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決戦世界のタリア  作者: 中村十一
第一章 冒険のはじまり
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7.異世界の夜 その2

 自分へ集まる仲間たちの視線に、ボルトは自分の顔がみるみる紅潮しているだろうことをハッキリと自覚した。

 あちらの世界でPC(パソコン)を前にしていた時は自キャラ(ボルト)のフリに隙を見せたことはない。

 或いは、『ボルトがゲーム内の自分』という意識が希薄だったせいで、ボロを出すような発言がチャット上に零れることがなかった、と言った方がより事実に即していたかもしれない。

 チャットへの発言は自然に『ボルトならこう言うだろうな』という脳内変換フィルターを経て打ち込まれる。

 中島矢子(やこ)にとってはMMOでの自キャラは自己投影の対象ではなく、あくまで画面上でその活躍を楽しむ登場人物キャラクターという認識しかなかった。

 それなのに今回の異世界送りである。お節介な女神は微塵の齟齬もなく中島矢子がボルトに成ったという事実を理解させてくれた。

 最初の内はどうすれば良いか混乱した。極力発言を控え、細心の注意で言葉使いも選んだ。

 その内必要に迫られ、こちらの世界で『ボルト』の力を行使するにつれ自分の中の『中島矢子』は小さくなっていった。と言うより目の前の出来事に中島矢子では耐えられなかった。


 この苦境を生き抜くには中島矢子ではなく、ボルトでなければならない――


 中島矢子はその危機感に基づき、いつのまにかボルトを『英雄的なペルソナ(外的側面)』に仕立て上げ、自分というモノを委ねてしまった。

 しかしダンジョン内などとは比べようもない安全な場所でリラックスし、気が緩んでいたところにあちらの世界を連想させるモノに触れ、そのペルソナの防壁も脆くなってしまっていた。

(――昔、学校の先生をうっかり『お母さん』て呼んじゃった感じ?)

 恥ずかしさからそっと様子を窺ってみると仲間たちの浮かべた表情は三種類に分かれた。

 サーラとライトニング、カッコにバハムートは驚いた表情を浮かべている。逆にジャックとタリアは顔色も変えず、クララに至っては意地の悪いニヤニヤ笑いを浮かべていた。

「えーと、別にオカマとかじゃないです。あっちの世界では女やってましたスミマセン!」

 勢い良く頭を下げる。

「――そういうコトもあるわよね」

 ポツリとカッコが呟く。しかしこのボルトの告白に、一拍遅れて敏感に反応した者がいた。

「っノォォォォゥ!」

 ライトニングが魂の底を揺さぶる様なシャウトを上げる。

「何でお前さんがそんなに驚く?」

 両手で頭を抱えて激しく身悶えるライトニングに、それにこそ驚かされたジャックが声を掛ける。

「だってだって」と繰り返したのち、ほどなくしてライトニングは己が罪を叫んだ。

「だってコイツとは釣りしながら散々猥談したんだもんよぉぉぉぉぉぉ!」

 いいトシして何をやってるんだと嗜めるジャックに続いて、ボルトの追い討ちがライトニングにとどめを刺す。

「えと。その節は、大変参考に、なりました」

 真っ赤になって俯いたイケメンから、チラチラと自分に向けられる上目遣いにライトニングは憤死した。

「まぁこっちに来た以上、ボルトさんは正真正銘ボルトさんですから」

 タリアが何でもないといった風にミルクティーの容器を渡してくれる。

「わたしもこっちにきて性別が替わった身の上です。お互い早く慣れるように頑張りましょう」

 さらりと告白カミングアウトしたタリアに、またも一同から驚愕の声が上がった。

「タリアちゃん、男の人だったんだ――」

 唖然とするボルトに「はい」と柔らかい微笑が返ってくる。

「わたしがボルトさんはネナベさんじゃないかなーと思ってたのと同じで、ボルトさんにもわたしがネカマだとばれてると思ってたんですけど」

「えー、タリアちゃんもの凄い丁寧でシッカリしてるから、わたしはてっきり育ちの良いお嬢さんかなと思ってたよぉ」

 あちらの世界でそういった知人もいたボルトは、タリアに似たような雰囲気を感じていた。どこか感心したようなため息を漏らしつつタリアを見詰める。

「わたしはアラサーのうふふ系ロリお姉さんかとおもってたにゃー」

 クララは愕然とした表情でタリアを見ていた。

「二次元じゃあるまいしそんな都合良い生き物がいるかっ!」

 復活したライトニングがクララを小突く。

「そう言うライトニングのおっさんは驚いてにゃいみたいね?」

 小突かれた頭を摩りつつ不満げな表情を浮かべるクララに、ライトニングがドヤ顔を向けた。

「『こんな可愛らしいが女の子のはずないじゃないか』」

 クララは「ナニソレ、サムイ、フルイ」と喚いてわざとらしくひっくり返ってみせる。

「アラサーなのは合ってますよ、もうすぐ29の28歳独身でした」

 タリアの声にバハムートが「僕と同年代か」と唸る。

「なるほど、色々物怖じしないと思ったら男の人だったんですね。しかも結構『大人』の」

 カッコが微妙に丁寧語になりながら呆れたようなため息を漏らした。ようやく成人にリーチが掛かったカッコからしたら、30近い男なんて既におじさんといった印象だ。

 そんな男性がローティーンの少女然としたキャラを使っていたことには、正直引くモノも感じた。しかしネトゲ(ネットゲーム)ではままあることだし、タリア本人に不快な目に遭わされたわけでもないのでそのへんは深く考えないことにする。

