沈黙を破る 6
「は?」
リストラで従業員の退職を促している張本人(の一人)が、突然つぶやいた言葉に、マギーの反応は不覚にも遅れてしまった。
退職できない?……まさか、先日嬉しそうだったあの……
「結婚退職ですか?……当たり前ですよ、ネイト、自分を何だと思ってるんです。奥様が反対するに決まってるじゃないですか。そりゃあ最初は賛成しますよ、だってまさかジョーンズ家の方が本当に辞めるとは思ってないじゃないですか。新婚早々旦那が失業者なんて、そんなの許されないですよ」
マギーが多少毒も込めて、いや、45歳嫁き遅れの恨みも込めて一気に話すと、ネイトはとうとうヘンな鳥さんに身体を向けて、
「事態はもう少し複雑でしてね……、マギー、君の意見は尊重するよ。だけど俺は逃げられたんだ……。女に2度も逃げらるなんて、笑えるだろ?」
「は?」
「俺は今まで、自分の家のせいで、元カノと別れたんだと思ってた。だから家柄の釣り合う相手を見つけた、それで十分だと思った。そしたら相手は、別の男と結婚するってさ。一体俺のどこが悪いんだ……。何で俺がいいと思った女は皆俺から逃げていくんだ……」
そ、それは……。
それはマギーにも難問だ。何で自分が好きになった人間は自分を好きになってくれないのか。何であの男性は私を好きになってくれないの……。
胸が痛む。その回答が出ていれば、独りではいない。ギリっと針で心臓を突き刺したような、鋭い痛みが走る。痛い痛い痛いと叫びだしそうだ。それをぐっとこらえ、マギーは自分を律した。今、ここで悶えるわけにはいかない。ここは職場で、マギーは秘書で、今目の前にいるのは上司、副社長である。マギーは微笑んだ。
「失礼いたしました、ネイト。プライベートなことは分かりかねますが、ネイトは十分に魅力的ですし、上司としても私は尊敬しています。お相手はいつ別れ話を切り出されたのでしょうか」
「30分前かな。約束に忙しいからと断ってきて、様子がおかしいと思っていたらこれだから、まあいいんだ。私も少し感傷的になっていた。有難う、マギー」
「すぐ先ほどの事なのですね。でしたら、話し合いをされてはいかがでしょうか。何か誤解があるのかも知れませんし」
「誤解ね……、いいんだ、有難う。まず実家の父から連絡が来てね、見合いを断られたと言うんだ。その後すぐ、彼女から電話があって、お断りしたからそのまま承諾してくれって。向こうではもう決定事項だったようだよ」
「そんな……。理由は聞いたんですか?」
「そういった細かい事は、実家を通すはずだから、両親は聞いているだろう。私は今日帰宅後に事情を聞くよ。聞いてもどうしようもないけどね」
元々親同士が持ってきた見合い話だから、実家に断りが行った時点で終わりだよ。そういう付き合いなんだから。
ネイトは他人事のように解説して、さあ仕事に戻ろう、と書類に向き直った。
マギーの頭は久しぶりにフル回転し、しっかりとネイトの眼を見据えた。
「ネイト、今日は定時で上がりましょう。職場にいるべきではありません。私がスケジュール何とかします!」
ぱぱっと目の前の書類を、不備がありましたので後でまたお願いいたします、と言いながらマギーは片づけ、お時間無駄にして申し訳ありませんでした、と部屋から飛び出し、自分の机に戻って行った。




