三年前 3
ある日突然、さる部門長の上司が呼ばれ、重役室に行ったのは知っている。それから2時間以上経って、未だ怒りが収まらない様子で、部屋に戻って来た。マギーは、秘書として上司の気分を落ち着かせようと、お茶を運ぶ手配をした。
なのに、3分も部屋に落ち着かず、その後ふらりと出て行った。「今日は戻らないから」とマギーに告げて。
次の日は病欠。
そして次の次の日、上司が辞表を出した(らしい)。
マギーは驚いたが、次の配置があるものと黙っていた。……と、人事に呼ばれ、上司が辞表を出して、受理されたこと。なので、マギーも会社にとどまれないこと、を告げられたのだった。
「それは会社が、上司の部署を潰すという事でしょうか」
人事部長はため息をつくと、淡々とマギーに言う。
「いや、誰もあなたの給料を出す人がいないの」
「はあ?どういう事でしょうか」
「知らなかったの?あなたは、この会社に雇われてないのよ」
「え?でも雇用契約書があるじゃないでしょうか」
「……その後、すぐに転籍したはずでしょう。あなたの上司の会社に、あなたは貸し出されていて、給与もその会社からこの会社へいったん支払われて、あなたが受け取っているんだけど……知らないの?」
マギーはあまりの事に声をすぐに出せなかった。
「だから、会社としては、あなたをここに置いておくわけにはいかないのね」
人事部長の話は、マギーにとって青天の霹靂、というか、全く意味が掴めないものだった。でも結論は分かる。失業、だ。
「困ります。上司はお金持ちですけど、私は普通のOLなんです。家賃だって払わなくちゃいけないし、誰にも頼れないんですよ、私」
「辞めないのなら、解雇になるわ。もっとも、会社としてはあなたに非がないことは分かってるから、出来るだけ穏便に済ませたいの」
「選択肢はないってことですね。推薦状はいただけますか」
転職の上で、良い推薦状を貰っておくのは大変重要なことだ。
「勿論出します。あと、あなたの上司からきっとボーナスとして、いくらか上積みされると思います」
あのケチな上司が?まあ貰えるだけいいか。
上司は気分屋で、所構わずヒステリーを起こす男だったが、昔株で儲けたとかで、金持ちではあるようだった。かなりの秘密主義で、秘書であるマギーにも、ほとんど書類を触らせず、一人で処理していた。つまり、楽な上司だったのだ。
楽な仕事だったのになー。
それが本音だったが、まあ仕方ない。それによく考えれば、あんな男のヒステリーにつき合わされる生活もそろそろ終わりにしたい。これが潮時か。そうは思ったが、上司に付き合って同じ日に退職届は出したくない。
「分かりました。ただ、あの上司とほぼ同時に退職届を出したくありません。少し考えさせてもらえませんか」
「あまり待てませんけど、その点は私から上層部に伝えておきましょう」
上司はその日のうちに去ったが、マギーは1週間後にずらして退職届を出し、その1か月後に退職した。何とか普通の手続きを踏んだのはラッキーだったと思う。
もっとラッキーだったのは、その1か月の間に、今の会社に採用が決まり、全くブランクなしで転職できたのである。