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決戦世界のタリア  作者: 中村十一
第二章 再会のまれびとたち
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40.生き延びた朝に その3

「俺が承知しているのは――」

 アヘッドは何でもないことのように口にしかけて、それではまた相手を苛立たせることになるだろうと、多少なりとも神妙な態度を取り繕う。

「俺を助けたのは女神さまの気まぐれだった、ということくらいだ」

「何だと?」

 アイルトンとその仲間たちの態度の変化は劇的だった。不安げだったノームの少年や獣人族の少女、エルフの青年は言うに及ばず、ヒト族の巨漢も珍しくその鉄面皮を崩した。どの顔にも、驚愕と不信の感情が浮かんでいる。

「あの時と――転移だか転生の時と同じだ。情報の津波を食らって、あとはもうそのことについて承知した自分が残される。TSに殺されて、お前たちに蘇生されるまでの出来事だ。はてあの時間は長かったものか短かったものか」

 アヘッドは自分の境遇に奇妙な面白みを抱いていたが、そう思える自分は他人からしたら理解し難いのであろうと、自然とこぼれそうになる笑みを堪える。

「要約すると、見所があるから一度だけチャンスをくれた、ってことらしい」

「そのチャンスをもらったのは、お前だけなのか?」

 何とか絞り出した様子のアイルトンの問いに、アヘッドは首を振る。

「それはわからない。しらされなかったからな」

「どうしたらそんなヒイキをしてもらえるのさ」

 ノームの少年のすがるような声に振り向く。彼の深刻な眼差しにも、アヘッドは益のない返事で答える。

「俺のどこに見所があったのか、そのことについても殊更しらされなかったよ」

 嘘は口にしていない。しかしアヘッドの返事は十全とも言い難い。心当たりがないわけではなかったが、そのことを彼は口にしようとは思わなかった。

 そのネタバレは、してはいけないことだとアヘッドの直感が告げている。

「なるほど。だから女神の気まぐれ、なのだな」

 いつの間に持ち直したものか、普段通りの鉄面皮で頷いているヒト族の剣士に、故にアヘッドは何食わぬ顔で相槌を打つ。

「そういうことだ。だからそれを当てにして、ちょっと死んでみようかなって博打はおすすめしない」

 アヘッドがそう冗談めかすと、流石にそれはねーよとアイルトンが苦笑を浮かべる。

「おまえを俺たちが見つけやすいような場所に移して、ご丁寧にピカピカ光らせてたのは女神の仕業ってことか」

「だろうな」

「なんか助け方がハンパじゃない?」

 アヘッドとアイルトンのやりとりに、ノームの少年が呆れ顔で口をはさむ。

「ああ、そこはちょっと違うんだ。俺がこうして蘇生されるかどうかってのは俺の運次第。女神さまの与えてくれたチャンスってのは、俺たち偽神同士が殺し合ったあの窮地から救い出したところまでってことらしい」

 自分の死体がアイルトンたちの目にキラキラだかピカピカ光って見えたという話を聞くに、だとしたらアルテミエルはそれでもアヘッドが生き延びられるようにと多少は便宜を図ってくれたのだろう。

「ずいぶんと回りくどいな」

 アイルトンは呆れ顔を見せるが、対してアヘッドの方は表情を改める。

「ルール違反ぎりぎりの線、という説明だった」

「ルール違反だと?」

 アヘッドの口にした言葉に聞き捨てならないものを感じて、アイルトンはオウム返しになる。

「女神さまと対局するアウターズと、何かしら取り決めみたいなものがあるんだろう。そういったものがあるってことくらいは、俺たちが知っていても問題にならないってことだな」

 積極的に教えてはくれないが、ある程度勘ぐられても構わないというアルテミエルの態度には、アヘッドとて困惑を覚えないではなかった。はて、自分たちはあてにされているのかいないのか。

