第二章〔5〕 /…連れて行って欲しい、と言う願い
「今の話し、どう思う?彼は、私達が姫を助ける事を期待していたようだけれど」
ミラの問いにリオルは肩を竦めた。
「俺達の、使命の妨げにならないなら。…忘れるなよ」
「そうね。彼の話しではアーサラ姫は水の主の案内人だと言っていた」
二人がいる部屋のドアを叩く音がした。
ラパルドが現れ、後から女性が二人入って来た。
「彼女達が、先程話したアーサラ姫と護衛のデティカです」
「恐れ入ります、アーサラと申します」
と、しとやかにお辞儀をした。
生き生きとして、軽やかな感じのする少女だった。
褐色の肌で、服装は白い質素なローブをきっちりと着こなしていた。
短くて濃い青紫の髪、額と頬に茨のような濃い緑の入れ墨を施していて、それが少女の美しさと神秘的な雰囲気を引き立てていた。
いかにも王族らしい品のよさがある。
リオルとミラの二人は一目見て、容姿が全く違うにも関わらずヴィオリーの面影を見出だしていた。
その時、アーサラ姫に寄り添い三人を見守っていた、引き締まった体の、背の高い女が一歩前へ出てお辞儀をした。
きつい感じだが綺麗な顔をしている。
黒い髪を編んで巻いており、黒いガラスのような目も澄んでいる。
歳はどうやらミラより三つ四つ上のようだ。
リオルとミラは膝をつく。
「どうぞ、二人ともお座り下さい。突然こんな風にお伺いして申し訳ありません。わたくし達には今、両親も親戚もなく、主からも離れてしまいました…」
「お話しはラパルド殿より伺っております。私とリオルでお力になれるのならよろしいのですが」
ミラの言葉に姫はぱっと顔を輝かせた。
「ありがとうございます。私のお願いはただ一つです。私を国へ、水の主の元へ連れて帰って欲しいのです」
姫は焦りを露にしていた。
「案内人と主は対。本来はお互いの側を長く離れてはならないのです。国に戻る危険は承知しておりますが、何としても主の元に辿りつかなければ…そこで、主を訪ねる旅に出ているミラルファ様に、お力になって頂きたいのです。水の主への案内は、もちろん私が致します。どうか…」
デティカが心配そうに姫を見つめ、手を握り合わせた。
「デティカ殿のご意見は?」
リオルの問いに、デティカは微笑んでから、少し困ったような顔をした。
そして口を開き、動かす。
しかし喉は動くものの、かすかに空気が出るだけである。
「申し遅れました、彼女は生まれつき口がきけません。いつも唇の動きを読むか筆談で…」
「もう一度、お言葉を」
リオルの言葉にデティカは首を傾げた。
「リオル殿?」
と、アーサラ姫。
「私は鳥人。人間には聞こえなくても、私には聞こえます」
その瞬間、デティカの目に一瞬光が煌めく。
デティカはリオルを一心に見つめ、口を動かした。
「デティカ殿は、私やミラルファの負担になる事を心配しておられる。味方が少な過ぎる事を含めて」
デティカがまた口を動かした。
「ミラ」
「はい」
「次の目的地は、火の主だったな」
ミラは重々しく頷く。
「ご理解下さい」
ミラは視線を下に落とした。
「風の主のお言葉なのです。私とリオルは、主のお言葉に従う意向でございます」
アーサラは心中の痛みを表に出すまいと努力した。
「もっともな判断ですわ。ですが…」
気まずい雰囲気を和らげるように、ラパルドが割って入った。
「姫、主はお互いの状態を把握し合ってると聞いております。風の主が、水の主の事をおっしゃらなかったのは、まだその時ではないのでしょう」
「…はい」
「私とリオルは全ての主を巡ります。水の主を訪ねる時、またお会いしましょう」
「姫はラパルド殿の所に、ずっといらっしゃるのですか?」
「えぇ、他に行くあてがありませんもの…彼には本当に感謝しておりますわ」
姫は肩を落とした。
「なぁに、儂の屋敷にはいつまででもいてくれて構わないんですよ」
リオルとミラは退室するアーサラの、しっかりした足音を聞きながら言った。
「中々しっかりした、意志の強い姫だ。あの様子なら、多少何かあっても切り抜けていかれるだろう」
「あぁ」
「ところでラパルド殿、教えて頂きたい事があるのですが」
ミラは地図を出した。
もちろん、火の主への道は鳥が教えてくれる。
しかし途中に起こるかもしれない危険までは教えてくれない。
リオルは、高温のガスと岩の雲で襲って来ると噂されるダンドイヤ山までは、自分がいるのだから、通常の道を通る事は考え無くていいだろう、とさりげなく言葉を挟んだ。
二人もそれに同意した。
リオルがいてくれるお陰で、通常の、人間の旅より困難は少ないのだ。
「そう、問題はダンドイヤ山もですが、その先なのです。ダンドイヤ山を乗り越えれば、火の主の元まであと少しなのは分かっているのですが」
とラパルドは苦笑した。
ダンドイヤから先は、人間が好き好んで踏み込む筈の無い場所なのだ。
「空路を行くのに一つだけ。山の側を通過する際、何があっても山達より高い位置を飛ばない事です」
「それは何故ですか?」
ラパルドは地図からミラに目をやった。
「あまり高く飛びますと、普段眠っている山が眠りから醒めるからです。ダンドイヤ山は別名『威張り屋巨人』と言って、自分より高くあるものが許せないのです。それでガスや岩の雲を出して襲って来る。それだけではありません。自分の山肌が、灰や茶や黒など味気ない色しかないから、それ以外の色を持つものにも嫉妬して襲います。ダンドイヤ山が見え始めたあたりから見えなくなるまで、変装して、長年の火山活動で削られて作られた谷の間を行くのが理想でしょう。旅人もそこを通りますから」
「難しい性格の山は幾つか知っているが、そいつも迷惑な山だ」
リオルはぶっきらぼうに言った。
「他に危険と思われる場所はありますか?」
と、ミラルファ。
「リオル殿がおられますから大丈夫だと思いますが…ペグンズリと言う、地中に潜む生き物に特にご注意下さい。溶岩を纏い、縄張りに入った生き物に攻撃して来ますでな」
「溶岩を?」
「えぇ。厚い皮膚を持っているので、溶岩の熱も気にしないのです。大きな赤い目を光らせているのですが、溶岩と同化していて、見つけにくいので…」
説明しながら、ラパルドはこの二人と再会するまで、自分だけで姫を守り切れるか不安に思った。
しかし、目の前にいる二人に今、姫を託すのは、この二人の生存率を下げる事になると感じていた。
「他にはありませんか?」
ラパルドは首を横に振った。
「お伝えすべき事は、全て言いました。どうか、ご無事で。また戻って来て下さいよ」
「姫を宜しく頼みます」
「お気をつけて」
日が傾き始めた空のもと、二人は街の外れに歩いて行った。
「リオル」
「ん?」
「姫の国が、どんな状態か分からないから、探る必要はあるだろう?」
「あぁ」
リオルは、ミラの表情を見つめた。かすかに憂いが見える。
「…あの姫の事、早くなんとかしてやれるよう、心に留めておこう」
パルドに貰った灰色のマントを身につけ、ミラがしっかりと背に乗ったのを感じ、リオルは黒いマントをなびかせながら羽ばたき始めた。