9.町の宿にて
サンミレーの入り口を護る兵士は、今朝から続く珍事に首を捻っていた。
彼が詰める北東の門から延びる道は人の往来がさほど多くはない。その道の先には、今はもう廃棄された鉱山と当時賑わった町の遺構しかなく、利用するのはわずかばかりの冒険者と狩人だけである。
その冒険者と狩人にしろ、秋が深まり出したこの時期には利用する者もほとんどいなくなる。それが故に最近の彼の任務は更に退屈なものになっていたのだが、今日はいつもと様子が異なっていた。
その利用者が疎らなはずの道から、今日は数組もの集団が町へと入っていったのだ。
それらは例外なく奇妙な集団だった。身に付けた装具から冒険者の一行であることは辛うじて窺えたが、集団を構成する誰も彼もが残らず異様な風体をしていたのである。
中央の騎士もかくやといった全身鎧をまとった戦士の顔が、どう見ても十代半ばの少年であったり、娼館の美姫も真っ青な薄物をまとった扇情的なエルフ女性が、その手に握るのは魔術士然とした立派な杖であったりと、およそ真っ当な冒険者のイメージからはかけ離れていた。
十にも満たない背格好の可愛らしい獣人娘が、身の丈を遥かに越える戦斧を涼しげに担いでいるさまには驚きを禁じ得ず、兵士仲間から鉄面皮と揶揄される彼をして目を剥かせた。
その異様な集団の誰もが整った容貌を持っていたことにもまた驚かされたが、冒険者というある種食い詰め者たちが例外なくまとっているスレた雰囲気を微塵も感じさせないことにこそ、兵士は大いに戸惑った。
冒険者たちは一様に屈託無い表情を浮かべ、ある者など笑顔でこちらに手を振る陽気さすら見せて、門番である彼の前を通り過ぎていった。
兵士は彼ら異様な冒険者たちが、行きにこの門を通った憶えがない事を多少訝しんだ。しかし廃鉱の近傍には転移魔法の出口があるとも赴任時に聞かされている。
それは滅多に利用されることがないのだが、彼らが身に帯びた装備の質からして中央より訪れた冒険者だったのだろうと、兵士はそう結論付けた。
そして秋の陽もそろそろ傾き出す頃、この日最後となる旅人の一団が彼の前に現れた。
一行の先頭には年季の入った全身鎧に身を固めた四十絡みの戦士風の男と、ややキツめな美貌を持ったエルフの娘が並んでいる。
エルフ娘が身に付けているのは革製の部分鎧といった趣で、その身軽そうな装いからおそらくは偵察、探索の役目を負っているのだろうと見当をつけた。冒険者連中が呼ぶところの《密偵》なのだろう。
兵士の前まで来ると戦士風の男が立ち止まる。今日目にした中では至極真っ当な冒険者然とした彼は、こちらに軽く会釈を寄越すと口を開いた。
「お勤めご苦労様です。こちらはサンミレーの町でよろしかったでしょうか?」
男は意外に朗らかな声で物腰低く兵士に確認した。門番の彼がその仕事を労われるなど、この平和な田舎町に配置されて初めてのことである。行き交う者の誰もが、彼を路傍の石ほどにも気に留めたことなどついぞなく、自身もそれを無体とは感じてこなかった。
兵士は幾らか気分を良くすると、この感じの良い戦士風の男に柄にもなく歓迎の挨拶などを口にしてみる。
「はい、旅の方。サンミレーにようこそ」
「ありがとうございます。こちらは通っても?」
男は厳めしい目元に人好きのする笑みを浮かべると、堂々とした態度でありながらもわざわざ町へ入ってもいいのかと訊ねてきた。
「はい。ここら辺りは平和なものです。真に疚しい者であれば、本職のような兵士の立つ入り口を使わずさっさと町へ入ることでしょう」
サンミレーの町は開かれてほぼ半世紀の歴史を持つが、その間あたりで戦があった例がない。防備と言えば害獣避けの柵が周囲を囲っているだけである。
「なるほど、良い町のようで。それでは失礼させてもらいます」
男は屈託ない笑みを深めると兵士の横を通り過ぎていった。その傍らのエルフ娘も、軽く会釈をして通り過ぎる。
その後に続いたのは獣人族の少女と僧衣をまとった少女だった。兵士は先ず獣人族の少女の胸元にその視線を吸い寄せられる。襟を留めていない実用一点張りな外套を押しのけて、巨大すぎる双丘が前方へと雄々しく突き出している。
(こんな胸甲、存在してるモンなんだなぁ)
