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決戦世界のタリア  作者: 中村十一
第二章 再会のまれびとたち
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30.公都の長い夜 その9

 かたわらに立つ異貌の魔導師ウィザードが、ふと頷いたのに視界の隅で気づいたジェシカは振り向いた。


「アーサー先生、どうかした?」


 威力偵察に先行させた四個小隊。彼らからの支援要請に備える討伐隊本陣の只中に在って、アーサーは隊の長へと簡潔に答える。


「バーテニクスから連絡が入りました。先ほどタリアの小隊が敵と交戦。制圧した区画でさらわれていた女性たちの遺体を発見したそうです」


 二人の周囲で息を飲む音や、無念も露わなため息がこぼれる。


「戦ったPK集団の手勢はさほど強烈な陣容ではなかったそうでこちらの損害は無し。辺りには女性たちの遺体の他に、特に目立った痕跡が見当たらなかったとか。発見された遺体は拐われた女性の数に対して少ないようで、タリアの隊はさらに先行するとのことです」


 アーサーの報告に小さくどよめきが起こる。


「損害無しって」

「やっぱタリアたん(、、、、、)が居ると違うんだな」

「いや、今回は相手が大したことなかったって話だから」

「プロの兵隊さんや、あのチビドラも付いてるし」


 そんな周囲の反応にアーサーは内心小首を傾げるが、不意に腑に落ちる。なるほど、周りはさほど古馴染みとは呼べない面子ばかりである。アーサーの馴染みの彼らは、タリアと同様にそれぞれが隊を率いてこの場にはいない。

 ふと視線を巡らすと、ジェシカと目があった。彼女は凶報に表情を厳しくしながら、ようやくと言った風にこぼす。


「最初に見つかったのが遺体だったってのは心配だけど、タリアねえの隊はそのまま先行できるってことで良いんだよね?」

「はい。遺体の第一発見者はタリアとバーテニクスだったそうで。その辺は(、、、、)上手く配慮したんでしょう」


 アーサーの返事に、ジェシカは安堵の溜息を吐く。


「それにしてもまた都合良くタリア姉が見つけてくれたもんだね」

「まったく」


 そんな二人のやり取りに、ジェシカのパーティーのもう一人の前衛担当が眉をしかめる。


「都合良いって。タリアさんみたいな女の子にはちょっとこくだったんじゃ?」


 生真面目さが顔に出ている少年剣匠の心配そうな声に、アーサーとジェシカ、二人の龍人ドラコは顔を見合わせる。


「女の子って言ったって、ねぇ?」


 タリアがネカマだったことをカミングアウトしたという話は、ライトニングによりエルクーンにとどまっていたアーサーたち親しい仲間にも知らされた。

 チョコは驚きアインは呆然と言った様子であったが、ゴーリキやアーサーにとっては裏が取れた程度にしか感じられなかった既定事項である。

 タリアのネカマバレはエルクーンの他の友人知人には殊更明かしていないが、一時期タリアとつるんで《プリさんトリオ》などと諸とも呼ばれていたジェシカにしても、そのことについてはおおよそ見当がついていた様子だった。


「まぁあの姿ナリを実際目の当たりにすると、わからなくもないですが」


 タリアと縁が薄い人には、今の彼女の姿が与える印象が大きいのだろうと察する。気の良さそうな少年の幻想(ゆめ)をわざわざ改めて壊してやることもないかと、アーサーは言葉を選ぶ。そんな風に考える自分自身、あまり良くは知らないジェシカの今の仲間を、見た目で年下の純な少年と決めつけているのだが流石のアーサーも気づかない。


「幸い『タリアの中の人』は見た目通りの少女じゃありません。非常時にも頼もしい出来るオトナの人です」


 アーサーの持って回った言い方にジェシカがかたわらで目をみはる。物は言いようだねぇという小さな呟きを聞いた気がしたが、無視してアーサーは言葉を続ける。


「例えばですが、現在タリアの他に先行しているテッカイさんはどう見えます?」


 アーサーは馴染みでありエルクーン組の顔役の一人でもある狼人族戦士の名前を口にする。見た目も振舞いも男臭い、頼りになる兄貴然とした彼も小隊を率いてこの場にはいない。


「どうも何も、強くて頼りになる人ですよね」


 少しばかり戸惑った様子の剣匠の返事に、アーサーは頷く。


「はい、私もそう思います。テッカイさんをはじめ、そういった頼りになる人たちを先行する小隊の長に配しました。タリアが小隊を率いるという決定に、他の小隊長さんたちの誰も文句は言わなかったでしょう?」


