第二章〔8〕 /…火口の砂漠と都
「わー大きな穴ねー…」
少女がうっすらと目を開け、ぽつりと呟く。
「底が無い?」
何かが上空から近づいて来る気配がして、リオルは再び上を向いた。
リオルの視界に、半透明な鳥が映る。
鳥の姿が段々と大きくなり、暗い火口の奥に消えて行った。
「道は、この中に続くのね」
「あぁ。ところで、その女の子の事だが…」
背中から、かすかな振動と寝息が伝わって来た。
「大丈夫、薬で眠らせた。ムルスチャのせいかしら、何となく…いい傾向ね」
「よし」
リオルは羽を使ってスピードを調節しながら、見事なバランス感覚で、時折休憩しながら穴を滑り降りて行く。
「下が明るい、衝撃を覚悟しておけ」
リオルは岩壁を蹴ると羽ばたいた。
うとうととしかけていたミラははっと目を開け、リオルの肩越しに下を見る。
「あら、本当。どんな様子?」
明るい光に、目が眩む。
その光の正体は、高度な炎魔法で作られた、本物の太陽を小さく真似たウェエポス・サン(幻鏡太陽)だった。
「見渡す限り岩と、黒砂だらけだ」
と、リオル。ゆっくりとミラは辺りを見回した。
黒々とした岩壁に覆われた広大な黒砂漠。
「ウェエポス・サンか。俺の考えが当たっているなら、都がどこかにあるはずだ」
「都?どんな?」
「山を崇拝する人々が、山と火口を再現して造った都らしい」
「しかし、この広大な荒れ地のどこから探す?砂漠で地図はあまりあてにならないし…って、そもそもここは地図に無いのだけれど」
「火口が今通った入口として…」
ミラはリオルの言おうとしている事を悟った。
「あ、そうかあそこか。1、2、3…全部で5つの山が見える」
「あぁ。あの山がそうかもしれん」
荒涼とした砂漠の所々に、巨大な人のような、幹や枝を動かすサボテン、テレマモが立っている。
鋭い刺だらけの枝を、側を通る生き物の頭上に落として来る。
枝が落ちると、大きな木を倒したような衝撃が走る。
下敷きになれば、まず助からない。
押し潰された上に、全身に毒の刺が刺さり、死ぬ。
「テレマモが生えているわ」
「あぁ…厄介だな」
「どうしたの?」
リオルが睨むように遠くを見る。
「竜巻だ。宙に浮くやつだ」
ミラが何か言う前に、リオルは地上に降り立つ。
ミラもリオルも、ウェエポス・サンに黒点が生じ、広がり始めたのに気付いた。
「もう夜になるか」
「月が無いと困るわね。避難場所も」
ミラが言葉を返した。
暗闇で飛び続け、宙に浮く竜巻に巻き込まれたらおしまいだ。
それは地上を歩いていても一緒だが、テレマモの驚異があるものの、地上の方がまだ安全である。
しかし、暗闇を歩いてテレマモに接近するのも避けたい。
「今日は、もうここを動かない方がいい。お前は背中から下りるなよ」
「えぇ」
ミラは頷いて、付け加える。
「この子を起こすのは、都に着いたらにしよう…。保ってちょうだいね」
数時間後、再びウェエポス・サンが現れた。
竜巻を警戒して地上を行くと、テレマモのトゲが何度も肌に刺さりそうになり、その度に大きく迂回するので、思うように進めない。
だが、幸運が訪れた。
何か巨大なものが通ったらしく、一定方向にへし折られ、潰されて枯れているテレマモが見えた。
「これは、ツァーシャングの通った跡だな」
リオルが呟いた。
ツァーシャングとは、砂漠に棲息する巨大なサメである。
「本当。ただ、道は開けたけれど、危険が更に増えたわね」
確かに危険も伴う。
ツァーシャングと遭遇する可能性があるからだ。
二日目の夜。
ウェエポス・サンが燃え尽きると空気は冷えて霧となり、上から砂漠に流れて来る。
このあたりに生える僅かな植物は、この霧で生き延びている。
砂漠を縦断すること数時間。
段々近づいて来ていた山から、遠くない位置で激しい砂嵐が発生した。
地面に伏して一日経過して、ようやく砂嵐は去った。
目を開けてすぐ、二人は砂ではない固い地面に気付いた。
