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決戦世界のタリア  作者: 中村十一
第二章 再会のまれびとたち
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28.公都の長い夜 その7

2012/12/28:ファイズ555様。レビューありがとうございました。この場を借りてお礼申し上げます。

 状況――否、もはや戦況と言うべきであろう。《|偽神》《プレイヤー 》にとってのPK(プレイヤーキラー)、公国側にしてみれば公都を脅かす不穏分子である集団とのそれ(、、)は、攻め手側が圧す形で推移していた。

 旧王朝時代に侵略者たちに対する抵抗の拠点として築かれ、激戦の場となった過去を持つ地下遺構は、現代においてもまた凄惨な戦場と化した。

 各所を結ぶ連絡路で激しい遭遇戦が繰り返され、PK側はすべての場において後退を余儀なくされる。

 攻め手の討伐隊(PKK)はどこか悲壮な覚悟とともに不退転の決意を持ってことに当たっていたし、ラエルガス監視団から成る公国の部隊も不意に喉元に突きつけられた危険に対して、厳しい姿勢で臨んでいた。しかし守り手のPK側には何の心の準備もなく、場当たり的な抗戦であったことが攻守両者の明暗を如実に分けることとなった。

 何ら義務感や使命感も持ち合わせていなかったPKの多くは、一部の有志が声高に戦線の維持を叫ぶのにも応えず敗走を繰り返す。

 結果、夜半から続く戦いにおいて、PK側の遺構における支配領域は郊外側、市街側の両方から次第に削られることとなる。

 一方で討伐隊側の被害も少なくなかった。王都から都落ち(、、、)してきたPvPプレイヤーらはやはり強力で、これらレベル100越え(オーバード)と交戦した《偽神》のパーティーや公国の部隊はいずれも犠牲者を出す羽目になっていた。ナヴィガトリアという規格外の戦力を擁していたタリアたちだけが、その難を免れたに過ぎない。


「《赤耳》キーネ。あのはやっぱりあっち側(、、、、)のプレイヤーだった。噂の意地悪さは事実だったってわけよ」


 ゲーム時代のPvP戦において、勝っても負けてもその素行の悪さが有名だった女性キャラの名を苦々しげに口にしてジェシカがため息を吐く。

 本隊との合流を果たしたアーサーがジェシカと対面してみれば、彼女の壮麗な僧衣は今や返り血に汚れ、その龍人に特有の威容も心持ち悄然としていた。平時に彼女を包むおおらかで温かな雰囲気は見る影もない。悪名高き狼人族少女の剣匠と干戈を交えたジェシカは、パーティーから二人の仲間を喪っていた。

 この集結地点を見渡してみれば、明らかにメンバーを欠いた集団が散見できる。皆の表情に窺える疲労は、体力的なものだけを理由にしていないのだろう。

 しかし討伐隊の旗印とも言えるジェシカの憔悴ぶりを敢えて無視して、アーサーは軽口を叩く。


「匿名掲示板を賑わした大物が出てきましたか」

「ある意味害プレイヤー(、、、、、、)見本市みたいなもんです」


 取りなすようにイゾウが口を挟む。パーティーリーダーを気遣うように寄り添う戦士の鎧もまた各所が傷つき、左肩口は大きく破損していた。その様に、彼らが切り抜けた戦いの凄まじさが窺い知れる。

 男二人のやり取りに自分を案ずる気配を察してか、ジェシカは話題を変えつつ口を開いた。


「それにしても公国の方がこの件について先に動いていたとはね」


 言葉の調子から、ジェシカがなんとか気を取り直そうとしている様子を見て取って、イゾウとアーサーも話を合わせる。


「公国側に確保されてしまったPKプレイヤーがいるってのは厄介ですね。捕まったのが誰かは知らないけど、尋問だか拷問だかされちゃったら何でもベラベラ喋りそうじゃないですか?」

「まぁPKの口から我々の情報がダダ漏れしたとして、そこからどれだけ意義のあるものを拾われるかは別問題でしょう」


 案ずるイゾウに、アーサーは楽観的な言葉を返した。


「公国の人たちには荒唐無稽な戯言タワゴトに聞こえるってこと?」


 眉間に縦皺を刻んで訝しむジェシカに、アーサーは頷く。


「だってそうでしょう? 我々の身の上は、我が身に降り掛かってみなければちょっと信じ難いものですよ。ご承知の通り公国の人たちはそれなりに実際的且つ現実的な方々です。一先ずは化物のたぐいに断じられないか心配するだけにしておきましょう」


