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決戦世界のタリア  作者: 中村十一
第二章 再会のまれびとたち
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34.公都の長い夜 その13

 アローヘッド――アヘッドは諦念に似た思いに倦んでいた。

 彼とその友人が同道すると選んだ仲間は、その自由奔放さから協力という言葉を知らぬげに振る舞い、その結果として現在、破滅的な危機を迎えようとしている。

 今も彼の目の前では、低レベルなやりとりが無意味に繰り返され、時間だけが浪費されていく。

 他人事のように考えていたことに気づいて、顔には出さず自嘲する。

 自分も、同じ穴のむじなだと言うのに。

 このボリアDを拠点と定めた当初、いや昨日の朝までは百人を数えた仲間たちも、今や半数を割っていた。恐るべき現実である。

 今の混乱を決定的づけた理由の一つは、仲間たちがある種恃みとしていた対人戦巧者たちの不在であった。彼ら精鋭は秘密裏に抜け駆けを果たし、すでにここ『作戦室』にその姿はない。

 仲間の内のお調子者が、このちょっとした体育館ほどの面積を誇る広間ホールを『作戦室』と大仰に名付けるのを、苦笑と共に見守っていた彼ら。

 このダンジョンに潜んだ仲間を足手まといと断じ、耳目を盗んで置き去りにした彼らは、敵の包囲網を無事に突破できたのだろうか。その結末の知るすべを、今のアヘッドは持たない。

 彼ら精鋭のまとめ役だった戦匠バトル マスターからは事前に打ち明けられていた。しかしアヘッドには、彼らについていくことを選ぶことはできなかった。かといって他の仲間たちを見捨てるようなその計画を、周囲にばらすこともできなかった。

 優柔不断に過ぎると言うものだが、彼には自分がどうすれば良かったのか、およそ判断が着かなかった。

 八方美人の事なかれ主義。かつての現実世界での自分――矢頭やがしら薫と(かおる )は、そういう性質の人間だった。

 そんな人間には同胞を裏切ることも、裏切り者を告発することも、共に無理な話だった。

 ゲームにおいては高レベルの猟兵と(イェーガー )して鳴らした自信とプライドも、この地に潜むようになってからは随分と遠く感じられる。

 さらった女性たちの監禁場所でキトンに洩らした言葉は、アヘッドならぬ矢頭薫の偽らざる心境だった。

 そしてもう一つの理由。最悪、転移魔法かスクロールに頼れば、この地下遺構からの脱出は容易と高をくくっていた者たちは、それが不可能になったと気づいた時点で恐慌を来した。

 公都ボリアへと流れてきたPK集団は、訪れた最初に大半の者がこの街のゲート広場にて帰還ポイントを更新し、街のNPCノンプレイヤーキャラクターへ悪さを働く際に活用していた。

 この世界の住人をかつてのゲームにおけるNPCと見做して侮り、ろくに交流も持たずただただ奪うだけだった彼らは、非常時下に実施される『転移妨害』の情報も知り得ていなかった。


「クソ、なんだってこんなことになったんだよ!」


 何度目か、何人目かもわからない台詞を誰かが喚く。その声は、室内のざわめきを貫いてよく響いた。そしてこれもまた、何度目かわからぬ一瞬の静寂が広間にもたらされる。こわごわと、それぞれがそれぞれの表情を互いに窺う。

 誰にも妙案は浮かばず、攻め手が寄せ来る恐怖に、ただ焦りだけが募っていく。

 キーネに従ってフラフラと遊びに行き(、、、、、)、アヘッドの召喚に不満たらたらで戻ってきたギルドの友人たちも、事態を理解してか表情を青ざめさせている。


「街の方の出口に全軍で当たって突破するしかないんじゃ?」

「『主力』連中はどっち行ったんだろ……」

PKKプレイヤーキラーキラー相手にするよりNPCの方がマシか」


 仲間たちの話はまとまらない。否、まとまりようがないと言うべきなのか。

 今この『作戦室』に残されたのは、自らは考えない、決断しない者たちだった。


「大体、雑魚(、、)NPCがこんなにしぶといとか反則だろ。おまけにPKKとつるむとか本気すぎて引くわ!」


 現実逃避のように喚かれた声に、アヘッドは意識をそちらに向けた。

 拐った女性たちをよく嬲りに行っていた男だ。つい数時間前も彼女らの監禁場所に篭り、迎えに行ったアヘッドに不貞腐れた表情を向けてきたことを思い出す。

 男を分かり易い小悪党と評価していたアヘッドは、彼がこの時まで生き残っていたことにわずかばかり驚いた。とともに、この期に及んでも公国の人々をNPCと侮る性根に嫌悪感を覚える。

 男やその同類に抱かれ、踏みにじられた女性たちが、何も感じない人形だとでも思っているのだろうと容易に想像できる。

 そんなことを考えるとはなしに考えていた自分は、相当に妙な表情をしていたのかとアヘッドは胸の中で苦虫を噛み締める。嫌な表情を浮かべた男が、いつの間にかこちらを凝視していた。

