41.ボリアにて その1
寡作に対しても変わらず感想をお寄せ下さり、ありがとうございます。
個別の返事はなかなか適いませんがすべて拝見させてもらっています。
不定期ですがこれからも投稿の方は続けていきたいと思います。
あるいは予感めいたものはあった。
その日の昼下がりのことである。ライルネス公国軍ラエルガス監視団からの正式な招聘は、ジャックを微塵も驚かせはしなかった。
予感どころかそれは半ば確信であったかもしれない。昨日の朝がたに合流したアインとチョコから知らされた事情を鑑みるのであれば、それはなんら不思議なことではなかった。
故にジャックたち一行は、過ごしやすい秋晴れのこの日も出かけることなくこの後の対応や活動を、多岐にわたり検討するよう努めていたのだ。
「請け負っている仕事があるのなら、先方にはラエルガス公国軍の名において契約の破棄を命じることになります。穴埋めについてはこちらが責任を持つことになるでしょう」
使者の言は破格であった。幸いなことに今現在、ジャックたちはいかなる依頼も受けていなかった。なのでその配慮は無用だと、いつの日にか見かけた顔の公国軍兵士に告げる。
「問題がないなら、貴方がたは直ちに監視団駐屯地まで本職とご同行願いたい」
それにも別段、ジャックに否はない。しかし、兵士と共に訪れた顔馴染みが先程からずっと黙っているのが気になってしょうがない。
ジャックはどういう状況なんだとウサ耳娘に視線で問う。果たして彼女は、いつものどこか面白がる様子でようやく口を開く。
「いやぁ、PK討伐に行ったら現地で王子様やこのアーバスさんの部隊とかち合うことになっちゃってね? 共同作戦で事態を収拾することになったワケデス」
ピンクブロンドに乗っかった三角帽子のつばを、わざとらしくいじるクロネの仕草は妙に芝居じみている。流石のジャックも少々イラッと来るのを否めない。
「PKの殲滅が済んだあとのことなんだけど、色々と話し合いがもたれて、そのうちに王子様がジャックさんたちをこの地に釘付けにするようなことを言ってしまったって話になったの」
帽子のつばを人差し指で持ち上げ、クロネはニヤリと笑う。
「王子様が気に病んでて、わざわざお迎えを寄越したって状況。わたしはその付き添いってわけよ」
「わけよと言われても、色々説明が足りない部分を感じるな」
「まぁまぁ、ここじゃなかなか説明しきれないし。とりあえずこのアーバスさんの顔を立てるってことで駐屯地に向かいましょ」
それにしても急な展開である。だがそれも踏まえてジャックは決断した。
「了解した、皆を呼んで来るとしよう。どのみち、君らの方からの話がなければ、動くに動けなかったところだ」
「それにしてもPKをなんとか出来て良かったにゃ」
道すがら、どこから会話の口火を切ったものかと、互いを牽制するような皆の雰囲気に終止符を打ったのは空気を読まないクララだった。クロネがそこに調子を合わせる。
「ほとんどが拠点に集まってくれていたからね。こちらの襲撃前から街に出ていた奴らなんかを捕り逃がさないよう、今の公都は入出時のチェックが厳になってる」
こんな処置、随分と久しぶりなことだそうよとクロネが指を振り振り状況を説明すると、同行中のアーバスが頷く。
「ここ数十年、公都周辺で物騒なことが起きた例はなかったからなぁ」
状況を知らず、ボリアDにのこのこと戻ってきたPKは昨日のうちにそこそこ召し捕られたとクロネは続ける。そんな彼らの戦利品は没収、あるいは無事に保護されることとなった。
「でもこっちもPK勢の全容をきっちり把握できてるわけじゃないから、どうしても取りこぼしは起きるだろうけど」
「そこが困りどころだよなぁ」
公都から訪れた二人、クロネとアーバスのやりとりにはどこか疲労感めいたものが滲む。ラエルガスに残り活動していた者たちがどう口を出したものかと互いの顔を見合わせる中、厳しい表情のジャックが口を開いた。
「PKたちがまだ公都に残存していたとしても、時間が経てばさすがに状況を認識するだろう。派手なことは出来なくなるはずだ」
ことここに至り、そこまで無茶でも馬鹿でもあるまいというジャックの言い分にはクロネが首を振る。