 そう言いつつ、実際に神懸っているらしいカラグ公子という存在を突破口にして、自分たち《偽神》もあるいは許容されるのではないかという考えがアーサーにはあった。

 自分たち《偽神》に対する公子自身の心象も悪くなさそうで、彼がこの事態に臨む以前、先ずはタリアたちのパーティーと知己を得ていたことに、アーサーは幸運を感じてもいた。

 カラグ公子が最初に出会った《偽神》がタリアやジャックたちであったことが双方にとって有益であろうことは、身内の贔屓目を抜きにしても疑いようはない。

 カラグ公子とのファーストコンタクトがタリアたち善良で頭の回る者たちでなかったなら、侮られるか危険分子と見做されても不思議ではなかった。


「公国の要人をツテに協力関係が築けそうな今、その辺りもこの事態を収めれば悪いようにならない雰囲気があるんで」

「ああ、公国の王子さま(、、、、)を待たせてるんだったね」


 ジェシカは言いざま、チラっと集結場所の一角を見遣る。タリアたちの集団に見慣れぬ、遠目でも見目麗しいカラグ公子の姿を認めると、彼女は一つ頷いた。


「ならせいぜい悪印象を持たせないよう、急ぐとしましょうか」


 それなりの身嗜みで対面を繕おうということなのだろう、彼女は〈浄化ピュリファイ〉の呪文をさっと唱える。この辺を自然にこなすジェシカに、流石リアル社会人女性は違うなと、アーサーは妙なところで感心する。


「しかしタリアねぇも上手い具合にコネを作ってたもんだよね。おまけに引きが強いというか。この前の夜に話して聞かされた王子さまと、こんな所でバッタリなんて」

「カラグ公子がここにいるのはある程度必然だったでしょうが、タリアが居合わせたってのはまったくの幸運でした」

「二人とも今更すぎるというか、タリアさんたちの引きが強いのなんてゲーム時代に散々目にしたじゃないですか」


 三人は他愛ない言葉を交わしつつ、タリアやカラグたちのもとへと足を運んだ。



 ジェシカたち本隊が集結地点と選んだのはゲーム時代には《大部屋》の名で呼ばれた連絡路の結節点だった。五本の連絡路が交わったこの変則的な広場は《大部屋》と呼ばれつつも、その実『部屋』には分類されていない。

 ゲームでは初心者用ダンジョンとして機能していたこの遺構は他のダンジョンとは異なり、連絡路で繋がれた各『部屋』にしかモンスターが出現しない作りになっていた。このため、《大部屋》はプレイヤーの休憩や緊急避難先に好んで多用されたという実績があり、ある種有名だったために集合場所としてはうってつけとなっていた。

 そんな《大部屋》の様子を、カラグ公子はしばらく観察していた。時折り冒険者(、、、)の誰かと目が合う。公子は少々慌てた様子で頭を下げる彼らの態度に、自分に対する敬意を感じて安堵する。それが現代日本人の小市民的反応でしかないとは想像もつかないカラグ公子は鷹揚に頷き返す。

 そんな両者の、外面的にだけはキッチリ組み合った様子をタリアは内心苦笑しながら見守っていた。だからというわけでもないが、カラグ公子の唐突な問いにもタリアは慌てることなく答えることができた。


「ここにいる冒険者が皆、タリア殿と同じような力量の持ち主なのか」

「はい。皆さん頼りになりますよ」


 タリアの返事にカラグは考え込む。《大部屋》に居合わせる者たちはざっと百名近くに見える。およそ五個小隊分の、自分に比肩しうる存在が集まっている事実にカラグは改めて脅威を覚えるが、なんとかそれをおくびに出さずに済んだ。それにこの場に集ったものたちからは戦いに疲れ荒んだ様子は窺えるものの、やはり悪しきものが感じられない。


「しかし数が聞いていたより少ないのは、まだ交戦の最中ということだろうか?」


 僅かな逡巡を誤魔化すように訊ねたカラグの問いはタリアにも答えられないことであったが、すぐに別のところから回答があった。


「その通りです、カラグ公子様。すでに何名かの命は喪われてしまいましたが、まだ私たちには百五十名からなる仲間が居ます。ここに居ない者たちは、今も敵を追い、あるいはこの休息所に至る連絡路で守りを固めてくれています」


 アーサーともう一人、甲冑の戦士を従え登場した龍人の僧侶は、良く徹る声でそう言うと、やおら腰を折ってみせる。


「先ずは不躾に口を挟んだことにお詫びを。仲間たちの代表を任されております、僧侶のジェシカと申します」


 見慣れない意匠ではあっても神々しさを感じずにはいられない僧衣を纏ったジェシカの威容は、その高レベル僧侶という地力も相まって相応の眼力を持つカラグをして感銘を与えた。ある意味で神という存在に近しい彼は、ジェシカの《偽神》としての威を徳と同じ様に捉えて敬意を抱く。


