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決戦世界のタリア  作者: 中村十一
第二章 再会のまれびとたち
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37.散る光

 アヘッドがゲーム時代に手に入れたダガー《ナパーム》は、火炎系の攻撃能力を有した魔法の武器(マジカルウェポン)である。

 ゲーム上では、詠唱扱いの動作アイコンを操作することでギミックが発動した。その機能はこの世界に在っても健在で、キーワードの発音によって効果が発揮されるように変わっている。

 魔法の炎が、目標の小さな身体を穿うがつ。だがアヘッドの握った栗色の髪の束が、まとめて断ち切られる方がわずかに早かった。

 タリアはわき腹から血と肉片、金属の破片を撒き散らしながらも致命傷を避けてのける。火炎攻撃の成果は見た目ほど大きくない。己が頭髪という束縛を自ら切り離したタリアは、アヘッドから十分に間合いを開く。追撃の踏み込みは、ツイングレイヴによって阻まれる。先ほどのような強襲は許さない――そういう剣筋であった。

 口角を血で泡立たせた、内臓の危険な部分をも損傷したであろう少女を、アヘッドは睨みつける。対する敵は、《偽神》の面目躍如といった体で健在であった。

 アヘッドは自分の発動句トリガワードと重なる敵の詠唱を耳にしていた。タリアは組み合う中でも詠唱を初めていたのだろう、さきに聞いた小さな苦鳴は、そのさなかに漏れた呼気だったのかもしれない。シールドのたぐい、あるいは持続回復の魔法でも使ったものか。

(――しぶとい)

 ゲームからこの世界に移ったことによって、いくつもの『決まりごと』がその様相を変じている。

 魔法職に(マジックユーザー)課せられた、詠唱時に足が止まるという、極めてゲーム的なバランス上の都合による制限はもはや存在しない。彼らは自由自在に駆けながらでも魔法を行使してのける。

 足を止めて魔法を使うこと自体には、少なからず意義が残されている。移動状態では当てるのが難しくなる投射型魔法の狙いを定めるためであったりするのだが、対象を自身の身体とするような、例えば回復魔法であるならその意義も薄い。

 タリアは間合いを離す合間にも素早く血反吐を噴いて捨て、淀みなく回復魔法の詠唱を済ませてのけた。

 口内の異物が魔法の正確な詠唱を妨げるという現実リアルを既知として、慌てる素振りも見せなかったタリアである。彼女もまたこの世界の戦いにおいて、すでにそれなりの血を流してきたということなのだろう。

 大回復魔法にこだわらず、詠唱妨害によるロスをリカバリーしやすい小回復魔法で隙なく処置するあたりに、タリアのPvPに対する慣れも感じる。

 安易に胴への攻撃を選択した数瞬前の自分をアヘッドは呪った。アーサーを無力化した時のように急所を狙うべきだったが、そう簡単には楽にしてやるものかという邪気が判断を誤らせた。

 キーネを破った敵を、改めて見定める。痛撃を受けた直後にも拘わらず、ツイングレイヴを構える姿は闘志をたぎらせたまま。数回の小回復魔法で復調した少女からは、不退転の意志が窺い知れた。

 先ほどまでの激しい動から今現在の全き(まった )静へ。互いに戦意を内包しつつも、二人は鏡合わせのように静止する。

 自分より性能の劣るタリアに苦戦することに、薫は幼き日を思い出す。子供の時分、女だてらに対戦ゲームを楽しんだのは、二人の兄と遊ぶためであった。

 キャラクター性能にハンデをくれる兄たちに、それでもまるで敵わなかった頃とよく似た焦燥を覚える。

 対戦ゲーム、とりわけ一対一のそれは、相手との読み合いに終始する。幼い頃の薫はしばらくその機微に気づくことなく負け続け、気づいてからも兄たちのパターンを読みきれずにやはり負け続けた。たかがゲームではあったが、兄たちと伍するようになるまで、それなりに長い時間が必要であった。

 タリアとの度重なる打ち合いの中で、アヘッドは気づかされていた。ツイングレイヴを巧みに操る小柄な使い手。格下の僧兵でありながらPvP特化の剣匠であるオーバードのキーネを単騎で屠った、非常識な敵。《人喰い》を破った《トイ・ソルジャー》は健在であった。

