私の日常
小学六年生、12歳の夏。
私は、忘れられない恋をした。
その日はじりじりと焼け付くような真夏日で、私は夏休みの出校日で学校への道を重くなる両足を何とか動かしながら普通に歩けば15分程度で登校できる道のりを倍以上掛けて歩いていた。
下駄箱で上履きに履き替える前にそっと中を確認する。何も無い事に安堵してようやく足を入れた。
「おはよう・・・」
教室に入る時に精一杯声を出して挨拶する。幾つか教室内で出来上がっているお喋りのグループの子が顔を上げるが、挨拶の主が私だとわかると興味を無くしたようにまたお喋りの輪へ戻っていった。
ぎゅっと心臓が締め付けられるような感覚に襲われたけれど、毎日の事なので気にしてはいられない。興味が無いのが分かっていても、無言で教室に入っているのを見られた日には根暗だの常識が無いだのと陰口を叩かれるのだ。通過儀礼だ、と思いながら数少ない友人達と挨拶を交わして自分の席へ座ると、ランドセルを開けて机の上へノートや丸めた画用紙を出した。今日提出する予定の宿題を不足が無いか確認するためだ。
私のクラスの担任は、普段は温厚なのだが提出物に関して妙にこだわりのある先生だった。曰く「提出物は期日に出してこそ。今期日に出せない人間は大人になっても期日を守れない人間になる。」である。
普段から提出日に目を光らせ、1日でも遅れた生徒には追加のプリントが出たり、他の罰則が課せられたりするのだ。
教卓まで呼ばれ、何故出来なかったか、これからどうしたら良いのか、等を懇々と問答させられる。それが嫌で、私を含めクラスの人間の提出物提出率は非常に良く、私は非常に真面目に宿題をこなす事にしていた。
すべてきちんと揃っている事を確認して、よし、とひとりで納得していると机に影が差した。
嫌な予感がしつつもそろり、と顔を上げると予想通りの顔が。しかしそんな気持ちを顔に出してしまったら影で何を言われるか分かったものでは無いので差し障り無い表情を心掛けながら声を掛けた。
「・・・おはよう。どうしたの?」
「おはよう、帆ノ花ちゃん!ねぇねぇ、理科の自由課題、帆ノ花ちゃんはもうやった?」
来た、と思った。自分で課題を設定して研究、レポートを新学期がはじまったら皆の前で発表する、という宿題が出ていて、提出日は新学期だ。彼女はいつも「うっかり」宿題を忘れるらしく、私は仲良くも無いのだが頻繁に宿題を写されている。被害者は私だけでは無く、クラスの大人しい女の子の数人が被害に遭っているのだけれど私含めこのクラスで女子の中でリーダー格の彼女に強く断れず、言うがままに差し出すばかりだ。
そして新学期目前の出校日。
やってあるのが分かっていてそう聞いてくるのだろうが、そこで「ごめんね、まだやってないの」なんて言えばじゃあ一緒にやろう、と言われて休み中に無理矢理一緒にやることになり、彼女の分も一緒にやらされる事になるだろうという予想もついてしまって。
どちらが良いか、なんて天秤に掛けて、納得できない思いに鬱々としながらも返事をした。
「・・・うん、やったよ。」
私の言葉に、ぱぁ、と表情を華やがせて、それから申し訳なさそうに表情を曇らせて、彼女は言った。それをぼんやり見ながら、私もこれ位華やかな子だったら、こんな風にたかられたりしなかったのかな、なんて考えてしまった。
「本当に?!・・・あのね、すっごくごめんなんだけど、私まだ全然出来て無くて・・・。夏休み入ってから一生懸命考えてたんだけど、全然分からなくて困ってたの!先生にはバレないようにするから、ちょっと見せてもらっても良いかな・・・?あ、心配しないで!丸写しはしないから!」
バレない訳が無いだろう、と思ったけれど言い返せるわけが無い。断ったり、渋ったりして今まで彼女に嫌がらせを受けた女の子を何人も見ている。そして、私も過去渋ったおかげで嫌がらせを受けたことがある。その時の事を思い出して背筋がふるりと震えたのを感じながら努めて何とも思ってないような素振りで私は笑った。
「うん。いいよ。私他に調べられそうなのあるから、良かったら写しちゃって。」
「ええ?!いいの?・・・うわーありがとう!大好き帆ノ花ちゃん!」
まとめたルーズリーフをバインダーから外して渡せば彼女は抱きついてきた。
「あはは。私もだいすきだよー。」
「本当にありがとうねっ!あ、友達呼んでるから!」
彼女は目的を果たすとさっさと自分の現在のお気に入りのグループへと帰って行った。
─────やり直し、か。
教室に入ってきた先生をぼんやりと見遣りながら、私はため息をひとつ、ついた。