僕と彼とたまに彼女とXデー
「よおカルネ」
僕と目が合うや、シュヴァインは口を開いた。
「突然人類が滅亡する――つまり死ぬといわれたらどうする?」
やつは窓のそばで壁にもたれ掛かかり膝を立てている。
相変わらずのポーカーフェイス。
正直なところ、僕はいまいち掴み所がないこいつが苦手だった。
姉さんはどうしてこんなやつと仕事が出来るのだろうか。謎である。
「……まず、どうして」
僕は制服のネクタイを緩めながらため息をつく。
「どうしてお前が僕のアパートにいるのか聞きたいんだけど!?」
「なにか問題でもあるか?」
「あるわ!不法侵入だ!警察呼ぶぞ!」
どうやって部屋に侵入してきたのだろう。
しかも勝手に人んちのオレンジジュースを飲んでいるし。
もし僕が喧嘩を好むタイプだったならぶん殴っていたところだ。いや、そうでなくても殴りたい。
返り討ちは目に見えているからやらないが。
「連れねーな、せっかく俺が遊びにきたってのに」
「迷惑だ!」
「あ、菓子食って良い?」
「話を聞け!」
シュヴァインはこれっぽっちも話を聞かずにキッチンへ向かう。
勝手知ったると言わんばかりに迷いなく菓子をいくつか持ってきた。
「いつの間に場所把握してんだ…」
「俺は探偵だぜ?このぐらい分かる」
「シュヴァインの場合は泥棒のほうがお似合いだよ」
「褒めるなよ、照れるだろ」
「いや、褒めてないから」
折り畳み式テーブルの上にバラバラと菓子が降り注いだ。
ふむ、とシュヴァインが首を傾げる。
「カルネ、お前んちやけに甘いものないか?」
「ああ、うん。シアンちゃんたちがたまに遊び来るから」
シアンちゃんはツインテールが特徴の女の子だ。あとナイフを持参しているアグレッシブさもある。
初対面からわずか数日後に命を助けられたことがあったりしてそれなりに深い関わりがある。
シアンちゃんは喧嘩が強い。もし同じ身長なら僕に余裕で勝ちそうだ。いや、今のままでも分からない。
自分でいうのもなんだけど弱いからな、僕。
「え、待てよ。お嬢ちゃんたちは小学生だろ」
「うん」
確かあの子たちは五年生だったはずだ。
だとすると年齢は十か十一歳かな。
「まさかロリコンかよ…」
おい。そんな目で見るな。
「誰がロリコンだよ。別に僕の方から呼んでる訳じゃないし」
一種の秘密基地と化している気がしてならない。
私物を置いていないだけマシだろうか。
「なるほど…謎がとけた」
「なんのだ」
「お嬢ちゃんたちで夜な夜なブッ」
組んだ手をシュヴァインの脳天にぶち当てた。
クリティカルヒット、効果は抜群だ。
「するわけないだろ!」
「だっておかしいじゃねぇか!一人暮らしの男子高校生がエロ本無しにどう夜を越してるんだよ!」
やっと表情を変えたと思ったらそんな内容でかよ。
それに熱弁するな。
お隣の部屋――はいないからお隣のお隣まで聞こえたらどうしてくれる。
「僕あんまり性欲ないし」
たまに自分でも異常とは思うが。
「……実は女ってパターンじゃないだろうな」
「どんなびっくり展開だ」
「え!?にくって女だったのか!?」
「ほらシアンちゃんまで信じちゃ―――シアンちゃん!?」
僕の横にちょこんとシアンちゃんが座していた。
ランドセルを背負ったままなので学校からそのまま来たのだろう。
なんでここに、と言う前にシアンちゃんは玄関を指差した。
「鍵開いてたぞ」
「おおう…」
せめて入るぐらい時はなにか言ってほしかったが。
シュヴァインが無表情でジュースを口に含む。
シアンちゃんもシアンちゃんでいつもと違い少し居づらそうだ。
「…二人って仲悪いの?」
シアンちゃんは僕を助けた夜にシュヴァインとファーストコンタクトをとったと聞いているが。
「いや、そんなことはない」
シュヴァインが即答した。
問いかけてなんだがお前が言ったところで信用できない。
「いや…仲悪いとかじゃないけど…」
赤と青の瞳を揺らしながらシアンちゃんは歯切れ悪そうにぽつりと言う。