 ただのPvP好きプレイヤーにすぎなかった薫が、ゲーム時代の合戦の場においては、いくら望んでもついぞまみえることの叶わなかった相手。

 それが今、こうして自分の目前に立ち塞がっている。

「今頃のこのこ出て来やがって」

 皮肉な巡り合わせに、アヘッドは苦笑で口元を歪ませる。そんな彼を見据えたまま、目の前の敵は透徹として揺るがない。自分を無慈悲に断罪するのは、幼さをわずかに残す少女。その容姿とは、およそ不釣り合いな冷酷さを帯びたタリアの佇まいに、《偽神》の人であらざるものとしての一端を垣間見た気になる。唐突な自分のこの認識に、アヘッドは妙に得心した。

「俺たちを人じゃないと断じたよな。だがそれは、あんたらにも言えることだ」

 八つ当たりめいた安い挑発だったが、それはアヘッドの率直な言葉であった。やはり無表情なままで、タリアは答える。

「言いたいことはわかる。だけど、それが君たちのしでかした暴虐を赦す理由にはならない」

「だから根絶やしにするって? なにもかもなかったことにして、この穴蔵に封じ込めると決めたワケか」

「そう――むしろ同類であるからこそ、示さなければいけない態度がある」

 悪びれた様子など微塵もなく、少女のかたちをした《偽神》は宣告する。

「公国の人たちが抱いた恐怖や怒りを反転させるには、劇薬が必要だ」

 タリアのその、外見にそぐわない言い様は大人びていて、そして苛烈だった。社会的な生存権を守るという打算含みで動いているタリアたちと、幼稚な衝動で暴走した自分たちでは心構えからして違いすぎたのだと、アヘッドは理解する。

「友だちのために怒れるのなら、君は、キーネや仲間たちにこそ怒るべきだった」

「それができるほど、俺は勇敢じゃなかった」

 今更すぎた言葉を交わしながらも、二人は互いに相手を殲滅するための機を探りあう。すでに妥協点はなく、殺すか殺されるかしか道はない。タリアはこの戦いの最大級の脅威であったアヘッドを逃すわけにはいかず、アヘッドも目の前のタリアすら倒すことができなければ、ここより逃げおおせることは到底叶わない。

 しばしの停滞ののち、先に仕掛けたのはまたもやアヘッドだった。コンパクトなモーションで唐突に投擲されたダガーが、にも拘わらず恐るべき速度で飛翔する。そして追い討ちを掛けるように、先に仕掛けることを選択させた着想をアヘッドは試みる。

「〈爆ぜろ〉」

 アヘッドの一手を読んでいたかのように、跳躍で以って回避しようとしたタリアを《ナパーム》から発せられた爆炎が襲う。タリアの瞳が驚愕に見開かれる。自分の奇策が熟練の対戦プレイヤーの読みを上回ったことに小気味よさを覚えながら、そのわずかに生じた隙を突こうとアヘッドは肉迫する。《ナパーム》の代わりに呼び出した長剣を引っ提げて迫るも、自分の思考にもまた限界があったことを、彼はすぐに思い知らされた。

 意識の外側から不意に鼻面まで迫っていたダガーを回避し得たのは、読み合いとは別次元の、アヘッドの肉体の性能のおかげだった。反射的に回避したそれが、タリアがお返しとばかりに放って寄越した投擲ダガーだったと気づいたのは後からだった。

「切れる札が多すぎる、これだから僧兵ってやつは!」

 様々な武器スキルを修めていなければならないため、武芸百般などと揶揄されることの多い僧兵に思わず毒づく。愛刀の一つを代価にしたアヘッドの一手は、敵手の牽制により封じられた。追いつくタイミングは失われ、離脱を許してしまう。そして逃れた敵は詠唱に移る。やがて紡ぎ出された発動句の響きには聞き憶えがあった。この世界に来てからアヘッドも仲間からの支援として耳にした高速運動の支援魔法。これがあるから僧侶系は厄介だと、アヘッドは舌打ちする。そしてそれは、タリアが勝負に出たサインであるとアヘッドは受け止めた。加速中のタリアを追い切れないものの、万が一にもアーサーの蘇生を試みられないように進路を塞ぐ。

