飛べない鳥は落とせない 14
マギーはようやく自宅のPCから、数件の求人を探し、取り敢えず応募フォームを送った。毒を食らわば皿まで、いや、とにかく、「自分のやりたい仕事」を見つけるプレッシャーに耐えられなかったのだ。
こんなつもりじゃなかった……。マギーはネイトに言われたことを思い出しつつ、また秘書室長としての契約書のコピーを眺めつつ、考え込んだ。
コネも学歴もなかったマギーは、ハイランドからわざわざ就職面接のためにキララまで泊まり込みをしなければならなかったが、親の援助も期待できず、そのため、3泊4日間で、何と5社の面接をこなした。今思えばよくやったなあと思う。残念ながら第一志望の商社は二次へ進めず、第二志望の教育事業でも最終へ進めず、結局製造工場から最終へと声が掛かり、またも泊まり込みになったので、2泊して他社の面接を入れるか、1泊にして旅費を抑えるか、散々迷ったのを覚えている。
結局1泊にして、余った時間で人材派遣会社に登録した時に元同級生のキャロルと再会、彼女の助けで短期賃貸のアパートを探し、それから1か月ほどで最終的には就職を決めた。キャロルは当時、その派遣会社のコンサルタントだったので、勿論紹介にも熱が入っていただろう。こういうのはタイミングが命である。
不慣れな場所で就職活動するのであれば、最初はいっそプロの手を借りた方がいいのだとマギーはその時しみじみと思った。ハイランドでは、登録者が登録料と紹介料を支払い、雇用する会社も紹介料を派遣会社に支払うのが一般だが、ここキララでは人材が流動しているので、ほとんどの場合登録者は金銭的負担がない。こういうナマの情報も、実際に住んでいるキャロルから教わったのだ。
しかしまあ、もう自分はキララに15年以上いるのだ。ネットの応募で最初は十分である。
そう、ここ数週間、あまり転職活動が進んでいないのは、いい求人がなかったせいだし、少し自分の仕事が忙しかったせいだし、それに……。
何かが付け足せそうな感覚に、マギーの思考は一瞬停止した。
それに……?
駄目だ、キャロルに連絡しよう。又愚痴でも聞いてもらわねば。
そんなわけで、今また二人でランチミーティングである。
今度はキャロルが法律事務所から預かった書類を役所へ手渡すため、外出すると言ってキララ紡績のビル付近までやってきてくれたのだ。
「このマギー・スレイター、キャロル・ストローク様の方向には一生足を向けて寝られません」
「お互いさまよ、で、転職活動はどうなの?」
法務秘書らしく、キャリアっぽい薄化粧とスーツが映える。マギーも一応重役秘書だが、製造業なのであまり堅苦しいスーツは避けている。外から見ると少しミスマッチな二人だ。
「一応応募フォームは三社送ったばかり。それよりもさ、何と新副社長が、新法人設立するって言いだしてるの、どう思う?」
「ああ、リストラでしょそれ」
「そう思うよね」
「常識よ。新会社作ってそこに移して、業績上がらないからって狙い撃ちした部署を閉めるの。副社長のターゲットはどこの部署よ?」
「いやー、それがね、聞いてよ。創業者一族の次男坊が来たのよ、10歳年下の。見た目もお坊ちゃんなのにえぐいよね」
「独身?」
「うん、でも彼女はいるけど」
「そりゃいるでしょ、それだけお金あれば。彼女も美人で家も釣り合うってとこ?それでリストラか。ま、もう決定事項だわね」
早く転職決めなさいよ、とキャロルは事もなげに言いきり、目の前のシーザーズサラダにフォークを入れた。彼女は強いのだ。
「でもさー、繊維部門を潰したいみたい」
マギーがゆっくり言うと、キャロルは少しむせた。
「え?だって今の会社って、他の部門あるの?」
「あるのよそれが……。私も言われるまで思い出せなかったんだけど……」
マギーが簡単に今までの経緯と、キャサリンとの話をキャロルに伝えると、キャロルの表情が少し変化した。
何だかにやりとしているようだ。その表情、何だか以前に見た……いや、そうだ、ネイトもそんな表情をしていたのだ。
ふふ、とキャロルは口先で笑う。
「なあんだ、じゃあ結論は出てるじゃないの、マギー」




