すべてわたしの仕業です。
わたしはぼんやりと空を見上げていた。
空はまるで宝石みたいに煌めく、透明な翠色だった。沈みかけた太陽はあかね色で、流れる雲は金色に輝いていて、もうこんな光景を見ることは永遠にないのだと思うと、少しだけ悲しかった。
足音に気がついて、わたしは視線を地上に戻した。
紳士の格好をした男がひとり、わたしの前に近づいてきた。
その男の後ろには、何百人もの群衆がいた。
彼ら彼女らは、背格好から性別から年齢から、どれもこれもてんでばらばらで、老若男女よりどりみどり。
騎士の格好をした髭の素敵な中年男性もいれば、ウェディングドレスで着かざった美女もいる。泣きそうな顔のシスターもいれば、笑顔の幼子たちもいる。大金持ちの商人であろう老人もいれば、その日食べるものにも困っていそうな若者もいる。
群衆はわいわいがやがや騒いでいる。
紳士は一度後ろを振り向いて、彼らをみんな静かにさせて、それからわたしに向き直る。
「聞きたいことが、あるのです」
紳士は言った。
「まず最初に。あの男を殺したのは……やはり、あなただったんですね?」
わたしは頷いた。
もう、隠している必要は無かったから、素直に。
紳士は、残念そうに首を横に振った。
わたしは何も言わなかった。言い訳はすまい。それだけは最初から決めていたからだ。
紳士が表情を曇らせているうちに、わたしはもう一度空を見上げた。
美しい空だった。わたしは自分がやったことの意味を振り返り、嘆息した。
「で、では」
紳士の後ろから、ふくよかで裕福そうな中年女性が、一歩だけ前に出て来た。
「あ、あたくしの髪飾りがいつの間にか無くなったのも?」
わたしは頷いた。
その中年女性を押しのけて、日焼けした男の子が叫んだ。
「ぼくのキャンディーがポケットの中から消えたのも?」
わたしは頷いた。
震える足を必死に踏み出して、まだ若い女性が小声で問いを発した。
「まさか、私の愛するスティーブが死ななかったのも?」
わたしは頷いた。
「隣町のイーギーが改心したのも?」
「兄さんに美人の彼女が出来たのも?」
「突然、家に置いてあった全てのお菓子が美味しくなっていたのも?」
「畑を荒らす動物たちがある日を境に大人しくなったのも?」
「子供の学園での成績が花丸急上昇したのも?」
「あんなに我が侭だったお姫様が素直で可愛くて可憐で優しくなってしまったのも?」
「メイドのドジがすっかり直ったのも?」
「王子様が熟女趣味をやめてちゃんと若い子に目を向けてくれるようになったのも?」
わたしは頷いた。
紳士はわたしに背を向け、彼らを手で制した。この数百人の群衆は、すべてわたしが幾度となく関わった人々だった。
彼らの表情はみな一様に驚愕だった。
紳士の強い制止を振り切って、豪奢な装飾を体中に散りばめた壮年の男が、わたしのそばに駆け寄ってきた。それが契機と成って、何百人という群衆は全員わたしを取り囲み、口々にわたしの行ったことについて尋ねてきた。
「あ、あの金塊を置いていったのも?」
「神隠しによって浚われた子供たちが帰ってきたのも?」
「我が師が学会で認められるようになったのも?」
「街道で待ち構えていたあの凶悪な山賊達がいなくなったのも?」
「生贄を要求していたあの竜が討ち取られたのも?」
「恐るべき魔神が国を守る守護神として生まれ変わったのも?」
わたしは静かに頷いた。
「な、ならば! 我が国が守り続けた、かの聖剣が失われたのも!?」
「空を舞う怪光線の正体も!?」
「人々を苦しめていた魔王が跡形もなく消滅したのも!?」
「飢えて苦しんでいた人たちに食料を与えてくれたのも!?」
「特効薬のない最悪の疫病が一晩経ったらいきなり治っていったのも!?」
「あの禍々しかった空の色が美しいものに戻ったのも!?」
「世界が滅びなかったのも!?」
「あたしたちが今、こうして生きているのも!?」
「私がずっと童貞を捨てられないのも……?」
彼らに、わたしはそっと答えた。
「――すべてわたしの仕業です」
みな、幸せそうだった。
ただひとり、あの紳士だけが、泣きそうな顔をしていた。