 アヘッドは表情を変えず、男の視線を迎え討つ。しばしの均衡のあと、男の表情がふと動いた。


「アヘッド。あんたのツラ見てたら良いアイデア思いついたぜ」


 男は嫌な表情をさらに歪ませる。


「拉致った女を人質にできねーかな?」


 男の言葉に『作戦室』がにわかに静まりかえったが、直後により大きな喧騒となってぶり返す。

『敵は叩き伏せるもの』という、極めてゲーム的な彼らの価値観が、大きく変革した瞬間だった。

 アヘッドの目の前で、その実行性に対する議論が戦わされ始める。

 PKKと公国軍が協力している以上、拐ってきたNPCたちは双方に対して人質となり得るだろうし、この世界に来てからこれまでに隷属させた《|偽神》《プレイヤー 》の女たちも、話の持って行き方によっては十分に餌足り得ると考えられた。

 アヘッドはため息をこぼすと、しばらく無視していた――いや目を背けていた『作戦室』の片隅に視線やる。そこには、負傷した仲間たちの治療をさせられていた、今この場には相応しくない非武装の女性――回復職の《偽神》たちが、絶望の表情を浮かべていた。

 その内の一人、猫耳の高僧ハイプリーストと目が合う。

 数時間前にアヘッドは彼女に告げたはずだった。

 戦いのどさくさにでも、逃げ出す機会を窺えば良いと。

 しかしそれは、甘すぎる目論見だった。

 薫がぼんやりと想像していた乱戦などにはならず、囚われの彼女らが逃げられるような状況にも、アヘッドたちが姿をくらませられる状況にもならなかった。

 そんな風にアヘッドが思いを巡らせる間に、ハイプリーストのキトンは硬い表情で視線を逸らした。彼女なりのささやかな意趣返しだったのだろうが、アヘッドはその仕草に胸が締めつけられる思いだった。結局、自分は流されるがままにずるずると、悪事に加担していくのだろうと自嘲する。

 仲間たちの話し合いは、人質を盾にボリアD脱出を試みるという結論に至った。しかしその結論は、不幸なことにわずかばかり機を逸してしまっていた。



 にわかに活気を取り戻した『作戦室』に、少女が駆け込んできた。喧騒の中、それに気づいた者はわずかだったが、アヘッドは遅れて帰還してきた友人を目敏くみつけると大声で呼ばわった。

 その声に振り向いた少女の顔色はすぐれなかった。アヘッドと、その周囲に集まった友人たちの姿に一瞬安堵の表情を浮かべるも、すぐに困ったような顔に戻ってしまう。

 駆け寄ってくる少女の様子を眺めるうち、アヘッドは彼女が困惑する理由を察した。少女が連れ帰る手筈だった、もう一人のギルドメンバーを伴っていない。

 自分にギルドマスターの地位を押し付け、自由気ままを謳歌している腐れ縁のツレの姿が見当たらなかった。


「お疲れさん。ところでキーネはどうした? 合流できなかったのか?」


 アヘッドは内心の焦りを抑えながら、努めて落ち着いた調子で切羽詰まった様子の少女に尋ねる。その言葉に周囲の友人たちがざわつくのをなだめながら、少女の答えを待つ。今度こそ安堵した隠密ハイスカウトの少女は、それでも眉をしかめながら答えた。


「キーネには会えたんだけど、なんかすっごくムキになってて。捕まえてた女の子たちを人質にするとか言って――」

「さすが《赤耳》キーネは俺たちの先を行ってるな! どこかの偽善者様とは覚悟が違う!」


 アヘッドたちのやりとりは、いつの間にか注目を浴びていた。先にアヘッドにやり込められたあの男が、仕返しとばかりに嫌味めいた言葉を口にする。

 それと、ほぼタイミングを同じくして。

 空気を切り裂く音を後に曳き、八本の巨大な剣が次々に飛来した。

 アヘッドに毒を吐いていた男は悪目立ちしたのか、真っ先に虚空を切り裂く大剣の餌食となった。レベル100越え(オーバード)の前衛職である彼が、その業物の金属鎧ともども刺し貫かれ、衝撃によって巨体を宙に躍らせる。

 続けざま、追い討つように大剣の群れが空中の男へと殺到した。男の身体は切り刻まれ、あるいは貫かれた末に、『作戦室』の石畳へと叩きつけられる。

 大剣の群れはその刀身を翻らせると、止めとばかりに男の四肢を床に縫いつけ、一本だけ空中にとどまった剣が急降下、その首を綺麗に切断してのけた。

 アヘッドは目の前の信じ難い光景に、去っていった仲間の言葉を思い出す。


『大剣の群れをミサイルみたいに飛ばしてきやがる――』


 銀甲冑の戦士(アイルトン)が対峙した強敵が、ついにこの『作戦室』へと達したのだと理解する。

 この突然の惨劇に動けたのは、アヘッドのギルドメンバーとわずかな者たちだけだった。

 血祭に上げられた男に、彼の仲間が縋りついて必死に回復魔法を唱えているが効果が上がっていない。あの恐るべき攻撃を浴びては、オーバードの彼をしても命脈を繋げなかったのだろう。

