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決戦世界のタリア  作者: 中村十一
第二章 再会のまれびとたち
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33.公都の長い夜 その12

2013/07/26:狩谷様。レビューありがとうございました。この場を借りてお礼申し上げます。

 ――やはり押し切れない。

 こちらの反撃に負傷したキーネの、その動揺を手に取るように察知しつつも、タリアは自分の攻勢が格上のキーネを圧倒できないことに、あらためて気づかされていた。

 一口に《偽神》と言っても、ナヴィガトリアのような規格外を別にしてもなお、その各々には厳然たる性能差(、、、)が横たわっている。

 タリアとキーネの例をとっても、限られた条件化においてその差を覆すのは甚だ(はなは )困難と言えた。

 しかしタリアには、その差を埋め合わせてくれる仲間がいる。

 キーネの怯えをはらんだ意識は、タリアの挙動を追うことに執着しすぎていた。自然と隠密ハイスカウトに対しての牽制が疎かになる。それがキーネに認識上の死角をもたらし、ハイスカウトにつけいる隙を与える。じりじりとしたもどかしさの中、タリアとキーネの戦いに介入する機会を窺っていた彼が、それを見逃すことはなかった。

 ハイスカウトがタリアという遮蔽物を一瞬で回り込む。するすると逃げられ続けた相手を、ハイスカウトはようやく己が射程に捉えた。キーネの左側面からアプローチすると、すくい上げるような軌道でダガーによる〈強打バッシュ〉。この不意討ちを咄嗟に防御したキーネだったが、パワフルな斬撃により姿勢は乱れる。

 ハイスカウトはその隙を衝いて、〈貫通ペネトレイト〉へと転じる連続技コンビネーションを叩き込む。胸甲の開口部、腋下への狙い済ました一撃。攻撃スキルという超常のことわりによって現出した刺突は、同じく超常の存在たる《偽神》の肉体を容易たやすく侵していく。

 赤毛の狼少女の口から、身の毛のよだつ絶叫が迸った。 



 キーネの狙いをタリアが挫き、その間隙をハイスカウトが攻めるコンビネーションにより、更なる深手を負ったキーネは再び逃走に転じた。この引き際の良さからも、彼女が対人(PvP)戦慣れしていることが如実に窺える。生き汚い相手は、強くてしぶとい。これはタリア――否、対戦ゲームに親しんできた藤崎の実感するところである。

 逃走時に備え、そのためのリソースを確保していたのも流石と言えた。惜しみなく足止め手段アイテムが投じられ、タリアたちはその対応に時間を割く羽目になる。

 移動妨害のマジックアイテムを解呪し、通路にばら撒かれたトラップを排除し終わった頃には、キーネの姿はあたりから消えていた。

 追手への妨害を行った上、ダメ押しとばかりに緊急退避用の強化アイテムをフル動員して逃げに徹した彼女には、ある種感心させられる。

 今度はタリアも追跡を続行しなかった。キーネの潔い逃げっぷりから、こちらが彼女の意地の悪いおびき出し戦法を、すでに看破していると見破られた可能性が高い。それ故に、キーネは本気でこちらを振り切る判断を下したのだろう。

 しかし、その判断はやや遅きに失していた。キーネの先導があったおかげで、逆にタリアたちはPK側の警戒トラップの類に注意せずとも、その支配領域深くへと浸透を果たすことができた。

 探索すべき経路を絞り込めたアドバンテージは大きい。追跡行が始まった時と比べ、状況はタリアたちに有利な方へ傾いたと言える。

 タリアたち二人は、小隊の残りのメンバーが追いついてくるのを待った。幸い、二人の負傷者も無事に回復していた。

 タリアは全員がそろったところで今回の無茶な追跡について種明かしをした。結果として囮にしてしまったハイスカウトに頭を下げる。


「ごめんなさい、説明もしないで」

「いやいや、緊急時だったしタイチョーが謝ることないス」


 ハイスカウトは気分を害した様子もなく、慌てて手を振る。


「ありがとうございます」


 自分を見上げるようにして申し訳なさそうだったタリアが微笑むと、ハイスカウトからも自然と笑みがもれる。お調子者な彼は、ここで要らないサービス精神を発揮して軽口を叩いた。