彼がその規格外の業物についつい見惚れていると、持ち主の少女と目線が合う。少女は嫌がる風もなく、彼にパチリとウインクを寄越してみせた。兵士は緩んだ表情を慌てて引き締めると、機械的に己が職務をこなす。脳裏に刻んだ手配書の人相書きと見比べ、少々惜しみながらも僧衣の少女へと視線を移した。
少女の白い衣装が地母神に仕える者たちのまとう装束に似通っていたため、兵士はそれが僧衣であると断じたのだが、彼女はその上に無骨な金属製の部分鎧を付けている。更にはその腰に剣帯を帯び、長剣すら佩いていた。
旅の僧侶には野盗や害獣を撃退する為に武装している者も多い。その中でも戦闘技術を佳く修めた者は兵士並みに武具を使いこなすと言う。兵士は少女もそうなのだろうと結論付けた。
年端もいかぬ少女が大人顔負けの武装で何食わぬ顔をしていることには、今日一日で随分と慣れた兵士だったが、職務の為に注視した彼女の顔にその胸を衝かれた。
今日一日で様々に整った容貌を目にした兵士であったが、僧衣の少女の顔立ちはそのどれとも異なる雰囲気を醸し出していた。
単純に顔の造作なら少女に勝る者も多かったと思い出す。しかし彼女の表情が作り出す、穏やかに調和が取れた可憐な容貌は兵士の心を劣情とは違う何かで奪い去った。
少女は歳に似合わぬ落ち着いた笑みで会釈すると、兵士の前を通り過ぎていく。艶やかにたなびく少女の後ろ髪に、彼は思わず振り返りたくなる衝動に駆られる。兵士は懸命にその情動を抑えると、どうにか態度を取り繕って仕事の続きをこなした。
「クララさんの胸、すっごい見られてますね」
タリアはとなりを歩むネコミミ娘さんの顔を見上げながら小声で話しかけた。町に入って以来、通りですれ違う者、道端に居る者の区別なく男性からの熱い視線が彼女に注がれている。そう言えば町の入り口に立っていた門番の兵士も、凄い勢いでこちらを見ていたなと思い出す。
「おっぱいマイスターのわたしもこれが他人のだったらおそらく、いや多分絶対ガン見してたと思うからしょうがないにゃー」
クララは劣情溢れる男たちの視線もどこ吹く風といった調子で平然と言い放った。
「それもどうかと思いますけど」
タリアは苦笑いを浮かべながら前に向き直る。
予定通りサンミレーの町に着いたタリアたちは、宿を探して町の通りを進んでいた。久しぶり且つリアル化したサンミレーの地理には誰もが覚束ず、一行は何気に迷走する破目になっていた。
それにしても自分たちの集団は目立っているなとタリアは内心眉をしかめる。奇異の視線を向けてくる町の人々はそのほとんどが人間で、エルフの姿も少ない。獣人や龍人に至っては一人として姿を見かけることがなかった。
(《Decisive War World》の背景設定やシナリオのテキスト、もっと真面目に読んでおくべきだったなぁ)
タリアは今更のように悔やむ。自分では結構目を通していたつもりだったが、サンミレーがどういった町だったかも思い出せない。この地では獣人や龍人が疎まれているなどという鬱設定がありませんようにと祈りながら、通りに宿の看板が出ていないかと探し求める。
もとよりMMORPGというゲームのほとんどがそうだった様に《Decisive War World》でも『宿屋』という物の意義は極端に薄かった。
建物としてのそれが存在するゲームマップはあったが、オフラインのコンピュータRPGのようにキャラクターの回復をシステム的に担う側面は持たされていなかったし、《Decisive War World》のキャラクターは睡眠を必要としていなかった。
そんな理由からパーティーの誰にも宿屋の所在に当てがある訳もなく、一行はしばらく町中を歩き周っている。
「門番のおっちゃんに宿屋の場所とか訊けば良かったかもねー」
あたりを見回しながらクララが呑気な声を上げた。それを背後に聞いていたジャックも肯く。
「思わぬ所でゲーム感覚が抜けてないな。簡単に見つかるものだと思い込んでいたよ」
そろそろ夕闇も迫り、通りは店仕舞いの様相を呈し始めた。道行く人も疎らになってきている。
参ったなと頭を掻くジャックに、ライトニングが声を掛けた。
「こんな時間でも明かりを点けてる店があれば、そこがソレっぽいんじゃねぇか?」
なるほどと頷き、一行は再び歩き始めた。
「とりあえず宿が取れて良かったにゃ」
