沈黙を破る 5
キャロルと話したのは、恋バナだけではない。マギーの目的は、仕事の話も入っていた。
ネイトの部屋に入り、ブリーフィングが始まる。
「アラン室長の報告が上がってます。商号の登録は問題ありませんので、トモミ社長の決裁で商号登録の申請を出来るだけ早くした方がいいとのことです」
「次の彼女とのミーティングで話をするから、この資料は私にメールで、彼女にCCで入れてくれ」
「分かりました。次に、スケジュールですが、商号登録申請と同時に、新法人設立準備に入ります。これらは極秘準備になると思いますが、臨時株主総会を11月に予定していますので、それまでに摺合せがいります」
「約款はこのまま使えるんだな?」
「はい、名前と期日を変更するだけですね。ただあの……設立目的ですが、バイオ事業が入っていません。いかがいたしましょうか」
「入れないと駄目か?」
きわめて事務的な声が続いている。先日のにーっと笑ったような表情は今はない。マギーは何となく違和感を感じるが、ただ最初のネイトの印象と同じといえば同じなので、そのまま答える。
「少し私自身で確認したのですが……いっそのこと、各目的を削除し、3項にまとめたらいいのではと思います。現在、わが社の目的事項は18項目ですが、そのすべてが現在ビジネスをしている訳ではありません。当初は色々と予定はあったのだと思いますが、法的にも、全ての事項を記載する必要はありません」
「3項目ね……絞ったな。繊維と生化学と?」
「はい、第一項は繊維事業、第二項は生化学事業、そして第三項を現在の事業に関するその他関連事業、です」
「目的はいくらでも登記できるんだろう?たくさん項目がある方が、株主としては安心するんじゃないのか?」
「そういう見方もありますが、将来事業発展をする際、変更手続きをするとなると煩雑ですし、時間のロスもあるのではないでしょうか。公開企業として、多くの人間にわが社を理解してもらうには、簡潔な表現が好ましいと思います」
そう、キャロルは「今は多くの項目を登録するのが流行ってるけど、それは正しくないよー」とランチで主張したのだ。マギーもその通りだなと納得して、今に至っている。世の中、人脈というのは大切だ。
「それもそうだな、分かった。トモミ社長に言ってみよう。次は?」
なーんだか、声が死んでるなあ。マギーの心の声が聞こえたのか、またヘンな鳥さんがふわーっと浮かんでいるのがネイトの背中越しに見えた。足をだらんと伸ばして、お腹を窓に向けて浮かんでいる。確信犯か?
ネイトも流石にマギーの視線に気づき、ああ、と窓の外を見た。
「心配されてるかな」
「何がですか?」
ネイトのつぶやきが聞こえたので、マギーが答えると、ネイトは軽くため息をついて、仕方なさそうにまたつぶやいた。
「退職できなくなったから」




