第三章〔3〕 /…硬化解除
リリジェはラゲラールの身体を部下に運ばせ、真っ直ぐに城の研究室へ向かった。
「これは、我が姉上」
日々新たな技術を求める研究の要、所長に就いているリシャジャは驚いた顔をした。
リリジェはリシャジャの二人目の姉(ちなみに長女の名はリリシャ)である。
ここ数年、お互いの姿を見掛ける事はあっても、忙しくてまともに会話をした覚えがない。
「リシャジャ、女王の依頼で来ました。彼の状態を見て下さい」
言われて、リシャジャは棺に入れられたラゲラールを気密室へ移動させた。
「ほう。こりゃあ見事な硬化だ」
リシャジャが呆れた顔をした。
まだ、手遅れではない。
弟の口調から、リリジェはそう判断した。
「解除方法があるようね、調査と解除を実行して下さい」
リリジェが口を開くなりそう言うと、リシャジャは苦笑して頷く。
ゆっくり話すわけにはいかないらしい。
「では、早速」
リシャジャは部下の数名に何かを指示し、闇火をつけるランプと何かの粉を持って来させた。
「通常はこうしてティンリック(闇火で煮詰めて抽出した光の粉)を振り掛けるだけでいいんだ。闇文字はついてすぐならこれだけで落とせるが、姉上の話しではついてから時間がかかっているからダメだ」
「魔文字や闇文字に感染すると、どう言う状態になるの?」
「それぞれ微妙な違いはあるがとにかく一字でもあれば、日に日に何も感じられなくなって、いずれ心の闇や魔を引き出されて融合、こんな風にそれに覆われて固まる」
リリジェが納得したところで、
「ユエリ、我が妻よ!アニロズ(白き光を溶かした水)を大量に!」
扉の外から人影と共に無愛想な声がした。
「はい…はい」
疲れたように言った女は、黒に近い緑の髪を三編みにしていた。
「まぁリリジェ大臣」
「ユエリさん。貴女も、彼の硬化解除に協力して下さい」
はい、と頷いたユエリはすぐにラゲラールの身体についた文字に軽く触れようとした。
それを見て夫は、ユエリの手を取った。
「君が見極める必要はない」
「嫉妬して頂けて嬉しゅうございますが、あなたを含め複数の接触による見極めは必要な筈です。では、まずあなたの目で」
リシャジャを筆頭に、研究員は光と暗闇へ素早く順応出来る目を養う為、常に闇魔法と光魔法で目を覆い、魔法により何らかの被害があった場合、どの魔力の系統によるものか見極める目を持たなければならない。
ユエリから研究員、そしてリシャジャの順に文字へ接触、観察を行う。
「…結果は」
と、ユエリ。
「妻よ、闇の魔力に対抗する三大要素は?」
「光の魔力、レベニオウクイ(光喰い鳥)の血、光の主への信仰」
「優秀だな、流石は我が妻。では皆、それぞれ採取して薬の作成に取り掛かろう」
ティシーニュ(ティンリックにアニロズを加えたもの)はティンリックとはまた文字の薄れ方が違う。
しばらくしてラゲラールを見ると、文字は見事に薄くなっている。
「ティシーニュで完全に消えないとは、そこそこ強い文字だ。…おっと、私に光を見せてくれるか?」
すると視界が突然闇に入り何も見えない。
が、アアープ(闇消し筆)を何種類か用意していたのですぐに闇を退けるのにも慣れ、作業が進む。
研究員達が作成したそれぞれの薬と筆を使って、文字を消せるか試す。
リリジェは、アアープに文字が刻まれているのに気付いた。
あれは恐らく光文字だ。
光文字を刻んであるのは闇文字への抵抗力を高める為だろう。
ラゲラールは棺から研究員の仮眠室に移された。
病的な青白さで目は閉じられたままだが、彼は息を吹き返していた。
「すごいわ、完璧に消えた。素晴らしい」
これ以降、この件で闇文字に感染していた者や、メネルス丘周辺で突然文字が身体に浮かび上がり、苦しむ者が現れても、手遅れでなければ消す事が出来た。
「我々で三時間と言う事は、民間治療では最短で三日。それが、あの文字を完全に消すまでにかかる時間だ。民間の治療機関にこの文字への対策方法を公開するが、民間治療では早期に手を打たないと手遅れになる可能性の方が…と、姉上?」
リリジェの気持ちは、既に次の仕事に飛んでいた。
部下から送られる映像の一つに、緩やかに蛇行している河川が見える。
そして、明らかに周りと草木の生え方が違う場所。
草木を切り開くと、かつて栄えたリワ・モナペレベ国の耕作地の一部だと明らかになった。
断崖湿地と言う特殊な地域で生きていく必要があった古代人の感性に触れ、優れた部分を発見し、吸収する必要があった。
「ごめんなさい」
「多忙ですのね」
リリジェは顔を上げ、茶を差し出してくれたユエリに力なく微笑む。
ユエリはリシャジャにも飲み物を差し出す。
彼はエリミジェ(酔い消し酒)を愛飲していた。
「実は、モアルミル国のワバクク地方にある遺跡の、最下層の地層から奇妙な物が発見されました。それは今まで見た事が無い武器のような物で、武器とすれば歴史的な戦いの場であった可能性もあります」
その時、ラゲラールが目を開けたと部下より報告が入った。
「我が姉上、ここからは我々の領分ではない」
えぇ、とリリジェは頷き、立ち上がる。
「あなた方の協力に、心から感謝します。では、ニィン医師を呼びましょう」