「なんというか、苦手?」
僕と同じか。
「本人の前でハッキリ言うなよ。俺のハートはガラス製だから」
「どっちかっていうとコンクリート製だろ」
「ま、素材についてはどうでもいいや。お嬢ちゃんもいることだしもう一度問うぞ」
空になったコップをテーブルに置いた。
菓子を出したくせに手をつけていない。もしかしたら甘いもの嫌いなのかな。
「予言で世界が終わり、絶対に死ぬといわれたらどうする?」
「そもそも僕は予言なんて別に信じない。信じたところで奇跡が起こるわけでもないし」
「私も。死ぬ寸前には信じるだろうけど」
「………予想はしていたけどつまんねーやつらだよなぁ……」
「そういうぶたはどうなんだ」
ちらっちらっと空のコップを見ながらシアンちゃんが訊ねる。
飲みたいんだな。一段落したら持ってきてあげようか。
「それが、自分でも分からなくて。潔く死ぬべきなんなのか」
ぼんやりと視線を空中に向ける。
そんな表情をしたのは久しぶりだった。
ちょうど二年前、姉さんから深夜に連絡を受け、家やコンビニからありったけの医療キットを買い込んで姉さんの働く事務所に向かった。
客用ソファに寝転がる血まみれの彼。
その時もこんな目をしていたんじゃなかったか。
そうか。
父さんも母さんもいなくなって二年たったのか。
「…珍しいね。エロゲの選択肢も対して悩まないのに」
「えろげ?」
「そんなもんと比べるなど阿呆。お嬢ちゃんは知らなくていい」
長く長く吐息を吐いたあとにシュヴァインはきっぱり言った。
「ま、今回予言通りに世界滅亡しないだろうがな」
「そりゃあね。予兆も無いし、話題になるのがいきなりすぎる」
夢もへったくれもないが。
十代中ごろを越すといやでも世の中を冷めた目で見るようになるよね。
「で、なんでぶたは突然そんなこと言い出したんだ?らしくないぞ」
あ、質問しようとしていたことを。
シュヴァインは胡座をかいて、それからうつむいた。
「ちょっとな……前いた場所が騒がしくて。それに伴い投げてきた問題と向き合わないといけないらしい」
伸びかけた前髪がシュヴァインの顔を隠す。
「だから潔く戦うべきか、それとも逃げるべきか…って」
「……姉さんには相談しないの?」
その“前にいた場所”からシュヴァインを引っこ抜いたのは他ならぬ姉さんだ。
「言いづらい。お前に言ってるのも悩んだ結果だ」
それは、なんとも重大な話を。
シアンちゃんも黙って聞いている。
「だから俺以外の人間がどんな考え持っているか知りたくなった」
「思春期かよ」
「結局たいして参考にならなかったけどな」
「失礼な。悪かったな」
「生死の執着がなさすぎなんだよお前ら二人とも。心配だわ」
「いや、私、にくよりかは生きたいと思ってるぞ?」
僕も生きたいと思っていますけど!
シュヴァインは顔をあげた。そこにあったのはいつもどおりの無表情だ。
立ち上がり僕たちの横を通り過ぎる。ちゃっかり菓子を持って。
「でもサンキュ。少しは楽になった」
「…シュヴァイン」
「じゃ、あとは若いお二人で」
「な、なななななな!?」
シアンちゃんが顔を真っ赤にした。
シュヴァインは愉快げに肩を揺らしながら靴を履き、玄関の扉をあける。
「世界の終焉はなくても俺の終わりは近いんだろうな」
多分それは独り言だった。
なにも言い出せないままに、シュヴァインは扉を閉めてしまった。
僕はシュヴァインの過去をまったくといって良いほど知らない。
だから何と戦うのかも知らない。
「心配、だなぁ」
「にくは自分を心配したほうがいいと思うぞ。入院何度目だ」
「うっ」
小学生に注意されるとは。
結局、Xデーに世界は終わらなかった。
その代わり、Xデーといわれた日が次の日付にかわる寸前に急患が病院に運び込まれた。
僕は手術室の前で姉さんの同僚さんと徹夜をした。
それはまだ語るべき話ではない。
もう少し僕自身の話が追い付いてからすべきなのだと思う。