早速クララが鎧を脱ぎ始める。戒めを解かれた豊かな胸がユサユサと暴れるさまから視線を逸らしつつ、タリアは自分の装備を外してインベントリに放り込んでいく。
「アイテムの出し入れにもすっかり慣れたみたいね」
クララの言葉に頷くと、ウンと一つ伸びをする。料金を吹っかけられた二人部屋は、相応の居住性を持っていて快適だった。
タリアは極めて小市民的なメンタルから多少申し訳なく思いつつ、薄汚れた衣装のまま清潔そうなベッドへうつ伏せにダイブした。そのまましばし考え事に耽る。
薄暗くなった通りを探すことしばらくして、一行はいまだ明かりを灯す一角に行き当たった。果たしてそこには酒場や宿屋といった店が軒を連ねており、一行はそこに宿を求めることとなった。
しかし冒険者を相手とするような相応の宿屋はその全てが満室となっており、空き部屋はサンミレーに定期的に訪れる裕福な商人などを対象としたお高めの旅館にしか見つけることができなかった。
最初は胡散臭げに迎えた旅館の従業員も、提示された料金を前払いしてみせるとアッサリ態度を翻した。こうして一行は男女に分かれ、それぞれ二人部屋を取ると旅装を解くこととなった。
「おー、わりとまともにゃ鏡があるにゃ」
クララの嬉しそうな声を背中に聞きながら、タリアは次第にまどろみ始める。どうやら自分で思っていた以上に、身体の方は休息を欲しているようだった。
(メシがまだだったな。一旦集まるって決めたことだしもう一踏ん張りするか)
そう考えるものの、ベッドの感触は実に離れ難い。切りもなくだらだらしていると、不意に腋の下に手が回る。何事かと理解する前に、そのまま小さい子供のように持ち上げられた。
「リアたん、おねんねにはまだ早いにゃ。ご飯に行くよー」
クララは軽々とタリアを肩に担ぐと、嬉しそうに部屋の扉を開ける。さすがレベル80越えの剣士は腕力が違うなぁと妙な感心をしつつ、タリアは担がれるに任せた。これはこれで存外楽で良いかもしれないとこっそり思う。
旅館の夕食は食堂で摂ることになっていた。先に待っていた仲間たちはダラリとした状態のタリアを担いで現れたクララにぎょっとした表情を浮かべたが、タリアが顔を上げて手を振ると呆れたように苦笑して見せる。
今朝方に得意の客が発ったということで、今夜の宿泊客はタリアたち一行だけだった。食堂も貸し切り状態で気兼ねなく料理に舌鼓を打つ。
とりあえずざっと見て周った限り町の様子に不穏なところもなかったことから、アルコールの摂取も解禁となる。
タリアはこんな状態で呑んだら速攻で居眠りしそうだなと思いつつも、その誘惑には勝てなかった。
「どうしてこうなった――」
大浴場の脱衣場で、肌着だけになったタリアは呆然と立ち尽くしていた。目の前には見目麗しい三人の女性の裸身がある。
タリアはもう一度呟く。どうしてこうなった――
宴もたけなわになった頃、旅館の従業員から浴場を終いにしたいから使うなら済ませて欲しいとの要請があった。
――お風呂がある!
その事実に一行は沸いた。主に旧世界の女性陣が沸いた。
そのテンションにそこはかとなく身の危険を感じたタリアは速攻で逃げを打つ。しかし技のカッコ、力のクララの連携により、その身はいとも容易く捕獲されてしまう。
「飲酒直後の入浴って危ないって話ですよ?」
タリアの必死の訴えも、強かに酔った獣神の前にあっては無駄な抵抗だった。
「それがどうした、我々は《偽神》にゃ!」
クララの咆哮の如き力強い宣言の後、タリアは大浴場へと連行された。
「ホント、どうしてこうなった――」
いつもの白い装束はクララの早技によって既に奪い去られていた。裸身を惜しげもなく晒した女性陣が据わった目で獲物を見ている。
「タリアさん、往生際が悪いですよ」
三つ編みを解いたサーラちゃんも可愛いなぁと孤立無援の状態から現実逃避しつつ、タリアは仕方なく肌着を脱いだ。彼女らと同じ様に裸身を晒すと、皆が一様に黙り込む。
「――どうしました?」
不安を覚えて恐る恐る問い質すタリアから、舌打ちと共に三人の視線が逸らされる。
「男の妄執の産物って恐ろしいわね――」
カッコのその呟きに、タリアは途方もなく申し訳ない気分にさせられた。
03/03:誤用を修正し、本文の表現の一部を変更致しました。大筋に変更はございません。