 またしてもダガーが飛来する。つるべ撃ちで迫るそれを、アヘッドも同様に投げたダガーで迎撃した。互いのダガーが宙空で火花を散らした直後、二人の手にする刃がぶつかり合う。互いに弾かれた勢いのまま旋転、威力をはらんだアヘッドの蹴撃を、ほんのわずかスピードの上回るタリアがぎりぎりのところで躱してのける。

 破壊力をこめた蹴り技の不発によって崩れそうになる己が体勢を、アヘッドは尋常ならざる筋力で無理矢理抑えつけた。それくらいのことをやってみせなければ、加速中の相手の隙を捉えるには足りない。

 空振りの凶器、蹴りとして放った足が接地する。回避から攻勢へと移ったタリアの〈強打〉を防御。その衝撃を全て受けきった。タリアの姿勢が崩れ――ない。

「バケモノがっ!」

 少女は強力な斬撃を弾かれた反動をものともせず、逆にそれを利して宙を舞う。バク宙からの蹴り(サマーソルトキック)が、アヘッドの備えていなかった方向から迫る。ハンマーと化した鉄靴により、下方から腕を打ち抜かれる。アヘッドのガードは崩された。

 現実世界で加速支援を得た敵とは、かくも恐るべき相手なのか。かつてこの世界でも振るった力の真の価値に、自分は気づけていなかったのか。

 タリアの連携攻撃が迫る。強烈な悪寒を従えて迫ってくる。床に打ちつけたツイングレイヴを軸にして、後方宙返りのフォロースルーさえも無理矢理キャンセルした《偽神》の回し蹴りが、アヘッドの胸甲を叩く。

 アヘッドの認識力に、辛うじて肉体は追従した。わずかに為し得た後退が、やはりわずかばかり蹴撃の威力を殺してくれる。それでも《偽神》の身体を存分に使い切ったと思しき技の威力は、格下が放ってきたとは思えないほど強烈だった。自分の呼吸が普通ではない。

 弾き飛ばされる寸毫の間に、片手にポーションを呼び出す。口の中を傷つけるのも厭わず、細い陶器の口を噛み砕いて嚥下する。お上品にやっている暇などない。デタラメな処置だったがバケモノ相手だ。眼前のそれから目を逸らす余裕はない。まだ追い縋ってくる。

 ポーション瓶を投擲。敵は回避。その小さな隙を突く。鋭い呼気と共に、口内に残ったポーション瓶の欠片を、タリアの顔面めがけて噴き飛ばす。それは十分な凶器となる威力を備えていた。

 わずかに避けそこねたタリアの頬が裂け血飛沫が舞う。

 幾条かの髪の毛が千切れて彼女の背後に抜ける。

 自分もまた、敵に引きずられるように常軌を逸し始めていると感じてアヘッドはわらう。ここに至り、強敵との戦いが、自分の殻をどんどん剥ぎ取っていく。

 ゲームではあり得なかった奔放な武技、邪道なる妙手の応酬に、アヘッドの中を巡る《偽神》の血潮が歓喜をはらむ。

「なぜだ、愉しすぎる!」

 巨漢の闘士は凄絶に吠える。しかし彼は、唐突にこの愉悦の理由に気づいた。

 女神の望むところ。彼女の駒たる《偽神》の本分は戦いであると。

 その理解は薫由来の怒りとなって意識に浮上するも、波濤はとうの如きアヘッドの歓喜の前には波間に沈む小舟のように砕け散る。

 ツイングレイヴが颶風ぐふうをまとって迫る。はやい――かの世界であげつらわれた欠点が冗談のような剣速で迫る。《偽神》とはやはり《偽神カミ》であって人ではない。所詮人でしかなかったプレイヤーの常識を、斯くも軽々と超えてくる。

