沈黙 2
別に無口ではないが、沈黙は怖くない。それは、家族の中にはいつもいつも目立つ兄がいて、ネイトは何もする必要がなかったからだ。
実家は大株主、両親も特にうるさくなかったから、とりあえず法学部に入ったが、周囲は口達者で、自分の入る余地もなかったから、やっぱり黙っていた。
普通に就職して、そのままサラリーマンをやるつもりで、大学時代からの彼女と結婚も考えていた。なのに……。
「キララ造船の理事になる」
日曜日の遅い朝、ブランチを家族で摂っていると、兄が突然宣言した。父は二三度瞬きした後、落ち着いた声で、
「早い出世だな?何かあるのか」
「造船業は不振だからね。もしかしたら、不振部門を整理するかもしれない。だけど、キララ紡績がまだある。あそこは必ず利益が出ると思う。これからは生化学分野にも進出できると思っていたところなんだ」
「だったら、何でキララ紡績へ行かないの?」
母が質問する。ネイトも同感だった。ネイトは、医療系の商社に勤務していて、地味に経理をしていたが、社内の生化学薬品の売上が、かなり伸びていたのを実感していたのだ。
しかし、彼が何も言わなくても、話は進むのだ。だから黙って、エッグベネディクトの黄身をつついて、トーストに塗っていた。
兄はオレンジジュースをごくっと飲んで、
「将来、両方いただく」
「あなたねえ、ウチは創業者なんだから、元々ウチの物です」
当たり前のことを何故口に出すか、といったトーンの母。父と母は元々遠縁、いとこ同士の同族結婚なのだ。
「じゃあ言い換えるよ。5年以内に造船業界を牛耳って、紡績と系列会社になるよ」
「まあお前がやりたいなら、やればいいだろう」
父も兄の野心は頼もしいらしい。そうだ、そのまま行ってくれよ、兄貴!
と、兄の視線がネイトに止まった。
「ようやく、お前に地位が用意できる。苦労しただろ、ネイト」
「え?」
「5年以内に、キララ造船を固めたら、今度はお前に紡績部門を任せたい。二人で会社をデカくしよう!」
「は?」
「それはいい。美しい兄弟愛だなあ、お前たちは」
感涙にむせぶような、上ずった声で父は兄とネイトを交互に見つめた。母も、大喜びで、なんて素晴らしい考えなんでしょう!さすが私の息子だわ、とつぶやいている。
何でそんなことになるんですか?
勿論、ネイトの口をはさむ余地は今回もない。
結局、帝王学を学ぶためだと言われ、商社を辞めた。その足で、キララ造船の工場長になり、1年間現場を教えられ、営業に1年、そして人事に3年。
その間、普通の結婚志望の、実は薬剤師だった彼女とは別れた。別れざるを得ない、いずれは社長夫人ともなれば、自分の仕事を諦めてもらうしかない。彼女の実家は薬局で、後継者も必要だった。ネイトは婿でもよかったのに……。




