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決戦世界のタリア  作者: 中村十一
第二章 再会のまれびとたち
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44.ボリアにて その4

 急な話だった。カラグ公子の実兄であるホーケン公子――公国首都ボリアの総督から、私的な会談に応じて欲しいとの打診があったのは当日の夕刻のことである。

 従卒も伴わずに《偽神》たちの詰めた兵舎に訪れたのはカラグ公子であった。兄が公人の立場では難しい話をしたがっていると、カラグ公子は困ったように口にした。

 彼と応接した《偽神》たちの顔役――ジェシカたちはその会談を受け入れることにする。

 昼間に行われた会議が双方建前の応酬に終始したとは、彼らも実感するところだったからだ。私的な会談ともなれば、今少し腹を割って話もできるのではないかとジェシカたちは期待したのだった。

  会談に参加する面子には顔役代表のジェシカ、リアル年長者のジャックにグレイル、頭脳担当のアーサーが《偽神》たち自らの判断で選出された。それにホーケン公子たっての指名でタリア、ナヴィガトリアの両名が加わる。以上の六名でホーケンの私的な会談に臨むこととなった。



 会談への参加を求められ、軽く夕食を済ませた後の半端に生じた時間を、ナヴィガトリアは持て余していた。

 タリアはカラグ公子とともに彼の兵たちの様子を見に行っており、すでにその姿はない。バーテニクスも『大食堂』に興味を惹かれたらしくタリアにくっついていった。

 何となく年かさの同行者たちと行動を合わせることに息苦しさを覚え、一足早く待ち合わせ先に向かおうとした矢先のこと。

 互いに無視を決め込むという、控えめな拒絶を突きつけあった旧知の彼女が待ち構えていたことに、ナヴィガトリアはわずかばかり息を呑んだ。

「久しぶり、ナヴィ(、、、)

 彼女は笑顔を向けてくるが、濡れたような毛先が特徴的な黒髪のショートボブから突き出たネコ耳は、苛立たしげにヒクついている。

「久しぶりだね、クー(、、)

 旧交を温めるにはいささか足りない挨拶を残しつつ、ナヴィガトリアはクララの脇を不躾に通り過ぎる。

 自分と彼女に、今さら温められるような絆はない――ないはずだ。すべて自分が台無しにしたことだと、ナヴィガトリアは承知している。

 兵舎のエントランスへと向かう自分を、別の足音が追ってくる。そっとため息を漏らしつつ、しかしナヴィガトリアは足を止めない。

「リッキー……ゴーリキの口からナヴィの名前が出た時は驚いた」

 背中に掛けられるクララの声は、その辺の感覚を鈍らせた自分にも、はっきり硬質だと理解できた。

「リアたんには裏切られた、って思った。まさかずっとナヴィとつるんでただなんて」

 クララの声は苛立たしさを隠さず、ひどく冷たい。

「でもまぁ、リアたんらしいと言えばリアたんらしい話、なのかな」

 本来朗らかなネコ耳少女に、こんな友人を揶揄するような言葉を吐かせてしまったことに自嘲を禁じ得ず、ナヴィガトリアの口元が微かに歪む。

「――自分で自分がイヤになるんだけど、これくらいぶつけさせてもらってもいいよね?」

 クララの言葉は確認ではない。宣告だった。

「……うん」

 ナヴィガトリアは、浅くなる息に渇いた舌がもつれそうになるのをごまかして何とか相槌を返す。

「アインから、嬉しそうに剣聖さまの話を聞かされた時の、わたしの気持ちがわかる?」

 クララの皮肉げな問いに、剣聖は沈黙で応える。その背中を、少女のどこか諦めを含んだため息が叩く。

「あのバカまで裏切るようなことをしたら、今度は(、、、)絶対許さない」

「善処する。どのみちアインに閃空剣を教え終わったら、皆からは離れるつもりだった」

 背中を向けたまま告げると、クララの息を呑む音が耳朶を打つ。

「わたしの病気はわたし自身が一番承知してる」

 長々と吐き出されたため息に、ナヴィガトリアの胸の中でなにか重苦しいものが疼く。

 それっきり互いに言葉はなく、ナヴィガトリアは待ち合わせ場所――兵舎のエントランスへと辿り着く。

 クララの、追いかけてきた足音も止まる。仕方なく、ナヴィガトリアは振り返った。

 愛らしいネコ耳少女の顔に浮かぶ表情は、あちらの世界のリアルで散々自分に向けられたものと同種だった。

 ゲームの時分には、状況とチャットの雰囲気からしか察することの出来なかったクー(、、)の悔しさや悲しみと言ったものが、リアル感を伴ってナヴィ(、、、)の胸を刺す。

「はぁ……」

 またクララのため息。

 彼女はしばし目を伏せたあと、ナヴィガトリアに意地の悪い笑みを向けた。

「でも、今回のことで感謝してるのよ。ロケットに、さくたん。ムラッキーにシェリルん、ダナたん。あなたのおかげでみんな、女神の馬鹿げた魔の手から逃れられたんだから」

 クララは大仰にお辞儀をしてみせる。

「おかげでわたしのリア友二人は今でも向こう(、、、)でバカやれてると思うの。ありがとうございました、剣聖さま」

 言いたいことを言った後、顔を上げたクララの表情は普段どおりに見えた。その自制心にナヴィガトリアは頭の下がる思いだ。

「恨み言はおしまい。みんなの前で噛み付いたりしないからそこは安心してにゃ」

 ほいじゃーにゃと告げて、クララは足取り軽く背を向ける。ナヴィガトリアが見守る中、エントランスから通路の暗がりへと向かう彼女が、ふと足を止める。

「そうだった、あとねナヴィ。クーって呼び方、二度としないで」



 ナヴィガトリアは兵舎の前に一人、呆っと立ち尽くした。

「ロケット、ムラッキー、咲、シェリル、ダナ」

 声に出してその名を唱えてみる。ポリゴン製のアバターたちの姿がまぶたをよぎる。

「わたしのおかげ、か。ものは良いようだね、クー」

 クララが口にして、ナヴィガトリアも口にした五人の名前。

 いずれも、ナヴィガトリアのせい(、、)でゲームを去ったプレイヤーたちの、キャラクターネームだった。


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