『その力を持ちながら、人の世にいつまで埋没できるか――』

 アヘッドは刹那の意識下で嘲る。身体はバックステップの只中にあって長剣を身構える。そこへ、《トイ・ソルジャー》の闘志を込めた一撃が達した。

 初太刀は弾き、そらしえた。しかし奇態なる刃金は瞬時に翻り、代わりとばかりに繰り出される対成す刀身がの二の太刀を為す。

「南無三!」

 横斬りに襲いかかる異形の刃に、アヘッドは左腕を差し出す。革製の体を取りつつも、その実鋼鉄のような防御力を誇る小手もろとも左腕が絶たれる。それを為した刃はいつのまにかツイングレイヴのそれでなく、蒼い刀身も凶々しい細身の大剣だった。

「なんだそりゃ」

 それでも、それでもだ、左腕を捧げた甲斐はあった。ごくわずかに、タリアの動きに隙が生じている。アヘッドの面に獰猛な笑みが浮かぶ。

 アヘッドは自らを振り絞る。掛け値なしの全力で以って、〈貫通〉(ペネトレイト)をタリアの心臓めがけて――

 アヘッドの長剣が貫いた的は、小柄な少女の腹部だった。アヘッドが反撃の機と捉えた瞬間は、すでに逸していた。それは左腕の喪失による平衡感覚の錯誤を、無意識化に正そうとした故の遅れであったと、アヘッドにも気づけない。

「これでも足りないのかよ」

 左肩が粉砕される。そのまま、蒼い刃がアヘッドの体内を侵撃する。《偽神》の身体はそれに佳く抗っ(あらが )た。それでも敵の《偽神》が振り下ろした斬撃は、ついに急所へと至る。

 アヘッドは力の源が失われていくことをはっきりと知覚する。視界から急速に光が去っていく。《偽神》としてのアヘッドは健在であるのに、現し世の器である肉体の死が、彼を不自由な存在へと貶める。暗闇の中で、憑き物が落ちたように薫は思う。

『悔しいなぁ』

 致死の直前に得た凄絶な痛みもすでに遠ざかっている。当然だ。痛みとは、生者にしかもたらされない。あとはこの自分が、滅びの時を迎えるのを待つのみだ。

『香澄、ゴメン――』


 心臓を破壊されたアヘッドの身体がその動きを止める。とどめを――《偽神》を殲滅するための後処理をするべく、タリアは《ナーズユーブ》を引き抜こうと力を振り絞る。腹腔を貫いたままのアヘッドの長剣が、彼女の意識をガリガリと削っていく。

 出し抜けに、アヘッドの身体に異変が生じた。猟兵の巨躯が、砂の像のように解けていく。崩れる端から、光を放って宙に舞う。乱舞するそれは蛍の群れのようでしばし上昇すると仄かな光を散らして消えていく。

 タリアはこの怪異を呆然と見守るしかなかった。しかし、ついに自分を貫く長剣を握ったアヘッドの右腕までもが光に侵食されると、さすがに我に返らざるを得ない。自分も光に飲み込まれるのではないかという恐怖がタリアを動かす。

 とっさに《ナーズユーヴ》を捨てると、主を失ったアヘッドの右手に己が両手を添えて、諸共に長剣を引き抜く。その途中でアヘッドの右手も虚空に消え、重い音を立てて長剣が床に転がった。それもやがて光の粒子となって、床に点在する血痕だけが死闘の跡を留めている。いつの間にか、先に斬り飛ばしたアヘッドの左腕も消えていた。

「何が起きたんだ」

 無意識にこぼれたタリアの言葉にも返事は返らない。今この広間に残る生者は、タリアただ一人だ。

 この夜の戦いで滅ぼされた《偽神》のうち、アヘッドのように消え去った者など他にいない。たった今起きた現象を、どのように理解すべきか。確かに致命傷を与えたという感触もあり、その証拠にアヘッドからの反撃もなかった。何を手がかりにこの消失の原因を探るべきかという先の見えなさに、堂々巡りになりかけたタリアを我に返らせたのは、自分の身体がしきりに訴える激しい痛みだった。