「同職のラプターさんがやられて、妙に張り切っちゃったんスよね~」

「面目ないです」


 話のネタにされた小隊の偵察役は責任を感じていたのか、すっかり元気になった顔をしょんぼりさせて頭を下げる。冗談を真面目に返されたヒト族ハイスカウトは、エルフのハイスカウトにも慌てて手を振る。


「さて、リアたん。先に進む?」


 しばし和んだ空気を引き締めるようなクロネの問いに、タリアは考え込んだ。そんな彼女の様子に、隊員たちは固唾を飲んで言葉を待つ。

 そこに、タリアの帽子の上という定位置に戻ったバーテニクスが、あたかもアピールするかのように小さく羽ばたく。その羽音に応えるかのようにタリアは一つ頷いた。


「こちらの伸びた隊列に対して、分岐路から伏せ手による奇襲もありませんでした。釣り役のキーネが長々とこちらを引っ張ったこと、単独で罠を仕掛けてきたこと、これらを鑑みて、経路に仕込みはなかったのだと思います」


 タリアは小隊を見渡し、異存はないかと目線で問う。タリアの発言に、異を唱える者はいない。各々が頷いて返す。


隠行ハイドしたラプターさんを見つけた、魔法使い系か密偵スカウト系の敵がキーネと行動を共にしていなかった点からも、この奥にこそ仕込みがあるんじゃないでしょうか」


 ふむふむと相槌を打つ一同。タリアが公国兵オブザーバーに視線を向けると、彼もきっぱりと頷いた。


「前進しましょう。キーネが本気でこちらを振り切ったことを考えると、拙速を以って当たれば、わたしたちは有利にことを運べるかもしれません」



         ◇         ◇         ◇



 アーサーやジェシカたち討伐隊首脳部は、ラエルガス監視団が持ち込んだボリアDの(ダンジョン)地図を囲んでいた。タリアの小隊から、犠牲者の遺体を発見したという報告がもたらされたタイミングと前後して、偵察に出ていた他の小隊も敵の動きを捕捉しており、今は各所より情報が集まってきていた。

 タリアたち以外の侵出した小隊は、カラグ公子たちとはルートを別にしていた監視団の部隊とも接触を果たしていた。これにより、彼らが多大なる犠牲を払って得た情報も入手することに成功する。

 こうして集まった情報と、オブザーバーたる監視団員の推測により、PK(プレイヤーキラー)集団の本隊位置がおおまかに割り出された。

 その結果に、アーサーたち《偽神プレイヤー》は複雑な思いを噛みしめる。

 ゲーム時代に倣ってのことなのか、敵PK集団は素直にボリアDの中央エリアを拠点としていると考えられた。 


「――なんも考えてないね」

「彼らも所詮は一般市民ですよ? そんな一朝一夕に軍事的センスが身につくワケありません。そしてそれは、我々も同じです」


 厳かな雰囲気をまとう龍人族が二人、疲れたように言葉を交わす。この、ごく単純なPK集団の行動原理を初期に読めていたなら、いますこし合理的にことを進められたのではないかという思いが、ジェシカとアーサーの胸を過ぎる。

 そんな思いから出た龍人たちの言葉は、彼ら自身が思うより重々しく響いた。

 二人の言葉は理解できても、その意味するところを察することができない監視団員の兵士たちは、わずかに緊張する。龍人族の、他種族からは比較的フラットに見える表情の読み取りにくさも、それに拍車を掛けた。

 自分たちの出した推測が何か拙かったのかと、《偽神》首脳陣たちの言葉を神妙に待つ。居心地が悪そうな兵士たちの緊張を解くかのように、龍人二人と共に地図を眺めていたいかついドワーフが口を開く。