砂嵐が、砂に埋もれていた都の一部を掘り起こしたのだ。
「見られているな」
不意にリオルが立ち止まった。
「きっと警備兵だわ」
ミラは首にかけている小さい砂時計を握る。
万が一捕われた場合、砂時計は正気を保つよりどころとなる。
都の入口である巨大な門に近づくと、武器や武具、骨が散らばっていた。これは戦いがあった事を示している。
門も含め、都と砂漠の境、山を表現している部分は、何層も黒い石灰岩が積み上げられ、黒コンクリートを流し込んである。
この巨大な建築物には、物体が進む方向を示す力の宿る杖、スアポアと、物体の重さを変える力の宿る天秤、スラクノを使ったと伝えられているが、その二つの製造方法や使用方法は解明されていない。
「来るぞ」
「分かったわ」
ミラはリオルの背から下りた。
暫くして、馬に乗った兵士が数人手に手に槍を持ち、ミラとリオルに向けた。
周囲の兵とは違う兵服の男が、前に出て鋭く言う。
「何者だ!」
二人を取り囲んでいる兵士は皆ピリピリしている。
「我々は中立組織だ。私はミラルファ。セレディン国のナウジャ女王と、風の主の導きで、火の主に会う為に来た」
セレディン?と、兵士達がざわめく。
男はミラルファが示した額に使者の証を認め、女王の書状を確認し、次に、リオルに目を向けた。
「この男は、空の民なのか?」
と、ミラルファに尋ねた。
「はい。こちらはリオル」
男の指示で、兵士達は槍を下ろした。
「警戒が解けた所で、頼みがあります」
ミラルファが、リオルの背から眠っている少女を下ろす。
「この少女を助けて下さい」
ミラルファに抱えられている、衰弱した少女を見た兵士達は、驚いたようだった。
「この子は、ここからそう遠く無い村で保護しました。ひどい火傷を負っています。どうかお願いします」
と、男に言うと、男は頷いて、
「すぐに、治療の手配をしよう」
「私が運びます」
と、一人の若い兵士が言った。
「あぁ、頼む」
男が表情を和らげて言うと、兵士はミラルファ達に向かい
「では、後ほど」
と去って行った。
「ところでミラルファ殿、この都、サンセアシェの事をご存知だったのですか?」
ミラルファがいいえ、と答えると男は驚いた顔をした。
「では、どうやって?」
ミラはリオルにちらっと目をやってから、
「風の主の導きで」
と答えた。
「宜しければ、あなたの名前を教えて下さい」
「私は、アニリョフ隊長に仕えている兵士の一人で、エバソテスと申します」
「女の子を運んだのは?」
と、リオル。
「あれはティライル」
「そうか、ありがとう」
「では、自己紹介が終わった所で王宮へ案内しましょう」
ミラは目を丸くした。
「王宮?」
「旅人は、王宮へ通せと、キンドッシャ王のご命令なのです」
エバソテスの道案内で、ミラルファとリオルは王宮まで出発した。
ミラは、門の内側は暗闇かと思っていたが、上部からちゃんとウェエポス・サンの光が入って来るようになっている。
門から続く道は見る限り一直線に伸びている。
この道に交差して他の道が縦横に走っていた。
サンセアシェに並ぶのは、ウェエポス・サンの光で干したレンガに、パナティヤと言う砂生植物の繊維を使って作る住居だった。
パナティヤを煮ると柔らかくて丈夫な糸がとれる。
その細い糸を二十〜三十センチの太さに寄り合わせるのだ。
また、所々に糸の橋もあり、細い川が通っている。
ミラが驚いて川について聞くと、離れた場所にある眠ったオアシスから水を引き、わずかな水を賢く使っていると言う。
「眠っている?」
「えぇ、水気に弱いはずのテレマモが異常繁殖して、オアシスを支えるアフネスンと言う植物が、テレマモの毒気に当たって眠ってしまい、結果的にオアシスが小さくなってしまったのです」
住居の至る所に、バレフディナと言う、サボテンの筒の中に石を入れて、雨乞いに使う楽器もあった。
