。ここで断るOLはいない。
「勿論です。どんなご用件でしょうか」
ナガイさんに負けないようにと、秘書根性を引き出したマギーは、瞬時に微笑んだ。
「嬉しいですよ、話が早くて。スレイターさんは優秀な方だと弟からも聞いてますのでね」
「恐縮です」
「ここで立ち話もなんですので、場所を変えます。ナガイも同行しますので安心してください」
昨日の弟に続いて今日は兄に拉致られるのか、とマギーは心の中で昏く笑ったが、そこは秘書脳で乗り切った。
「かしこまりました」
ナガイも親しげな落ち着いた雰囲気を作り出し、
「こちらのお席へどうぞ。私が隣に座りますから」
と差し回しの車へ案内した。どうやら、離れた場所へ移動させられるらしい。
昨日の話の口止めだろうか。そんな事をしなくても、秘書として、秘密を守るのは当たり前の事なのに。まあ仕方ない、エライさんの考えることは、下々には永遠の謎である。
人たらしと、その秘書と、おひとりさまOLを乗せて、車は発進した。




