従業員の都合 5
マギーがネイトの部屋を辞した後、ネイトは背もたれに体重をかけて天井を見上げた。そこには、ヨーロッパの宮廷にありがちな、天井画が描かれている。勿論ネイトの実家にもこういった装飾の部屋はあるから、見慣れた飾りだし、ネイトは好きだった。
「なーにこれ?お城みたい!」
元カノは、彼が週末にデザイナーを呼んで彼女が暮らしている部屋の天井に絵を貼らせたとき、目を丸くしたものだ。
綺麗だろ、とネイトが自慢げに言うと、
「そうね、実家の薬局にも描いてみようかな」と難なく受け入れた。
そういう事だ。
経験から、人は学んでいく。
学んでいくと、予め見通せることが増える。
それが心地よくなる。
そして……。そこから逃れられない。居心地の良さを手放せないのだ。
だが、それでも『学びたい』という種類の人間もいる。
そういう人間だけが、また新たな経験を求め、体験し、学んでいく。
マギー・スレイターはどちらの人間なのか。
窓越しに、席に戻ったマギーにネイトは視線を移す。上級秘書としては問題ない、彼女は。しかし会社として、経営陣として、もっと彼女には仕事をさせないといけないのだ。秘書として、もっと仕事をさせるか、それとも、他の畑で仕事をさせるか、ネイトは少し悩んでいる。そう、彼女の上司として……のはずだ。
「着信?」
マギーは携帯の履歴を確認すると、着信があったことに気付いた。今から10分ほど前だ。
番号を確認すると、あの新入り秘書のユージーンからだった。何だろう、業務で何か支障があったのだろうか。
先輩として、同業者として助けたり支え合うのは当然だとマギーは思っている。そう、先輩として……のはずだ。
メッセージを簡単に送ると、ユージーンからすぐに返事は来なかった。
まあ緊急ではなかったのか、それとももう解決したのか、そんな状況だったのだろうと思い、マギーはまたPCの画面に向き合った。さっきのネイトとの話もある。
生化学事業部門の拡張、独立。
青臭い言い方だが、自分を雇ってくれたCEOの原案なら、やってみてもいいかなとも思う。まずは過去の資料を読んでみようと思った。