 そう言えばそうですねという少年に、アーサーはウンウンとわざとらしく頷いて見せる。


「小隊長の皆さんはタリアの実力を知ってるんですよ。大の男が怯むような状況でも、あの人なら何とかするだろうって」


 それでも今ひとつ納得していない様子の自パーティー前衛の背中を、ジェシカが龍人の巨大な手で景気付けとばかりにはたきつける。


「タリア姉はアンタに心配されるほどヤワじゃないってこと! このわたしが姉貴分と見込んでる相手なんだよ?」

「いやそんな体育会系のノリでごまかされても……」

「男が細かいこと言わない! 丁度良い、アンタ他の小隊にも今の情報を伝達してくること。ハイ駆け足!」


 小隊の他のメンバーに冷やかされながら、いつの間にか遣い走りに任ぜられた剣匠が他所の人だかり――小隊へと駆けていく。

 それを見送って、ジェシカはアーサーに問う。


「本隊はどう動くべきかね。タリア姉の隊を追う?」

「死体廃棄所の近くに本命が在るとは思えません。が、拐われた人たちの居所は近いかも知れませんね。PK(プレイヤーキラー)連中がレイ――失礼、暴行を行うような場所というか。あるいは人質にするつもりで移動させているおそれもありますか」


 考え込むアーサーに、なら他の偵察小隊からの連絡を待ってみるべきかと、ジェシカは判断を先送りにする。


「王子さまたちの方はどうなってるかな」

「バーテニクスから何も言ってきませんから、そちらの方はまだ当初の予定も達成していないかと」


 自分の思考に沈みながらも、アーサーはジェシカの何気ない言葉に答える。

 一旦公都ボリアの地上へと戻ったカラグ公子は、先に引き上げさせた監視団の一個小隊と、公子に従った《偽神》一個小隊を率いて再度市街側の遺構出入り口より侵入、今も遺構内部を市街側へと向かっているナヴィガトリア擁する分隊と合流する手はずになっている。

 状況が動いたならナヴィガトリアからバーテニクス、バーテニクスから自分の元へ、《|交感》《テレパシー》によって情報は伝わるはずだ。それがないと言うことは、未だ双方は合流していないということなのだろうとアーサーは判断する。


スピードドラゴン(バーテニクス)さまは便利だねぇ。本隊こっちに残ってくれたらもっと便利だったんだけど」


 苦笑するジェシカにアーサーは肩をすくめる。


「ナヴィに言い含められてたようですからね。タリアのそばから離れるなって」

「あらそうなの? タリア姉にもとうとうナイトが出来たってわけだ」


 アーサーは呑気な彼女の台詞に「ええ、まぁ」などと適当に相槌を打つ。《交感》による情報伝達は利便性が高い。それを理解しているが故に先の分隊護衛の任をナヴィガトリアは引き受けてくれた。そんな彼が、バーテニクスにタリアのそばから離れるなと言い含めたということは、裏を返せば討伐隊の運用云々よりタリアの安全を優先しようとしていることが窺い知れる。

 ここしばらく、随分と短い間にの剣聖とは打ち解けたつもりだったが、《孤影》の友は今もタリア一人なのかもしれない。

 この時においてアーサーの考えは当たらずとも遠からずと言ったところだったが、ナヴィガトリアが真に何を考え、バーテニクスをタリアの伴としたのかは、しばらく後になるまでアーサーにも知る由のないことだった。



         ◇         ◇         ◇



 最初に、自分は素人だと言って申し訳なさそうにした小隊長の女の子を、彼は場違いにも微笑ましく思うと共に、やはりそれなりに不安にも感じた。

 自分たち公国の兵に、美味い飯と見慣れぬがやたら甘くて美味しい菓子を分けてくれたその少女が小隊長の一人に任ぜられた時、彼は他の兵士と一緒に驚いたものだが、カラグ団長だけは当然といった風に小さく頷いただけだった。


「彼女に対して気遣いは無用。守ってやろうとか余計なことは考えず、自分の仕事に専念しろ」


 少女の小隊へと配される際に掛けられた団長の言葉を思い出す。あの時は普通に面食らったものだが、今となってみれば納得する。

 小勢と言えどもあの敵を圧倒したのは、たしかに少女の指揮に負うところが大きかった。

 相手が少数と見て取った少女は、姿を隠した偵察兵に裏を探らせた上で敵に後詰めがないことを確認、正面から主力をぶつけることで敵の注意を引きつけた上に、手練れと目される重武装の戦士と獣人の魔法使い他数名に退路を絶たせた。

 結果は敵の討ち漏らしなし、味方の損害は皆無という圧勝である。負傷者は少女をはじめとした僧侶たちの絶妙とも言える回復魔法の差配で随時治療され、反対に敵は無残に切り刻まれて屍を晒す。

 敵が弱すぎたわけではない。事実自分が振るった小剣はなかなか致命傷を与えることが出来ず、盾に受けた打撃は腕を痺れさせ、あわや顔面に炎の痛打を浴びるところだった。

 しかし痺れた腕は立ちどころに調子を取り戻し、炎の弾は思わず閉じた目蓋にわずかな暖かみを感じさせただけだった。

 ふいに闘志が漲り、彼は高揚感とともに眼前の敵へと小剣を突き出す。敵の鎧をかいくぐり、その利き腕付け根に彼の剣先が潜り込んだところに、味方の的確な追撃が襲い掛かる。

