沈黙 5
失礼します、とマギーは部屋を出た。
選ばれなかった紅茶のカップを持ち、自分の机へ戻る。ランチも誘われない。やっぱり32歳からすると、45歳なんてただのババア、秘書にすらお断りなのだろうか。
取り敢えず紅茶を飲みほし、外へ出て昼食を摂ることにする。リッキーが、「私もお昼にします。一緒にいかがでしょうか」と言うので、マギーもちょっとだけ心が晴れた。「いいわよ」と言って、二人で出る。
ネイトもほどなくして部屋から出て、奇しくも3人一緒のリフト(エレベータ)に乗った。
ネイトは、二人を視界に入れないままだ。初めて間近にネイトを見るリッキーは、何も言えず、何とも奇妙な面持ちで、ネイトの後ろに、マギーと二人で立った。
そして地上に降りて、ネイトが速足で前に行った瞬間、
「何ですか、あの態度?誰様?」
リッキーの叫び声と言うか、雄叫びと言うか、そんな声でマギーに言う。
「マギーさん、『あれ』に耐えてるんですか?ご、ご苦労様です……」
「ありがとう。本音はもう、ぐったり」
「社長に直訴すべきですよ、あんなの絶対変です。いくら若くして偉くなったからって、あれじゃあ、社内でもうまくいくかどうか」
「上手くはいくでしょう、創業者の家だし。だけど、私も秘書として自信ないわ。これだけ何も言ってこない上司は初めてだもの」
ネイトは、単に昼食のアポがあって(プライベート)、それに遅れたくなかっただけなのだが。
足早ではないが、背の高いネイトは、一歩一歩の幅が大きい。
少し歩いたところに、ちょっと名の知れた、洒落たフレンチを出すビストロがあるのだった。
『プラミル』
その白亜の看板の下をネイトはくぐると、予約のあることを告げて、テーブルに案内された。そして、数分後に、洗練された雰囲気を持つ、人懐こそうな女性が現れた。
「ユミ、綺麗だよ今日も」
ネイトの言葉ににっこりと自然に微笑むユミ。彼らは、もう半年付き合っている。