 しかしその疑問も、所詮神ならざる身の自分には推し量れないと、アヘッドは諦念で以って拭い去っていた。

「まぁそんなものがあると知ったところで、ゲーム盤の上の駒みたいなモンな俺たちにはどうしようもないか」

「そういうことだ」

 アイルトンの結論に頷くアヘッドに、今まで口をつぐんでいた猫耳少女が手を挙げる。

「ワタシからも質問」

 不敵だった女魔導師さまが随分と様変わりしたものだと、その憔悴した彼女の様子に内心眉をしかめる。アヘッドが先を促すと、少女は淡々と口にした。

「PKのみんなが全滅したって話の確度。あなたは多分という言い方をした」

「――《作戦室》で会議、というかグダってたところに敵が雪崩込んできたんだ。モリンを欠いていた現場は警戒が手薄というか絶無になっていてな。敵の密偵系は浸透済み、人質を利する暇もなく二方向から襲撃されてあっという間もなかった」

 PKKたちの苛烈なまでの攻勢、その時を思い出したアヘッドは矢頭薫の感性に由来した怖気に肌を泡立たせる。

「こっちが対戦慣れしてるからどうとかってのも、まるでアドバンテージにならなかった。戦意とでも言うのか? そう言った意気が、ゲームでの対戦とこっちでの殺し合いでは、俺たちと奴らPKKとでは逆転していた気がする」

 アヘッドが吟味するように話す言葉に、この場に生き延びたPKたちは固唾を呑んで耳をそばたてる。

「俺たちのギルドは位置に恵まれたせいでなんとかその場を切り抜けることが出来たが、他の者が同様に出来たとは思えない。結局うちの面子でも、今ここに居るのは俺一人だしな」

「――そう」

 魔導師はため息を吐くと、来し方を振り仰いだ。その方角、街道の向こうにアイルトンたちが逃げてきたボリアの街があるのだろうと、現在位置を知らないアヘッドは見当をつける。

 魔導師の少女の、杖を握る拳に力が籠められる。そこに得物が存在するという感触に、縋っているかのようにアヘッドには見えた。

「TSに、俺たちを根絶やしにするつもりかって訊ねたら、酷く真面目に肯定されたよ。公国を納得させるためにもそうしなければならいって。多分アレは、PKKの総意だったはずだ。お前たちはもう人に非ずってね」

 自嘲気味にほろ苦く笑むアヘッドに、ノームの少年が疲れた声で応じる。

「NPC相手や対戦ゲーのノリで、滅茶苦茶したからねぇ」

「今になって冷静に考えれば愚かだったと言うしかないが。もはや詮無いことだ」

「蹂躙された側はそうも言ってくれんさ」

 ノーム少年のぼやきを巨漢の剣士は切って捨てるが、アイルトンはそれに否を唱える。

「詮無いことでは済まされない。向こうの事情はそうだろうが、だからといって大人しく首を差し出してやるつもりもない。よって俺たちは逃げるワケだ」

 魔導師が見つめるのとは逆の方向、街道の行く末へと戦匠は視線を転じる。

「で、アヘッド。お前はどうするんだ? 挑むべき相手、TSとの再戦を所望して引き返すのか、俺たちは付き合わんぞ?」

「おいおい、俺だって一月前まではただの一般人。どこに出しても恥ずかしくない現代っ子の一人だったんだぞ?」

 アイルトンの言葉に、アヘッドは首を振る。

「異世界でぼっちプレイなんて無理に決まってるだろう、お前らの仲間に入れてくれ」

 アヘッドが差し出した右手を、アイルトンはホッとした様子で握り返した。



 アヘッドを加えたアイルトンたち一行は、先にアヘッドに話したとおり、街道を南へと辿っていた。目的地を訊ねたアヘッドに、アイルトンはリネラブールへ向かうと告げた。

 ゲームにおいてはPCの利用がそれほどでもない、通常の育成ルートから外れたいわゆる過疎マップと呼ばれていたその港街なら、何かと都合が良かろうというのがアイルトンの判断だった。

「イーストポートへの船便もあるしな」

 イーストポートと、その機能からくる名前を付けられたラフォニス島東端の港は島の西方に位置する大陸への航路を擁するとゲーム時代の設定にあった。最悪の場合、大陸への逃亡も視野に入れているアイルトンとしては、リネラブールの街でその辺の情報も仕入れたい所だったのだ。

 こうして誰もがそれぞれの思考に埋没しながら、いっそ自動的と言っても構わない体で黙々と歩を進める。他に倣ったわけでもないが、アヘッドも同様に一人物思いに沈みながら足を運ぶ。