 万事がこのように、適切なタイミングで損害回復と攻勢が繰り返され、彼が戦いの狂騒から醒める頃には、恐るべき地下の狼藉者はことごとく斃れていた。

 少女たちは敵の死体を残酷なまでに解体した。彼にとっても守るべき自国の民、その中でもか弱い女性たちを拐った憎むべき相手ではあったが、その作業はとても気の滅入るものだった。そうしなければ敵が命を吹き返す恐れがあると、事前に説明を受けていても、である。こんな戦いを平気な顔でこなす協力者たちを、彼は内心密かに恐れた。

 彼が恐れる理由は他にもある。地下で見聞きしたことは他言無用であると、カラグ団長の口を借りて西の高名な龍よりお告げが下されている。そして、カラグ団長は自身の言葉でも、今回の共同作戦は緘口令かんこうれいが敷かれることになるだろうと難しげな表情で語った。

 大げさなことだと、その時の彼は思った。しかし、魔力(、、)の底が無いかのように魔法を唱え続けたり、あり得ない身体能力を見せる使い手たちを間近で見てしまっては理解せざるを得ない。ましてや、敵の遺体だったモノを消し去る儀式めいた作業は、傍で見ているだけで悲鳴を上げたくなるようなおぞましさだった。これは秘されて当然であると彼も理解させられる。真っ当な人が踏み入って良い領域ではない。

 彼のその認識が改まったのは直後のことだった。

 拐われた女性たちの、辱められた遺体が発見された。果たしてそこには、検分に呼ばれた彼をして、先ほど敵に抱いた微かな憐憫を霧散させるに足る、変わり果てた女性たちの憐れな姿があった。

 腹わたが煮えくり返るような怒りを押し殺して、犠牲者たちの有様を調べる。幸いと言うにはささやかすぎるが、冷静に調べてみると拐われたと思しき女性たちの人数より少ないことがわかった。わずかばかり安堵する彼の耳朶を、男の怒声が打つ。

 敵の死体を切り刻んでいた時には無表情だった協力者の男たちが、あるいは怒りを顕わにし、あるいは臆面もなく涙していた。

 地下に巣食ったならず者らは、協力者とは同郷の、縁浅からぬ者たちであると、事の初めに説明があった。そのため、ラエルガス監視団分遣隊の兵の中には協力者たちに反感を持った者もいる。

 彼自身はそのように感じなかったが、殺された女性らを目にした途端、同道する協力者たちにわずかばかり隔意を覚えないでもなかった。

 しかしそれぞれの感情も顕わに、亡くなった女性たちを悼む男たちの姿が、公国人同様に悪人もいれば善人もいるのだと、当たり前といえば当たり前の事実を、彼に思い至らせる。

 小隊長の少女が犠牲者たちの魂を慰め、男たちは彼ら特有の仕草で祈りを捧げる。短い儀式のあと、女性たちの遺体はどこからともなく取り出された真新しい布にそれぞれ包まれ、魔法の力によって何処となく収容された。

 遺体が放置されていた部屋の前で待たされていた小隊の女性たちも、悲しみに表情を曇らせていた。戦いにおいては冷酷とも言える様子で奮戦していた剣士の少女が、泣き腫らした目で彼に「ごめんなさい」と繰り返すのを、逆に慰めねばならない場面もあった。

 我ながら単純だと感じながらも、すでに彼の心の中からは、協力者たちに対する隔意も恐れもなくなっていた。



 遺構の通路を奥に進む途上。魔法の明かりに照らされた何もない空間に、突如として血飛沫が上がり、痩躯のエルフが転がるさまに彼は一瞬たじろいだ。それが己が小隊の偵察兵であると気づいた直後に、彼はあの剣士の少女に庇われていた。

 少女の身体を伝って、何度かの衝撃が彼の胸を叩く。

 少女の肩越し、彼女の背に何本もの矢が突き立っているのが見て取れる。

 見開かれた彼の目に、暗闇の中から滲み出すように現れた不吉な赤色が映る。


「キーネッ!」


 誰かが叫ぶ声がする。赤色の正体は、燃え立つような赤毛と三角の耳を頭に戴いた、狼人族の女戦士だった。

 本来なら愛嬌を感じさせるであろう可愛らしいその造作に在って、今はどこか獰猛さを感じさせるいびつな笑みが浮かんでいる。


「はぁい、狩り豚ちゃんたち。キーネちゃんと楽しい遊戯デスゲのお時間ですよ!」


 少女は構えていた弓を虚空に捨てると、狂ったような嬌声と共に猛然と突っ込んでくる。その両の手には、いつの間にか凶悪な意匠の剣がそれぞれ握られていた。


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