「お初にお目にかかる、ラエルガス公国が二子にしてラエルガス監視団団長カラグと申す。この地に蔓延る狼藉者の排除にあたり、協力を仰ぎたく参りました」


 カラグは略式ながらもジェシカに一礼すると、彼女と視線を交わす。ジェシカはそれに力強く頷いた。


「願ってもない申し出です。カラグ公子様、貴方に最大の感謝を」


 安堵するように一度目蓋を伏せたジェシカは、次の瞬間には爛々とした光を湛えた瞳を開いて声を張り上げる。


「では急ぎ協議を。ご提案のほどはいくつか伺っております。具体的な指針を早急に取りまとめて行動に移らねば、時機も逸しましょう――」



         ◇         ◇         ◇



「抜ける? この集団をか?」

「そうだアヘッド。俺はここらで抜けさせてもらう」


 PK集団の本陣とも言えるボリアD中(ダンジョン )央最深部。PKK迎撃から一旦引き上げたアヘッドを待っていたのは、決別を告げる仲間の言葉だった。

 アヘッドとは別方面へと迎撃に出ていた戦匠(バトルマスター )の男はアヘッドを招き寄せると、声を潜めて話を切り出した。


「現状は極めて分が悪い。なのにここの大半の連中はまだお客様気分だ。PvPって遊びだった時には頭数を揃えるって意味でそれでも良かったんだがな」


 アヘッドの表情が驚きを経て苦悩のそれに変わるのを見て取った戦匠は、これはこちら側には引き込めないなと半ば諦めつつも話を続ける。


「今俺たちが対面している状況は遊びじゃない。いやつい今朝方までは俺も遊びだと思ってたさ――思い込もうとしてた」


 無意識にか、己が銀色の甲冑に穿たれた傷を指先でなぞりつつ話す戦匠には疲れた様子が見て取れた。


「だが違う。所詮NPCだと思ってた公国のやつらも、そんな生優しいモンじゃなかった。あの兵隊たちは本物なんだよ」

「なら、皆で対策を練って――」


 言い募ろうとするアヘッドに戦匠は小さくかぶりを振る。


「いいかアヘッド? ことの当初、公国のやつらは木っ端な偵察をまばらに送ってきただけだった。その次が特殊兵っぽい集団。ここで初めてこっちから死人(、、)が出て俺たちはちょっと本気になった。そしたらやつらは、こちらを圧倒する頭数を揃えて対抗してきた。数が多いだけじゃない、やつらはその数を活かせる集団だった。俺たちは本気にならざるを得なかった――」


 戦匠は話しているうちにやや大きくなった自らの声に驚いたように一旦口を噤む。そして息を整えると、彼は再び声を潜めた。


「今では勝率もやや分が悪い。殺されても実は死んでないって俺たちのチートに気づかれてなかった分だけ優勢に見えるだけだ。公国のやつらは綺麗に殺してくれるからリカバリも楽だったしな。だがその優位性も、もうなくなるだろ。さっき戦った公国の兵隊の中にエルクーンのPKKが混じってた。今回やられた味方はおそらく回収できない」

「間違いないのか?」


 戦匠の話にアヘッドが思わず問い質すと彼は、きっぱりと頷いた。


「しっかり黄色の布を巻いてやがったよ。そして恐ろしく強い。強いなんてもんじゃないな、アレは別次元だった」


 戦匠の口元が、いびつな笑みを力なく形作る。


「攻撃魔法が剣撃で撃墜される場面をみたら無力感半端ないぞ? おまけに大剣グレソの群れをミサイル(、、、、)みたいに(、、、、)飛ばしてきやがる。追尾機能ホーミング付きとか反則だろ」


 にわかに信じ難い話にアヘッドが目を丸くしていると、戦匠は肩をすくめた。


「エルクーンのPK連中はどこに目を付けてたんだろうな。俺だったらあんなやつ敵に回してまで悪さしようと思わなかっただろうよ」


 そしてここが肝心なんだが――と、戦匠はその表情を厳しくする。


「エルクーンのPKKが公国の兵隊に混じってた、ということはだ。やつらはどういうワケかは知らないが協調してるってことだ。これまでのような二正面戦から、下手すると挟撃されることになる」


 そんな状況で逃げを打とうって言うんだ、自分で頭を働かせられない木偶の坊は足手まといにしかならない。他人任せなその他大勢には、ゲームだった時と同じようにせいぜい弾除けとして役だってもらって俺たちは生き延びるさ――そう冗談めかして話を締めくくった戦匠の目は、まったく笑っていなかった。


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