 そんな風に考えていると、どこか平坦なサーラの声が耳に届いた。

「――わたし、タリアさんには色々相談に乗ってもらったんですけど」

 皆が騒いでいる中、いつの間にかサーラは床を睨みつける様に俯いている。

「学校のこととか流行りなケータイのこととか」

 サーラは下を向いたまま話し続けた。 

「お化粧品のこととか」

 その声に不穏なモノを感じ取ったのか、皆が彼女の様子を窺う。

「お洋服の話とか」

 どんどん険悪になる声色に流石のタリアも笑顔を浮かべながら冷や汗を流し始めた。

「し、下着の、とか」

「リアたん、アウトーっ!」

 地獄の底から響くようなサーラの声に、クララが物凄い勢いで立ち上がった。他の皆も「え? ナニしてくれちゃってるの?」と言いたげな蔑む目つきでタリアを見る。

「き、訊かれたから答えただけで、『試しに今どんなの履いてるの?』とか紳士にあるまじき態度を取ったワケじゃないですし!」

 真っ赤な顔で慌てて叫ぶタリアに、サーラが涙目で吼える。

「そもそも何でスラスラ答えられたんです? そんなコト一々リサーチまでする変態さんだったんですかっ?!」

「な、違っ! それは、妹の、そう妹の買い物に付き合わされてたからたまたま知識があっただけで」

「兄と下着を買いに行く妹なんていません!」

「うちのは行くんですっ、主に『僕』が財布的なイミで!」

「まぁ、タリアちゃん」

 子犬のように吼え合う二人の間に、いつの間にか平静さを取り戻したボルトが割り込むと優しくとりなす。

「とりあえずサーラちゃんにごめんなさい、しよっか?」



 二人ほど精神的ダメージを負ったものの、一行はようやく落ち着きを取り戻した。サーラとタリアが俯いてはいるが、話を再開できない状態ではない。

「それにしてもジャックさんは全然驚かにゃかったね?」

 クララが不思議そうに問うとジャックは肩を竦めた。

「亀の甲より年の功ってね。ネトゲが長いとそれなりに察せられるようになったし」

 彼の返事にクララが唸る。

「ボルトんは判り易かったけどリアたんはわからなかったにゃー」

「いやタリアたんは判り易かったろう、古き良きネカマって感じで」

 ライトニングが涼しい顔で口を出す。呆れたようにカッコが首を振った。

「なんか業の深い話ね」

「そんなコトよりバカネコ、おめーは告白カミングアウトしなくていいのか?」

 ライトニングはクララを胡乱げな目つきで眺める。

「は! にゃにを言ってくれちゃってるワケ?」

 彼女はわざとらしく鼻を鳴らすと胸を反らして立ち上がった。

「こんにゃノリでもアテクシは立派なリア(リアル)女デシテヨ?」

 ライトニングは「うへぇ、マジかー」と派手に顔をしかめる。

「というより自分がアレだって自覚はあったんだな」

 ジャックは生温かい目でクララを眺めた。

「オタ女がみんな腐女子だと思うにゃよ? わたしは二次元なら女の子の方が好きだーっ!」

 ライトニングが「聞いてねーよ」とクララを蹴倒すフリをする。彼女はそれに乗っかると大人しく腰を下ろした。

 己が自爆でうら若き『乙女二人』に重大な精神的被害を与えたボルトがわざとらしく頭を掻いてみせる。

「なんか『俺』が発端で脱線しまくってごめん」

 バレたのはバレたこととして、『彼』はボルトとして仕切り直すと決意したようだ。

 ライトニングはその決意に頷いてみせると表情を真剣なものにした。

「場の空気がすっかり緩んじまったがまぁコレくらいの方がいいか」

 彼は一つ大きく息を吐くと切り出した。

「最後にとてつもなく残念なお知らせだな」

 皆が神妙な顔つきになるのを見届けると、ライトニングは重々しい口調できっぱりと告げる。


「俺が知る限りエルクーンで八人のプレイヤーが殺された」


 呻き声は漏れたが見渡す顔から驚愕の色は見て取れず、ライトニングは口角を上げた。

「やっぱり予想はしていたって顔だな」

「――ああ。同士討ち《フレンドリーファイア》制限がないって気づいた時点でね」

 憂鬱そうに顔を歪め、ジャックは両の目蓋に手を当てるとマッサージする様に揉み始める。

フリマ(フリーマーケット)の客だったバカ二人が血迷ってプレイヤー六人を次々斬り殺しやがった。んで俺含む五人でそのバカ二人を始末した。合わせて八人」

 ライトニングの告白に皆が息を呑む。

「幸い広場にはこっちの世界の人も居て凶行を目撃してくれてた。その証言もあって街の衛視ガードからの事情聴取は直ぐに済んだよ。『ご協力感謝します』とか言われちまった」