 アヘッドのそばでは、ハイスカウトの少女が慌てて周囲を見渡す。


「『作戦室』にハイドしてる奴が三! 監視してなかったの!?」

「おまえがいないから、他所よそに頼んでたんだがな。やっぱり当てにならなかったか」


 信じられない! と叫びつつ、ハイスカウトの少女は短弓を取り出す。堂に入った挙措で素早く番えると、隠れた敵をあぶり出すために次々と矢を放つ。

 蜂の巣をつついたように慌てふためく仲間――役立たずのことなどお構いなしとばかりに、同士討ちも辞さない危険な射撃だった。その甲斐あってか、ハイスカウトの矢は次々に敵を捉え、その姿を燻り出す。

 まろび出た敵の密偵は、それでも機敏に立ち直る。その内の一人が大声で叫ぶ。


「突入口より正面右奥、拉致されたプレイヤーの集団あり! 非武装が目印です、保護をッ!」


 叫んだ敵に、周囲の仲間たちが反射的に殺意を集中させた。敵の渦中にあって注意を引きつけた勇敢なるPKKは、即座に無数の憎悪を浴びせられ血煙に沈む。

 囚われの回復職たちから、救い主の死を嘆く叫びが上がった。

 残る二人のPKKも、PK側の復讐の刃に捉えられるかに見えたが、先に猛威を振るった八本の大剣が盾となり、鮮やかに攻撃を退ける。

 時を同じくして、黒い甲冑の剣士が単騎、『作戦室』へと突入してきた。

 迎撃の矢を、攻撃魔法を、次々と斬り伏せる黒い疾風。その難敵を止められる者はおらず、黒甲冑の剣士は瞬く間に虜囚の元へと達していた。


「助けにきた」


 全身黒ずくめの剣士は、その背に虜囚たちをかばいながら静かに告げる。


「そして、おまえたち悪党は駆逐する」


 剣士の宣告とともに、鬨の声が響く。 

『作戦室』に、公国とPKKの混成部隊が雪崩れ込んだ。

 おそらく、警戒に当たっていた仲間は、一足先に死出の旅路に赴いたに違いない。

 背に冷たいものが流れるのを感じながら、アヘッドは視界の隅に動くものを目敏く捉えていた。



         ◇         ◇         ◇



 ナヴィガトリアがPK本隊への攻撃に備えていた頃、タリア小隊は拉致された女性たちを救出するべく動いていた。

 市街地側より侵攻していた隊が、途中で排除したPKより得た情報を元に監禁場所が推測され、幸運にも、タリアたちは『正解ルート』を辿っていることがわかった。


 ――直ちに現在位置より前進、指定の座標近傍にて拉致された女性たちを捜索、保護せよ。


「拉致された人たちの監禁場所は、中央外環に配置ですか」

「我々が見つけた死体廃棄場の区画へと素直に繋がるルートもあります。こうなってくると確度は高いかと」


 タリアの吟味するような言葉に、オブザーバーの公国兵がごく自然に頷く。

 この本隊からの指示に、タリアの小隊は先を急いだ。バーテニクスの『実況』によれば、市街側より攻めるカラグの部隊が、もうすぐ敵本隊への強襲を実行する頃である。

これまでも警戒より前進を優先してきたが、さらにその配分を極端に振った。

 やがてボリアD中央エリアの外環通路に至る頃、タリアたちはそれを見つけた。

《導く灯り》に照らし出された通路上に、全裸のエルフ女性が横たわっている。わずかに身動ぎすることから、女性が生きていることが察せられた。

 初めての生存者発見にタリアたちは喜び勇んだが、女性の状態を確認した後には、その喜びも半減する羽目になる。

 女性は歩くことも這うこともできないように手足の腱を断たれ、両の目も刃物で潰されていた。

 もう少し発見が遅ければ、失血から致命的な状態になっていたかもしれない。

 身動きを封じられ、闇の中に捨て置かれたエルフ女性は、それでも気丈に救助者であるタリアたちに、他の犠牲者たちがどうなったかを話してくれた。


「あの赤毛の化け物は、他にも拐われた女の子たちを私のように捨て置くと言ってました。貴方たちの負担になるように、こんな手段をとっているのだと思います――」


 思い詰めたようなエルフ女性は、回復魔法を施したタリアの腕に縋りつく。


「それでも、それでも!」

 

 ついに嗚咽を漏らした彼女の肩を、タリアは優しく抱きしめた。


「みんなを、助けて……」


 エルフ女性の要請に、小隊の誰もがきっぱりと頷く。

 彼ら彼女らの顔は、等しく静かな表情を浮かべていた。

 激情に乱れない、純粋な怒りの現われとでも呼ぶべきか。

 それをぶつけるべき相手は、闇に沈む通路の向こうに在る――


2013/08/05:誤字と不適切な改行を修正し、本文の表現を一部修正、追加しました。大筋に変更はございません。

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