 タリアが挑むべき敵だという認識は変わらず胸のうちに在るのだが、すぐにでも再戦したいという意欲は流石に湧いてこない。

 もはや敵地と言っても過言ではないボリアに単騎で引き返してみても、折角女神やアイルトンたちに拾って貰った命を無駄に捨てるだけで益はない。その様に分析するアヘッドの思考とは別に、あの窮地を脱した矢頭薫は、端的に言って命が惜しくなっていたのだ。

 殺し合いという狂乱の中で、常軌を逸していた精神状態が落ち着きを取り戻してみれば、そんな心持ちになっていた。タリアとの死闘によって高揚していた戦意もとうに鎮まっている。

 現状ではタリアに勝てないというアヘッド目線な分析も、薫は冷静に受け止めることができていた。

 一夜にして喪われた仲間たち。タリアの件と共にそれらも脳裏に渦巻いている。喪失感と生き延びた安堵感が、代わる代わる去来してはアヘッドの思索をあちらこちらへ散らかしてしまう。

 アイルトンたちにはああ言ったが、自分同様にチャンスをもらった者は居なかったろうか。生き延びてみれば、そんな楽観も頭をもたげてくる。しかし、だとしたら自分が生き延びやすいようにアイルトンたちと合流できるよう計らってくれたアルテミエルが、わざわざ他に該当した者を分断するだろうか。そんな風にも考えては、また絶望に沈む。

 自分の命が拾われた理由。ノームの少年にはそれは女神から明かされていないと突っぱねたが、アヘッドは何となく見当がついていた。

 もう何度目になるか、タリアとの戦いを思い出す。あの渦中で自覚するに至った《偽神》としての本懐こそが、自分を女神に認めさせた理由だろうと、アヘッドは確信していた。

 あの、まさに戦うことのみを追求し、死闘の内にこそ歓びを見出すという度し難い感覚。薫が目を背けるそれを、アヘッドは宝物であるかのように感じずにはいられない。

「格下キャラ相手に、まったく勝てる目が思いつかない」

 タリアとの戦いを反駁するうち、それは脳内シミュレートへと移り変わり、何通り目かの敗北に決したところで、アヘッドの口からポツリと独り言がこぼれた。それを、アヘッドの先を歩くエルフの青年――エリクセンが聞きつけてチラリと振り返る。

「なんだ、やはりすっぱり諦めたわけじゃないんだな」

 エルフらしい端正なその横顔に苦笑が浮かぶ。

「TSをやり込めることでも考えてなきゃやってられないと思ったんだが、どうやら逆効果らしい」

 肩をすくめるアヘッドに、エリクセンは難儀だなと呆れたようにため息を吐いてみせる。

「それにしても格下キャラってのはどういうことだ? 伝説のPKKはアローヘッド先生の見立てではレベル下だったと?」

 興でも乗ったものか、エリクセンは歩を緩めると最後尾を歩いていたアヘッドの隣へと並びながらそんな風に聞いてくる。

「レベル下と言うか、オーバード未満だった」

「オゥ……」

「繰り出す一挙手一投足はこちらの方が上だってのに届かないんだ。ほとんどすべてがそのわずか先で(かわ)されて、やっと届いたかと思うとその先は潰される」

「それはまた、むきになるのもわかるね」

「だろう? まぁ対戦ゲーなら連敗パターンだ」

 気を紛らわすように声を上げて大きく伸びをする。その横でエルフの青年が仲間向けの気遣わしげな視線を送るが、アヘッドは気づかない。何気なく見上げた空に彼の目は釘付けになっていたからだ。

「――なんだ、ありゃ?」

「え?」

 アヘッドの猟兵としての視力が、彼らの行先、南方から高速で飛来する物体を捉えていた。

「――ドラゴン」

 アヘッドの言葉に、一行は慌ただしく空を仰ぎ見る。

 遙か高く。蒼穹を背景に銀色の翼持つ獣が、彼らの頭上を通り過ぎる。

 それは僅かな時間で、ドラゴンは地上のことなど気にもとめぬげに北の空へと遠ざかっていく。

 アヘッドの目はドラゴンの紅のたてがみを判別していた。銀色のドラゴンを彩るそれは酷く美しく見えたが、同時に不吉なもののようにも見えて、アヘッドはしばらく北の空から目を離せなかった。


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