「いやわからないよ、やつら本当に馬鹿だったし」
「そんなにかよ」
うんざりといった調子でアインが重い溜息を吐く。
「いや本当にね? お子ちゃまなアインはもちろん、サーラちゃんやカッコさんがいなくて良かったってイベントが目白押しだったのよ?」
その少々ふざけた言い様とは裏腹に、クロネの声音には楽しさの欠片もない。
「それは18禁方面の話かにゃ?」
「18禁方面の話ウサ」
クララのストレートな問いに、普段は付けもしない語尾で応ずるクロネ。そこに至極シリアスな雰囲気を逆に感じ取り、女性陣は怖気を堪えきれず固唾を呑む。
「それでね、どう切り出して良いか悩んでたんだけど、ぶっちゃける」
クロネの深呼吸する口唇に、皆の視線が集まった。いたましげな表情を浮かべるアーバスの様子に気づいたのは、わずかにジャックのみである。
「キーちゃんと再会できました。まずは朗報ってことで」
道の真中で歓声が上がる。何ごとかと道行く人が振り返るが、一行はとても気にしていられなかった。消息が得られていなかった仲間が無事だったことに皆が安堵し、チョコなどは目の端に薄っすらと涙を浮かべる。そんな仲間たちに、クロネは残酷な事実を告げねばならなかった。ウサ耳少女はしばし歯を食いしばる。
「――そしてここからは良くない話。今ごまかしてもしょうがないから教えておくけど、キーちゃんはPKに捕まっていて、性的虐待を受けていました」
喜色から一変、いかに前振りがあったとはいえ、仲間たちの表情は凍りつく。悲しげなため息は、誰からこぼれたものか。
「それと、キーちゃんの話だとアルさんは割りと絶望的かもしれない。アルさん、当時西の狩場でパーティーを組んでた面子に不意打ちで半殺しにされた上、武装解除されてそのまま置き去りにされたらしいの」
「――それは、さすがのメイン盾でも無理ゲーか」
皆が息を飲む中、唸るゴーリキに厳しい表情のジャックが応じる。
「パーティーを組んでいた相手にいきなり襲われたのではな。その連中が悪質なPKかどうかなんて、余程悪名を馳せてなければ注意するようなことでもない。少なくともあの時までは、ゲームでしかなかったわけだし」
「キーちゃんとアルさん、互いが相手を人質にされたみたいな状況になって、どうしようもなかったって」
話してくれた時のキトンの泣き崩れた顔を思い出し、クロネの声も自然と固くなる。
「奇跡でも起きなかった限り、まず生き延びられてる状況じゃないと思う。楽観はできないって、向こうのみんなの意見も一致した」
声もない一行の足が止まる。しばらくして、やりづらそうにアーバスが咳払いで皆の注意をうながす。
「気持ちはわかるが、とりあえず足を動かしてくれ。そうすれば今日中にもキトン様の元気な顔も拝めるさ」
「今日中?」
「キーちゃんもこっちに来てるのかにゃ?」
アーバスの言葉にアインとクララが聞き返す。
「あ!? そもそも絶賛転移妨害中なのに昨日の今日でなんで二人が公都からここまで来れたんにゃ?」
「ようやくそこに気づいたかねクララくん」
そう言えばと互いの顔をうかがい合う一行を他所に、わずかに調子を取り戻したクロネがドヤ顔を見せる。
「わたしたちの仲間、頼れるスピードドラゴン様が昼飯前にやってくれました!」
芝居っ気もたっぷりに、ローブをマントのようにさばいてみせると、クロネは高らかに宣言する。
「みんなを空の旅に招待よ!」
「木製の客室で超音速飛行とか、二度と経験したくないにゃ……」
豪奢なカーペットの敷かれた床にへたり込んでガクガク震えるクララ。そこに冷たい視線を投げかけつつアインが通り過ぎる。
「ナニしゃがみこんでんだよバカネコ。みんなとっくに行っちまった、俺らもさっさと降りるぞ」
一行をラエルガス駐屯地で待っていたのは、古龍としての本来の姿、巨大な翼持つ獣に戻っていたバーテニクスであった。彼は各方面からの要請を受け、ゲーム時代の役目さながらに旅客機の真似事を買って出ていたのだ。
往路では駐屯地に帰還するラエルガス監視団員を、復路はジャックたち一行を乗せ、灰色の翼は音の速度を越え、北東ラエルガスの空をわずか一日にして往還してのけた。