 魔法の力で自分の回復を済ませた後、アーサーの蘇生に掛かる。綺麗に喉元を絶たれた彼は、回復魔法を受けると何事も無かったように目を開いた。

「大丈夫ですか?」

 ごく自然に藤崎成分が引っ込んだタリアのその声に、アーサーの瞳がはっきりと焦点を結んで向けられる。そこには何の動揺も見受けられない。彼はむくりと上半身を起こすと、座りを整えるように数回首を振る。

「ありがとうございました。こうしてタリアが起こしてくれたということは、アヘッドを退けられたということですか」

 周囲を見回した彼は、おおよそ事情を察した様子でタリアに振り向いた。

「難敵をことごとく斃してしまうとはさすがタリアですね。昨夜に覚悟を決めてくれだ何だと、偉そうなことを言ってしまったのが非常に恥ずかしいですよ」

 ペチリと自分の後頭部を叩いてみせるアーサーに、タリアは微苦笑を返す。

「いえ、経験者が未経験者にああ言ってしまうのはしょうがないと思いますよ。今なら、その気持が良くわかります」

 そんなタリアの様子に何を感じたものか、ふむと一息ついたアーサーはしげしげと彼女を眺めた。 

「それにしてもキーネとアヘッド相手の連戦は大変だったようで。可愛らしい姿が台無しですよ」

 そのように指摘されても、苦笑いを深めるしかないタリアである。改めて自分の身体を眺めてみれば、たしかにあちらこちら台無しになってしまっている。

「まぁ、これくらいなら自分で直せる――みたいです」

 裁縫、鍛冶スキルを修めた目で検分すれば、その判断も容易い。衣装も鎧も、材料さえそろえばどうとでもなりそうだった。

 ふと気づけば、アーサーが明後日の方向を見ていた。彼はおもむろに立ち上がると、広間を歩き始める。回復魔法――その神秘の力にかかれば、失われた血液のせいで不調をきたす、などといった至極真っ当なことにはならないのはタリアも既に経験済みである。コンパスの違いから、どんどん離れていくアーサーを小走りに追いかける。〈加速〉の効果も、いつのまにか消えている。

「髪の毛、アヘッドにやられましたか」

 タリアのトレードマークとも言える白い帽子が差し出される。それを受け取りつつタリアは曖昧に頷いた。本当のところは自分で切り離したわけだが、その原因がアヘッドにあったのは間違いない。

「なかなかえげつないですね。それとも流石は元女性、よく思いついたと言うべきか」

 その、ほろ苦さを含んだアーサーの言葉に、タリアはなかなか返す言葉が思いつかない。そんなタリアの表情に、アーサーは手を振ってみせる。

「いえ、お気遣いなく。私の方こそ不甲斐ないありさまで。おまけにあなたを危険に晒してしまった」

 申し訳ありませんと龍人の巨漢は平たい額を下げる。タリアにはアーサーの振る舞いが、言外に何も言ってくれるなと訴えているように感じられた。ならば自分に言えることはないと気持ちを切り替える。だが、話さねばならないことはあった。

「アヘッドのことですが。実はアーサーさんの事情とは別に、説明しなきゃいけないことがあります」

 アーサーはタリアの言葉に顔を上げた。その瞳には訝しむような色が浮かんでいる。

「確かにアヘッドとの戦いには勝てたと思うのですが、殲滅しえたかどうかは確証がありません」

「どういうことでしょう?」

 困惑した様子のアーサーに、タリアは戦いの決着と、さきほど体験した怪異を説明した。口を一切挟まず、黙ってタリアの話を聞きおえたアーサーに、タリアは最後に確認する。

「こんな話、アーサーさんは他で耳にしていますか?」

「いえ、そういった話は寡聞にして知りませんし、私も体験したことがありませんね」

 アーサーはきっぱりと否定すると考えこむ。しばらくの沈黙の後、アーサーは首を振って思索の放棄を宣言した。

「手がかりもありませんし、この話はまたあとにしましょう。とりあえず我々は本隊に合流すべきかと」

 タリアもそれに賛同し、二人は練兵場に散らばった武器を回収するとその場を後にした。ひとまずのけりはついたと思うものの、原隊に戻ればおそらく、残党の追跡任務や追加調査などの雑事が待っているはずだった。


2014/07/16:本文の修正及び追記等の改稿を行いました。


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