「ところで、ここでも戦いがあるのか?翼が無い限り、ここまで辿り着ける国があるとは思えなかったが」
と、リオル。
「あなた方はウェエポス・サンの方角からいらっしゃったのでしょう?あちらから攻めて来られた事はありません。が、反対側が、外へ通じています。そこから稀に攻めて来られる事がある」
「ほう」
「エバソテス殿。火の主の案内人が、どこにいるかはご存じ無いですか?」
「…案内人の安否は不明ですな。しかし、案内人が重要とは思えませんよ。この都の外に出てから、そう遠く無い場所に火の山と呼ばれている山があります。主はそこにいる。普通、山の奥の奥にある火の山に行くには、険しい道を歩けるトカゲウシの一種、リーヌスゴが必要なのですが」
エバソテスはリオルに目を向ける。
「あなたには空の民がついているから、必要無いですな」
「火の山に入る前に、タセンプラ川を渡るといいですよ。ほんの数十センチの川ですが、この川を渡ると飲める水があるところは無いですから」
と、二人のすぐ後ろにいた一人の女兵士が言った。
「それから、エバソテス様は言わないと思いますから私が言いますと、王様はあなた方に頼み事をすると思いますよ」
「頼み?」
「えぇ、王様は長い間オアシスを甦らせる方法を探していました。そしてこの砂漠の植物を研究している学者フイブン氏から、テレマモを枯らす方法を聞いたそうなのです。ただ、普通の人間では到底不可能な方法なので、私達にも教えては下さらなかった。けれど王様は言いました。
『救いは空から来るだろう』
って」
キンドッシャ王は、伝令から二人の事を知り、大喜びで二人を迎えた。
「よく来てくれた」
二人は丁寧にお辞儀をした。
「ここに、外部から来る者は本当に稀じゃ。旅立たれる時まで、ゆっくりと旅の疲れを癒すがいい。…お前達が助けた少女は、この王宮の一室におる。医師には最善を尽くさせよう」
それと、と王は付け加えた。
「二人に頼みがある。話しを聞いて欲しい」
「何でしょう?」
「この都の水源であるオアシスが、危機に瀕しておるのじゃ」
と、王は二人に現状と、現状を打破する為の方法を説明した。
「危険が伴う。だから、協力して頂けるならば、その見返りは大きく用意しよう」
王の視線を受けたリオルは、
「俺一人では無理だが、ミラルファの協力があれば造作もない」
「分かりました、私に異存はありません。明日、協力させて頂きます」
「有り難い」
燃え尽きたウェエポス・サンが再び輝き始めた。
ツァーシャングが砂漠をゆったりと泳いでいる。
蜃気楼を起こすと言う、独特の縞模様が見えた。
だが近付くと、高い所ではあれほどはっきり見えていた縞模様が消えてしまい、代わりにかすかに一本のラインが確認出来る。
ミラが群れから少し離れた地上に飛び降りると、数匹が近づいてくるのが見え、狙われていると感じた。
「まずは火を使って脅すんだったな」
ミラは王から授けられた、炎を打ち出す筒を使い、ツァーシャングのすぐ側へ次々に打ち上げた。
それを確認したリオルは高度を下げ、ツァーシャングを軽く威嚇し、脅した。
そうやってオアシスの方へ誘導する。
炎に怯えたツァーシャングの蜃気楼が豪雨を見せ、テレマモが弱ると同時に、パニックになったツァーシャングがテレマモを幾つも薙ぎ倒して行く。
やがて、眠って黒色になっていたアフネスンが徐々に白く煌めき、オアシスがゆっくりとだが、確実に蘇っていく。
「リオル、やったわ!」
「あぁ」
〜ブログ公開時代のコメント〜
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このコメントはブログ管理人のみ閲覧できます。
[ 2007/03/24 16:03 ]
閲覧いたしました
初めまして、感想ありがとうございます
非表示設定ゆえ、以上の定型文にて、
感謝表明とさせて頂きますね
[ 2007/04/09 15:27 ] 中華