【何を心配したのか知らないけど、シュークリーム食べ放題に賭けてヘマをするつもりはなかったよ】
その内容からしていきなり不安になる《交感》に、クララは悲鳴を上げる。
「シュークリーム! 今シュークリームって言った!!」
【龍がプライドを賭けるには、十分過ぎる対価さ】
「おまえら漫才はそのへんにしとけよ」
公都ボリアが備える閲兵場にバーテニクスは舞い降りていた。《龍姫》アグリーズと縁の深いこの公国は、公式に龍を迎え入れる際には、この巨大な閲兵場を開放するのが習わしとなっている。
アインに促され、遅ればせながら下船したクララは、ここまで自分を運んできた舟状の客室を振り返った。美術品と称しても過言ではない、きらびやかで美しい客船と言った趣のあるそれを見上げつつ、しかし与圧や室温管理などとは縁遠いこと間違いなしなことに、下手に知識を持つオタク女子はブルリと身震いする。
「おファンタジーコワイ、おファンタジーコワイ」
「妙なところで怖がるもんだな?」
流石にちょっと心配になったアインはクララの目の前に回り込んで顔色を伺う。
「おーい、大丈夫かー、頭は確かかー」
過日に剣士二人、どつき漫才のごとく悪口雑言のチャット応酬でじゃれあった相手である。クララの「そこは気は確かかーって言うところにゃ!」くらいのツッコミを期待したアインの軽口だったが、実際の返答はひどく柔らかな感触による抱擁だった。
「おねーさんは今さっきの恐怖体験で頭が確かじゃないですにゃ、ガクブルですにゃ。アーちゃんを愛でて正気に戻りますにゃ」
クララの豊かすぎる胸にかき抱かれ、アインは必死にもがくも振り解けない。小柄なアインを抱っこしたまま、クララは今一度自分たちを空輸してきたモノを見上げた。
巨大な客室を前肢で器用に抱え、誘導する公国兵に頷きつつ地響きを立てて遠ざかっていく巨龍の後姿を沈黙で以って見送る。
【アイン、多分そっちが先に会うことになるだろうから、お片付けまでこなすサービスの良さをタリアにアピールしといてよ】
「色々と台無しだにゃ……」
自分にも届いた古龍の余計な一言に、流石のクララもゲンナリせずにはいられない。
「動画サイトで見たゲームのバーテニクスとはえらい違いにゃ」
「でもこっちがホンモノだぜ。ゲームの時のステレオタイプなスピードドラゴンより、俺は好きだな。良いいヤツだし」
さらりと言ってのけるアインに、クララはわずかに目を瞠るもののすぐに笑顔を浮かばせる。
「アイン、あんたのその性格、ロリっ子にインストールされてると実にイイにゃ」
「はぁ? 訳わからんわバカネコ。というかいい加減離せこのロリコン!」
ぎゃーぎゃーと喧しく、少しばかり遠くなったジャックたちの姿を追いかける。
「こんな可愛い子でも中身がアインなら遠慮せず色々できるにゃ。TS万歳にや」
「いやいや遠慮しろよ」
「だけど中身がアレとわかっててもチョコちゃん相手には遠慮してしまうにゃ。あの雰囲気は冒しがたいにゃ、不思議!」
「何でだよ、ただの差別じゃねーか! でもなんとなくわかるわソレ。あとアレって言ってやるな」
オタク魂を内包した美少女剣士が二人、そんな軽口を叩き合う。
「昨日からこっち、アインとバカ話してると異世界に来てるってことが不思議に思えるにゃ」
「そうか? 今更じゃね?」
「うーん、なんというかこっちの面子では普通に異世界ファンタジーやってたんだけど、アインと絡んでると色物感が混じるというか……」
「……まぁなぁ、金髪ツインテ俺っ子ロリ剣士で中身がオタとかアレだよな」
「自覚はあったんだにゃ」
「いや、今おまえに色物とハッキリ言われて自覚した」
目と鼻の先にあるムスッとしたアインの表情に、にゃははとクララが明るい笑い声を上げる。
「さて、ちょっぴり回復したところで、現実と向き合いますかにゃ」
「ん」
アインを開放しながら、クララは先に行った仲間たちに囲まれている少女を見つめる。同族の少女のネコミミが機嫌良さそうに揺れる様に、チクリと胸が痛むが努めて何でもない風を装う。クララは敢えて読まない時は別として、ちゃんと空気の読める大人の女なのだ。そう自分に言い聞かせる。
「キーちゃん、久しぶりだにゃ!」