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鏡の向こうでは【アディ】

アディ視点はほぼ前のままです。


───運命だ、と思った。


「アディ!これから皆で手合わせしようって話してんだけど、お前どうする?」

「悪い、俺はいい。」


 持っている本を掲げて、今から本読むんだ、と答えた俺の言葉に同級生達はまたかよ、と言わんばかりの視線を投げかけてきた。


「・・・まぁ、座学も悪いとはいわねぇけどよ。今度は付き合えよ!」

「ああ、この位の時間以外にしてくれればな!」

「ほんっと、お前って大ざっぱにみえて変なところこだわるよな!」


 <偏屈屋のアドルファス>と影では噂されているらしい俺は、毎日この時間に、必ず本を読む。・・・と言うことになっている。

 誰に誘われてもこの時間だけは譲らないから、いつしか俺は「決められた時間に決められたことをしないと気の済まない変人」だと周りに評されるようになった。

 時々友人がそれでも、と誘ってくれるが申し訳ないが断らせてもらった。

───別に俺は変なこだわりを持ってるわけじゃない。だけど、そう思ってくれるのは有り難かった。


 本を片手に、するすると目的地まで駆け足で進む。

 そして、滑り込んだ今は只の物置になっている、空き教室。

 念のため部屋に鍵を掛け、俺は椅子をいつもの位置へ置いた。それから俺の背丈位の高さに掛けられた古ぼけた布をゆっくりと取り払う。

 いつも、この瞬間は緊張した。

 心臓が早鐘を打つのを感じながら布を滑らせた。

(──────居た!)

 それは大きな姿鏡だった。隅が割れてしまっていて、撤去されたのだろう。だけど今は鏡じゃない。

───鏡だったそこには、小さな少女が映っていた。


 初めて少女を見たのは、一年程前だった。

友人等と遊んでいて逃げ込んだ空き教室。布の取れ掛かったそれを見つけた。

 最初は絵かと思ったのだ。隙間から覗く限りで見れば古ぼけた室内の絵のようだった。この空き教室みたいだな。と思って布を取ってみれば、思ってもみない情景だったのだ。

古ぼけた室内だったのは思った通りだったけれど、窓から差し込む光。中心には木の机に、椅子。そしてそこに腰掛け、本を読んでいる少女の絵。まるで、そこに本当にいるかのような、写実的な絵画。少女が見たこともない衣装に身を包んでいることも興味を引いた。

(何だろう?膝より上のワンピース・・・?なのか?これは。腕もあんなに出して、どこの衣装なんだろう?)

 そして、次の瞬間。俺は本気で腰を抜かしそうになった。

 絵の中の少女が、ぱらり、とページをめくったのだ。

(・・・?!は、ちょ、ちょっと待て、何か特殊な魔法が掛かってるのか?!)

 思わず教室の隅まで後ずさって、遠くから様子をうかがってしまう。特殊な魔法が掛かってるとしたら、何か自分に害があるかもしれない。

───それでも、目が離せなかった。

 そして見つめ続けて暫くすると。ぷつん、と一瞬真っ黒になり、普通の鏡に戻ったのだ。 それから、俺はこの教室に通い続けている。 少女は現れる日もあれば、現れない日もあった。けれど俺は毎日通った。毎日カレンダーに記録を取り、色々な時間を試し、半年見続けて漸く週に一度、夕刻近くに彼女が現れる規則性を発見したのだった。必死だった。毎日この空き教室に来られる訳じゃ無い。そしてこれから学年が上がっていけばもっと時間が無くなることは分かり切っていたからこそ、法則を発見しなければならなかった。

 何故そこまで躍起になっていたか。それは。──────可愛いのだ。

 黒髪に黒目の彼女はほっそりしたした少女だった。髪は肩辺りで切り揃えられていて、真っ直ぐに伸びたそれがつやつやと日の光を浴びているのも珍しいと思う。まろみを帯びた穏やかそうな顔に、薔薇色の薄い唇。顔立ちがこの辺と全く違ったが好感を持った。

