第一章〔5〕 /…出会い
勝敗は決まった。
生き残ったほんの僅かな山賊達はどこかへ散って行った。
リオルは痛みと疲労でその場に崩れ落ち、意識を失った。
「しっかり!」
負傷者の救護に回っていたミラルファが、倒れていた彼を発見し、抱き起こそうとした。
傷を認めると、包帯と薬の瓶を取り出し、手当てを始めた。
リオルは自らの体に何かが触れるのを感じ、目を開けた。
若い女が手当てをしてくれている。
「…逃げろ…」
女は声に気付き、笑みを浮かべた。
「どうか、ご安心を」
仕上げに包帯を結ぶ。
「私は騎士団のミラルファです。敵はいなくなりましたよ」
聞くまでもなく、敵の気配はしなかった。
「そうか…」
再び力が抜けた。
「無事でよかった…リオル様」
「何故、名前を?」
「シイフェさんに聞きましたから」
シイフェからリオルの事を聞かされ、助けて欲しいと頼まれたのもあるが、彼女は進んでこの勇敢な鳥人を助けに行きたいと申し出たのだった。
「隊長、私が助けてみせます。どうか探しに行かせて下さい」
ルタミトがちらりと笑んだ。
「お前は、こう言う奴が好きだからな。行け、必ず助けるんだ」
「はい!」
ミラルファはすぐさま馬を駆った。
「よく、ここが分かったな」
「見ておりましたから…」
遠目に彼を見ていた。そして、何か予感のようなものを感じたのだ。
「君が来てくれて助かった。ありがとう」
ミラルファは微笑んだ。
リオルは彼女を見て、何故か視線を逸らした。
しばらくして動けるようになったリオルと共にルタミト達の下へ戻ったのは、皆が村の後片付けをしている最中だった。
ルタミト達は村から離れず、後片付けを手伝っていた。
他の村から応援として駆け付けた人々は元の村へ帰した。
村の人々が駆け寄って来ては騎士達やリオルに御礼を言うので、その応対も多少大変だったが比較的のんびりとした空気の中で散らばる武器や山賊の死体を集め、怪我人の手当てや食事を運ぶ。
その光景を遠くから見つめる影が幾つかあった。
生き残った山賊達だ。
数は僅か十と少し。
その中にイラスオがいた。
彼は右腕を失くしていた。
「コヒセさんが死んだ…俺達、どうすりゃいいんだ?」
仲間達が呟き、不安そうにイラスオを見る。
「ヌウォンはどうした」
部下の一人が
「別の方向へ逃げて行ったのを見やしたぜ、無事でいるといいんですがね」
だが、イラスオには思うところがあった。
「そうか、あいつが…」
「え?」
イラスオはそれには答えず、彼等に背を向けた。
「皆、どこへなりと行け」
「おっ…おい!」
仲間達がざわめく。
「少しでも長生きしたいならな」
彼は後も見ず歩き始めた。その目は虚ろで、何も映していなかった。
一方、ヌウォンは山賊達とは反対の方向へ歩いていた。
不意に目の前の空間が歪み、一人の男が現れた。
時折不安定になるその姿は、男が実体ではない事を物語っている。
「首尾はどうだ、ヌウォン」
はっとヌウォンは男に向かい、頭を下げる。
「申し訳ありません、ここら一帯で一、二の勢力を誇るコヒセ達山賊団を使いましたが、彼らはルタミト達王国騎士団により壊滅致しました。それは私がさせた事ですが」
「ほう?」
男が興味深そうな顔をした。
「連中は所詮山賊に過ぎません。彼らでは勝てない事に気付いて見限りました。セレディン国への侵攻は長引きそうです」
「そうか…あのナウジャが相手なのだ、仕方あるまい。それで、あの一族の方はどうだ、生き残りは見つかったか?」
「いいえ。お言葉ですがワノイ様、あの日はひどい嵐でしたし、あの国からセレディン国へ入るには海を渡る以外ありませんが、海には魔物がおります。生きている確率は皆無に等しいかと」
「それもそうだな…」
ワノイはどこか遠くを見つめる。
「お前も分かっているだろう?数百年の間、我々は根をはる世界を探していた、そしてようやく適した世界を見つけた。何としても手に入れたい。どうすればよいか覚えているか?」
「はっ我々のような異世界の者が入り込まないよう守りを固めている、主どもを倒します」
ワノイが頷く。
「そうだ、だがまだ足りぬ。主どもを倒した上で、我々が自由に入れるよう、この世界を完全に開く必要がある。我々のように強い力と生命力を持ち、主どもの『壁』を抜けられる者はごく少数だからな。
あの『壁』は扉だ、忌々しい事に主どもを倒しても残る。鍵が必要なのだ。主どもは巧妙に人間の中に隠した。それがあの一族だ、何としても捕らえなければ」
ヌウォンは黙って聞いていた。彼の顔には強い決意が浮かんでいる。
「お前には引き続きセレディン国を侵攻してもらう。そして争いを呼べ。争いが起これば魔物たちも増え、主達の気も乱れる。手段は問わない。可能性は少ないようだが、生き残りの情報も掴め」
「はっお任せ下さい!」
ヌウォンは深々と頭を下げた。
ルタミト達一隊は王都へ戻った。
王都は上下水道も完備され、碁盤目状の街路が整然と並んでいる。
ナウジャ女王は王宮でルタミト達の帰りを待っていた。
「ルタミト達が帰って来たのですね?彼等にすぐ、ここへ来るよう伝えて」
玉座の前に立っていた女王の顔は喜びに満ちていた。
「戻って来た…」
独り言のように呟いたのはヤノーリエ公爵。
モノフ、マーナ、エアムン等主立った家来達がナウジャ女王の左右に並んでいる。
その前にルタミト達がやって来た。
「女王様、ただ今戻って参りました。それからご覧下さい、今回山賊団と勇敢に戦ったシャリア村のシイフェ、そして空の民であるリオルも連れて参りました。リオルは我々の一員となり、この国の為に戦いたいそうです」
女王の目が鋭く動いたが、いつものように黙ってルタミトを見つめていた。
「住人達もシイフェも、彼のお陰で村は守られたようなものだと口々に言っておりました。私達も遠目に見ておりましたが、さすがは空の民です。ファンフィンと同様、何人もの相手を薙倒せるのですからな」
「まぁ、ファンフィンと同様…」
ナウジャ女王は感嘆の声を漏らした。
「そのような訳で、リオル殿の入隊を許可頂きたいのですが、いかがでしょうか」
「皆はどうかしら?」
と言った。多くの者が頷くのが見えた。女王はしばらくして
「リオル、貴方を歓迎します」
と言った。
まもなくルタミト達の活躍はセレディン国全土に知れ渡った。
しかし、人々は裏で進行している事に気付いていなかった。
この頃から世界各地で徐々に生まれる動物や人が少なくなり、天災や魔物に悩まされる地域が増え、このセレディン国の王都も少しずつ物騒になり始めた。
女王はルタミト達一隊の人員配置替えをした。
ルタミト含めた何人かの主力メンバーは王宮とその周辺を警備する事になった。
もちろんその間にも得体の知れない者達が各地へはびこり、着々とこの世界のバランスを崩している事など知る筈もなかった。