02-02
さてさてそれから時間は結構経って。今では私はあの時のセオドリク君位の年齢になったようだ。
先日5歳の誕生日を祝ってもらった。5歳になって思うことは、あれ?もしかして結構訳ありなご家族ですか?って事だった。
初めて違和感を感じたのは、立ち上がって歩けるようになった頃。そういえば一度も”父親”と会ったことがないな。と思った。住んでいる家はどうみてもお金持ちな感じで、広さもそこそこ、使用人と思われる人も居た。
だけど屋敷の周りは大自然に囲まれていて、道もあぜ道みたいなのが屋敷から一本延びてるだけだ。
屋敷の前には品の良い庭が整えられていてそこで良くお母様とお茶を飲んだりするけれど裏の森には絶対に入ってはいけないと厳しく言い含められている。
屋敷の傍には小川が流れていたり、開けた丘があったり。けれど他の屋敷を見たことがない。田舎ライフ万歳!と思わなくもないが、なんとなく、外界から遮断されている気がする。他の兄弟も居るか居ないかは別として会ったことがない。
聞こうかな、と思った事は何度もあるけど、何となくだけど皆が意図的に話題に出していないのは察せられたので聞くのをやめた。聞いたところで今の自分に出来ることは無いだろうし。
「ウィル様、またこんな所で本をお読みになられていたんですね。」
「うん。部屋の中より外で読んだ方が楽しいよ。」
私は屋敷から少し離れた大きな木の下で絵本を読んでいた。絵本と侮る無かれ、文字が大きくて読みやすいので語学の勉強にもなるし、この国の成り立ちや身分制度など、柔らかくおとぎ話風にしてあるものもあって大変興味深いのだ。
この世界では英語も日本語もフランス語も使われてない。
言葉は分かるものの、最初に乳母の読み聞かせ用の絵本を覗いたときはちょっと絶望しそうになった。
うねうねした文字らしきものの羅列。
まじかよー・・・とちょっと天を仰いでしまった。
それでも文字をマスターしない事には大好きな本は読めず。かといって難しい本をいきなり要求する頭もないのでこうしてのんびり絵本から取りかかっているのだ。
「・・・面白いですか?」
「うん。面白いよ。」
セオドリクの言葉に素直に頷くと、嬉しそうにセオドリクが笑った。
実はこの絵本、5歳の誕生日にセオドリクに貰ったものなのだ。最初は何が欲しいですが?って聞かれた時に勤労少年から毎日毎日だらだらしてる私がモノなんて貰えないよ!
と思い固辞したのだがどうしても何か贈りたい、贈らせて欲しいと迫られ、じゃあセオドリクの好きだった絵本、というリクエストをしたのだ。お母様からは新しい羽ペンとインク、白紙の本を貰ったので早速日記帳にしている。
話が少し逸れたが、このセオドリクという少年、前世分ずるしている私から見てもなかなかのチート性能を持っている。私が今5歳だから多分10歳位だと思うのだが、2~3年程前から乳母やメイドに代わって私の面倒を見ている。
勿論全て、という訳じゃないがそれでもおはようからおやすみまでそつ無くこなされると凄いなあと感心しきりであった。
私も普段から手の掛かる子供であるとは思わないが呆れられないようにしなきゃな、とも思っている。
「セド、そういえば僕に用事ではないの?」
「最近は物騒ですから。ご一緒します。・・・それと、甘いものをお持ちしました。」
セオドリクは小さなカゴをひょいと掲げて見せた。
「うわぁ!なんだろう?」
「クッキーだそうですよ。それと、日が落ちるまでに戻るように、との事です。」
「分かった。セドも何か本持ってきた?」
「ええ。」
私の隣にカゴを置いて、食べやすいように掛けてあったナプキンに数枚乗せて渡してくれる。
出来た子だなあと思いつつお礼を言って受け取って、早速口に運べば香ばしい味が口に広がった。
「---おいしい!」
思わず声が出る。こっちのお菓子って結構砂糖とかバターとかドバドバ使うお菓子が多いからこっそり食べる量控えてたんだけどこれは甘さ控えめで食べやすいかも・・・!
クッキーにしても上に砂糖を煮詰めたのを掛けてあったりチョコレートでコーティングしてあったりで、結構胃にきてたのだ。
そういうのは一切無いシンプルなクッキーなんだけど、ふんわり香るバニラの香りが前の世界のお菓子を思い出させて幸せ一杯な気分で二枚、三枚と頬張っていたら隣でふと笑う気配がした。
「?」
「---ふ、いや、申し訳ありません。ここに。」
「・・・。」
「はい。取れましたよ。」
セオドリクの手が伸びてきて、あ、どっかにこぼれちゃったのを取ってくれるんだろうなと思ったんだけどその距離にちょっとだけ驚いて体が強ばってしまった。
そんな事知るワケないセオドリクの指は壊れものに触れるみたいにそうっと唇のそばを掠めていった。
---ふぉぉ・・・この無自覚少年がっ・・・!!
「・・・セオドリクって・・・」
「どうかなさいました?」
「や、何でもない・・・もちょっとちょうだい。」
「はい。」
5歳児たらし込んでどうするんだろう・・・と思いつつ、私はクッキーのおかわりをお願いするのだった。