「確かに短絡的ではあるがな。まぁ、これはこれで腑に落ちるがの」

「こちらが《大部屋》を使ったように、共通認識っていう点からも中央エリアを使う、というのは理に適ってる」


 同じく地図を覗き込んでいた、銀髪美丈夫のエルフも頷く。ダンジョン内で孤立していた監視団兵士と、合流を果たした二つの小隊の長たちである。情報を持ち帰った彼らの小隊は、現在は本隊と共に待機中だった。

 二人の肯定的な言葉に、彼らに助けられた後、オブザーバーとして加わり敵の所在を割り出してみせた兵士たちは安堵する。

 そんなやりとりの合間にも、新たな情報がもたらされる。


「ナヴィからの報告です。カラグ公子たちとの合流に成功。ですがそれに先立ち、市街地側出入り口近傍で公子の率いる部隊と小隊規模の敵集団が遭遇。駆けつけたナヴィたちとの挟撃で、これを全滅させたそうです」


 アーサーがバーテニクス経由でもたらされたナヴィガトリアの最新情報を告げると、討伐隊から喜色を帯びたどよめきが湧き起こる。アーサーは小さく手を挙げてそれを制すると、報告を続ける。

 

「公子はこの敵集団の動きを、ダンジョン脱出のための強襲だったと見ています。外の公国軍に警戒するよう要請すると共に、我々本隊にも、郊外側出入り口へ逃れる者がいないか注意するようにと――」

「テッカイ小隊より報告! 帰隊途中、郊外方面へと通じる通路へ向かっていたPK二個パーティーと遭遇、交戦中。応援お願いします!!」


 駆け込んできた連絡員の急報に、アーサーの言葉は遮られた。ジェシカへと振り向くと、彼女も頷く。


「グレイル爺さん、テツさんの小隊の援護を。相手がPvP精鋭で手に負えないようなら、撃破より郊外側出入り口の堅持を優先して。とにかくやつらを捕り逃がさないように。本隊はこのまま中央へ向かうから、夜明けまでに何も連絡がないようだったら脱出するように。テツさんの手綱は任せた!」

「委細心得た。健闘を祈っとるぞ!!」


 ジェシカの要請にサンタクロース然としたなりのドワーフは、板金鎧の胸を一つ叩くというらしい仕草で請合うと、自分の小隊に雷の如き号令を発して駆け出していく。


「アーサー先生、王子様から他には?」

「いえ、ありません。予定通りあちら側から進軍するとのことでしたので、敵本隊の座標を伝えておきました」


 アーサーの返事にジェシカは大きくうなずいた。

 別行動をとっている各隊は本隊が使う地図と同じものを所持しており、それら地図は縦横の線で幾つかのマスに分割され、口頭、或いはバーテニクス経由の《交感》にて大まかな座標を伝えられるようになっている。アーサーが伝えた座標は、カラグ公子たちが進軍する際に役立つはずだ。


「さぁ、大詰めってところかね。チョロチョロ逃げられないように、本隊は中央エリアへ急ぐよ!」 


 ジェシカの号令が響く中、アーサーは遠隔地の仲間たちへ本隊の移動を伝えるべく、バーテニクスに頭の中で呼びかけた。



         ◇         ◇         ◇



 追跡者をその足の速さの違いで分断し、各個撃破するという戦法は、見事に逆手に取られていた。一匹目の獲物を罠にはめるまでに、随分と走らされたこともキーネはあの時まで見抜けずにいた。

 自分が襲撃のチャンスと定めたタイミング自体が、敵の意図したところだったのだろう。その結果、こちらの支配領域の安全経路を、ご丁寧にエスコートしたとも言える。

 逃げおおせてみれば、あの時わずかに感じた恐怖は霧散し、今キーネの胸中に満ちているのは与えられた屈辱に対する怒り、憤りだった。

 復讐に燃え盛る炎が、キーネの矜持をじりじりと焦がし続けている。


「何なのよ、あのガキッ!」


 走りながら毒づく。見るからに格下だった僧侶の少女、その落ち着いた表情が脳裏にちらつく。

 対戦において、キーネがあそこまで読み負けたのは随分と久しい。攻め手の布石はことごとく僧侶によって無効化され、その隙を逃さずダガー使いが痛撃を浴びせてくるとあっては、逃げる他に手がなかった。悔しさに罵声が漏れる。


