飛べない鳥は落とせない 13
『今度うちの社長がキララ紡績へご挨拶に行くらしいのですが、何か気を付けることがあったら教えてください』
ユージーンからの携帯メッセージがマギーに届いた。うーん、生化学事業部門を頭に入れると、彼は恩を売っておいたいい相手であろうと判断する。
そう、秘書へのアプローチは仕事でもプライベートでも、常に仕訳されているのだ。
『午後よりは午前の訪問にした方がいいでしょう。それか思い切って夜の会食にするとしっかり話せますよ』
『手土産は何がいいでしょうか』
『アルコールの入っているお菓子はNGです。飲めない重役がいますので。トモミ社長はバナナが嫌いですので気を付けて』
『わかりました。有難うございます』
程なくして秘書室のメールアドレスに、一通のメールが入る。マギーは「優先」タグを付けて、トモミ社長へと回した。
その後総務法務室に行くと、アラン室長が何人かのスタッフに囲まれていた。何となく感じる重い雰囲気に、マギーは自分のタイミングの悪さを呪った。いや待て、こうなったのもネイトのせいである。そうだ、元々彼が悪いのである。
心の中で折り合いをつけたところで、アランはマギーの方へ顔を向けた。まるでエスパーだ。
「こっちこっち、秘書室長」
「止めてください、理事」
口を開けば、いつもの軽口がはずむアラン室長である。
「分かったよ、降参だ、マギー。それだけは止めてくれ。僕は周囲と違って野心家ではないからね……、あ、この数字はちょっと待って。えっと、秘書室長の契約書は出来てる?彼女が来たから、手続きをしたいんだ」
アランは周囲のスタッフに指示をして、マギーの書類を準備した。
「ここにサインすればいいのでしょうか」
「そうそう、違いは有休と手当かな。残業手当がなくなるけど、その代り代休が強制。有休は3日間増える。出張は同じ」
「あまり関係ないですからね、出張なんて」
「……これからは、違うだろう?」
ぽつり、とアラン室長がマギーに聞こえるか聞こえないかの声でささやいた。え?何を考えてる?マギーが目を瞬くと、
「取り敢えずは新会社設立に集中だけどね」
とニヤリとして見せた。アラン室長……元々は管理部門長なのだから、工場や研究所の処遇について言いたいことはあるんじゃないのかとマギーは思っていたのだが……。話はそんな単純ではないらしい。
ああ、いつの間にか社内の派閥争いの渦中か……。