 栄養が足りてないかもしれない。とちょっと心配になる、掴んだら折れてしまうかもしれない位細い腕の少女がうんせうんせと毎回色々な本を運んでいるのを見たり、真剣にページをめくるのを見ていたり。うとうとしてて、がくっと起きあがったときの恥ずかしそうな顔だったり。

 そのひとつひとつに胸が高鳴る。何だかもう、色々可愛いのだ。

 衣装も毎回違って面白かった。こちらにありそうなワンピースの丈の短いのだったりズボンを穿いている事もあった。上着も形や色が面白いと思った。・・・それから、脚を露わにしたズボンを穿いている時もあったが青少年として思わず目が離せなかったのは仕方ないと思う。

 白い脚の形成する美しい曲線美はまろく、思わず近寄って凝視すればその肌は象牙のようになめらかに見えた。サンダルをはいた足の指先には可憐な爪がちょこんとついて握ったら折れてしまいそうな踝は保護欲をそそる。少女の体はどこもかしこも個人的に鑑賞に堪えうるものだったが、衝撃はその比ではない。脳裏にちらついてその日はなかなか眠れなかった。

・・・話を戻す。

 まあ、そんな感じで凄く可愛い鏡の中の少女を観察すること暫く。誰にも話すことなく。 俺は、鏡の中の少女に夢中だった。

 そしてその日も少女は数冊の本を机に置いて、本を読んでいた。今日は深い青の地に白い見たことの無い花が描かれている膝丈のドレスのようなものを着ていた。白い肌に濃い色がよく似合っていた。


ああ。今日も可愛いな。


 向こうにも季節があるようで、初めて見た日から日を追うごとに少女の衣装は厚着になっていって、口から白い息を吐きながら膝に毛布を掛けて本を読んでいる日もあった。それからまた徐々に薄着になっていって、今少女は初めて見た日のような衣装を身につけている。

 こっち見ないかな。思いを馳せる。

 彼女はどんな女の子なんだろう。

 どんな声をしてるのかな。

 どんな風に話すのかな。

 どんな風に笑って、どんな風に怒って───ぁぁ、怒った顔も可愛いだろうなあ。

 そんな事を考えながら少女を見詰めていると、少女がうん、と伸びをした。それから疲れたのか腕をぐるぐる回している。この動作も実に小動物的で可愛らしく、良いものが見れた、と内心喜んだ。

 それからふと気づいたようにこちらに目線が向けられた。しかし俺は知っている。恐らく、いや確実に向こうからこちらは見えていないのだ。彼女を見ていて、こんな風にこちらに視線が向いたことは実は何回もあった。はじめてこちらを見た日にはのぞき見していたのが見咎められたような気分になって(実際のぞき見している状態なのだろうが)慌てたのだが、彼女の視線はそのまま別の場所へ滑っていったのだ。

 そんな事が何回もあって、最初の居心地の悪さは何処へやら、今では彼女の視線がこちらに向くのを心待ちにしている。

 だから、今日もひたと合った(と俺が思い込んでいる)視線はまたするりと滑ってゆくのだと思っていたのに。


「───はっ?」


 少女は、訝しげにこちらを見ている。それから何か考える素振りをして立ち上がり、こちらに歩いてきたのだ。


「え、えっ?えっ?」


 慌てるが、まだこちらが見えている訳では無さそうだ。鏡の近くまでやってくると、ちょこん、と体を小さくしてしゃがみ込み、何かを見ているようだ。こんなに近くに彼女が見られる日が来るなんて思わなくて、思わずごくりと喉を鳴らす。じっと見詰めていると鏡の隅に小さな指を沿わせているようだった。


「くそ、指まで小さくて可愛いとか・・・」


 自分の指とは全く違う、細くて小さな指が直ぐ近くにある。少しだけ、少しだけ、と思いながら、その指にそっと触れるように、自分の指を重ねた。


───点滅するように、鏡が真っ暗になる。そして。


 ばち、と自分と鏡の中の少女の目が合った、と思った瞬間。

 彼女が飛び上がるように驚いて、何かに躓き、そのままひっくり返ってしまったのだった。



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