「わたしが、狩り豚なんかにッ!」


 ――狩り豚。PvP志向のプレイヤーの一部が蔑称として、PvPを嫌うプレイヤーの一部が自嘲の言葉として用いるネットスラング。

 PvPに興味を示さず、あるいはPvPそのものに嫌悪を持ち、対人戦に一切触れずAI制御のモンスターを狩ることのみに熱中するプレイヤーを意味する。

 お行儀の悪さを自認するキーネも、それを蔑称として使っていた。


「あの子、絶対こっち側(、、、、)の子だ。狩り豚のフリなんかして――」


 再戦すれば今度は負けない。最初から相手がPvPプレイヤーだとわかっていれば、格下の雑魚になんて負けるはずがない。あの時も油断していなければ――

 相手を侮り、油断した時点で敗因を積まれ始めていた。そのことに目を瞑り、キーネは僧侶との再戦を夢想する。


 あの子の攻撃はことごとく威力に劣っていた。一対一なら、落ち着いて戦えば、最後に立っているのは自分のはずだ――


 当たり前の勝利を覆されるという対戦経験が、緩やかで順調な成長を経て常勝へと至ったキーネには、決定的に足りていなかった。



 予定の合流地点より、ずいぶん手前でキーネは仲間の姿を見つけた。ハイスカウトの少女は、キーネの顔を認めると安堵の表情を浮かべる。


「ずいぶん早かったね。狩り豚狩り、しっかり楽しめた?」


 少女の問いに、キーネの頬がわずかに引きつった。悪気がないであろう彼女を怒鳴りつけるのをなんとか堪える。


「敵の数が思ったより多かったわ。だからちょっと早めに切り上げてきた」

「そうなんだ? でも助かったー。こっちも予定変更。なもんでわたしが知らせに来たんだけど、早めに会えて良かった良かった」

「予定変更?」


 訝しげに問うキーネに、ハイスカウトは困ったように答える。


「うん、こっちでの待ち伏せは中止。他のみんなはもう本隊の方に戻ったよ」


 少女の返事に、キーネの感情が爆発した。


「何言ってんの。ちゃんと備えとけって、わたし言ったよね!?」

「ちょっと、わたしに怒鳴らないでよ! しょうがないじゃない。なんかアヘッドが戻ってこいって言ったらしくて。連絡の子も詳しいことはわかんないみたいでさ、『死にたくなかったら戻ってこい』って伝えろって言われたとか、半泣きなんだもん」


 怒鳴り返すハイスカウトに、キーネは舌打ちを返す。


「何なのよソレ。『死にたくなかったら』? ずいぶん脅してくれるじゃない」

「そうなんだけどさ。何かほんとにヤバくない? って感じで、ソッコー戻ろうってことになった。とりあえずアヘッドに文句言うにしても、戻った方がいいでしょ?」


 とりなすような調子のハイスカウトの言葉に、しかしキーネは俯いて答えない。


「ちょっとー、わたしも急いで戻りたいんだけど。キーネも戻ろ?」


 肩に置かれたハイスカウトの手を黙って跳ね除けると、さすがに彼女も苛立ちを隠さなくなった。


「何ムキになってんのか知ンないけど、いい加減にしてよね。わたしは戻るから」

「いいよ、一人で戻って。わたしはちょっとやること思いついたから」


 俯いていた顔を上げる。いつもの調子を取り戻したキーネの笑顔がそこにあったが、仲間のハイスカウトの少女をして怯ませる気配が、爛々と見開かれた瞳に漂う。


「拉致った雌豚って、この近くに閉じ込めてたよね?」


2013/08/04:誤字を修正、また本文の一部表現を変更致しました。大筋に変更はございません。

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