転職理由 1
マギーは、現在の会社、キララ紡績に入る前の事を思い出しつつ、苦笑いした。
今思えば、今ここにいるトレイニーも中々のものだ。
レターひとつ満足に作れない上に、この表現は相手を混乱させます、と言ってキララ紡績の社外文書のテンプレート変更を総務に願い出ている。いつまで続くことやら。
はあ、とため息をつく。マギーは、独身彼氏なしのため、職場に近いワンルームに住んでいて、ほとんど徒歩通勤。しかし転職した場合、徒歩圏内で新しい職が見つかる可能性はあまりない。
そう思うと、CVを書き直す気力がぐぐっと落ちるのだった。
しかし、とマギーは思い直す。今度という今度は、最後だ。何せ、社長が首になったのだから。
今朝、いつも通り始業時間の20分前に机に着いたマギーだったが、何か変な感じだった。社長室などの個室はガラス張りになっていて、マギーと契約のアシスタントの子からは中がすぐ見えるようになっている。来客のある時は、ブラインドを落とすときもあったが、大抵は開けられている。
社長室から向かって右が、副社長室、そして左が、総務法務室で、管理部門は1階下になる。なので、マギーとアシスタントのリッキーは、上下を行ったり来たりしているのだった。
なのに、今朝は業務管理部門長が総務法務室にいた(これは、彼がすぐ出てきたので、分かった)。普段よりずっと早く来ていたらしい。そして、社長室のブラインドが下がっていて、中が見えない。これは、秘書としては少し困る。社長のスケジュールを確認しても、来客の予定も、早出の予定も入っていない。副社長室は空っぽだった。
リッキーはいつも時間ギリギリに来るので、マギーはまず自分にコーヒーを入れてから、人が出てくるまで待つことにした。社長の最初の予定は、経営陣のミーティングで、10時から、会議室A。
副社長は、外で会計事務所と打ち合わせで、戻りが9時45分。その後経営陣ミーティング。
管理部門長は、工場視察が13時からなので、経営陣ミーティングの後その足でランチに行き、そのまま工場へ向かうはず。社用車は11時半から押さえてある。
リッキーが多少速足で自分の机に到着し、PCを開けて数分後、ようやく社長室の扉が開いた。
外にいるはずの副社長が顔を出し、小声で、
「マギー、ちょっと中に入ってくれる?」
「はい」
マギーがノートとペンを携え、シャキッとして社長室に入ると、そこに、社長はいなかった。いや、部屋は空っぽだった。机の上に飾られていた置物もなく、本棚の本も移動したのか何も入っていない。まるで社長が、私物を全部引き上げたようだった。これはもしかして。
「……。」
流石に、マギーも上級秘書として、顔色を変えるわけにはいかず、そのまま何事もなかったかのように、副社長の顔を見た。
部屋には、
副社長トモミ・スミス(52歳女性)、総務法務副室長アレックス・チョウ(推定58歳男性)、マギーとほぼ同時に入って来た管理部門長兼理事アラン・エリオット(42歳男性)、経理人事部長ケイト・タムラ(推定47歳女性)と、もう一人、マギーの知らない顔の男性がいた。
副社長は皆の顔を見渡して、うなずくと、話し始めた。