 感情の抜けた表情のライトニングに一同は言葉もない。

「八人の身元確認やらは街が処理することになるらしい。確認なんて取り様ないと思うがな」

 そこで一息ついたライトニングの顔に、自嘲げな笑みが浮かぶ。

「人をった精神状態とか、その辺話してやれたら良いんだが何分まだてめぇでも整理がついてねーのよ」

 無意識なのか、ライトニングが右の拳と左の手のひらをしきりに打ち合わせる。

「先の奴らに話した時は俺が殺ったとまでは明かさなかったしな。と言うより、必死に忘れたフリをしてごまかしてた感じか」

 幾度目かの大きなため息をつく。「ま、それはそれとして」ライトニングは無理矢理気味にまなじりに力を込めた。

「とてつもなく残念なことにヤバイプレイヤーまでもが俺たちの敵となる。今から覚悟だけはしておけ」

 ライトニングが自分の太腿を大きな音を立てて叩いた。

「以上終わり!」



 小屋の中では居心地の悪い沈黙がしばらく続いたが、クララの身も蓋もない「おしっこ」と言う乙女にあるまじき発言で弛緩した。ワザとやってるなら捨て身な献身とも言える。

 追従する声が全員から上がり、男女別れて小屋の外で用を足すことになった。

 鎧を脱ぐとまとめて小屋の一角にまとめる。小屋の裏手にサーラの魔法で明かりを灯してもらう関係上、女性陣が先発することとなった。

 タリアはこの時の為にあらかじめ用意しておいた布切れを何枚かずつ三人の女性に配った。

 サーラにはまだ恨みがましい目で軽く睨まれたが、彼女はきちんと礼を言って受け取ってくれた。サーラこそ育ちの良いお嬢さんなんだろうなとタリアは思う。

 サーラの魔法によっておよそ10m四方を照らす魔法の明かりが灯る。ご丁寧に〈静寂サイレンス〉の停滞場も重ねがけされた。

 一人が用を足している間、残る三人はそちらに背を向けて居心地の悪い沈黙の内に順番を待つ。

 そして手間取りそうだと自分から最後に回ったタリアの番がきた。


(――ホントに無くなってるなぁ)


 覚悟も理解もしていたがそこにあるべき物がなかった事に、タリアは決して軽くない喪失感を覚えた。

 それと共に、魔法の明かりに白々と照らされた自分の下腹部の曲線が妙に艶めかしく感じられてしまい気恥ずかししくもあった。

 加減がわからないので大きく脚を開き気味にしてしゃがみ込む。『タリア』にとっては初の女性としての排泄行為だったが『身体』の方はちゃんと心得ていたらしく、滞りなく用は足せた。

 脳裏に器官の様子を思い出しながら不衛生にならない様に残滓を拭き取り、その布は自然由来の素材だし問題はあるまいと暗闇の向こうへと始末した。

「お待たせしました。済みました」

 待っていた三人の所へ戻り声を掛ける。「ちゃんとできた?」と意地の悪い笑みを浮かべるクララに、タリアは頬を膨らませて見せた。



 出すものを出すと皆、空腹を訴えた。特にダンジョンで戦闘をこなしてきた者たちは飢えていた。各自『食事』になりそうな物を脳内インベントリフレームに求める。

 ライトニングとボルトが釣果を死蔵していた他、タリアがクリームシチューに家禽の肉と緑黄色野菜の串焼き、丸パンを相当量持ち歩いていた。

 わたしはどこの世界でも貧乏性プレイなので、とタリアは笑った。



「なんてぬるゲーなんだにゃー」

 小屋内には熱気と食欲をそそる匂いが充満している。悲惨な脱出行の途上で真っ当な食事にありつけることを評してクララが鼻を蠢かしながらうっとりと呟く。

 薪ストーブにはボルトが供出した燃料がくべられ、十全とその機能を発揮していた。ストーブの炉ばたには木串に口から尻尾までを貫かれた淡水魚が並び、その身を熱に炙られて脂を噴いていた。

 ストーブの天板には鍋や薬缶が掛けられる様になっており、今はシチューを満杯にした薬缶が二つ並んでいる。

「奥の方へ回してください」

 サーラは調理担当のタリアから温められた肉と野菜の串焼き、丸パン、銅のカップが載った木製プレート(ボルト即製)を受け取ると仲間たちへと順に手渡す。プレートが行き渡った所にタリアが薬缶を持ってきた。

「シチュー配りますのでカップを出して下さい」

 掲げたカップにホワイトクリームのシチューが注がれる。白く湯気をあげるそれは、食欲をそそる匂いで仲間たちの鼻腔をくすぐった。魚の串焼きは一つのプレートに並べられ皆の中心に置かれる。

 配膳が終わり、タリアも腰を据えるとみなが何となくジャックを見詰めた。ジャックはそんな仲間たちに頷くと手を合わせた。


「いただきます」


 異世界に放り込まれてのち、最初の晩餐が始まった。



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