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決戦世界のタリア  作者: 中村十一
第二章 再会のまれびとたち
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27.公都の長い夜 その6

2012/10/31:victor様。レビューありがとうございました。この場を借りてお礼申し上げます。

 物騒な音を立てて飛来する投擲用刀子スローイングダガーを、黒をまとった剣士は難なく弾き飛ばした。長い年月により痛んだ遺構ダンジョンの石壁に跳ね返ったそれが、小さく火花を散らす。


退け!」


 大仰な銀の甲冑に身を包み、衝き徹すような声で呼ばわった男の合図に襲撃者たちは揃って身を翻した。追う側の黒の甲冑姿の剣士が追撃に放った奇怪な遠当ては、殿しんがりに一人残った銀甲冑の敵による何らかの手段(、、、、、、)で阻まれる。

 闇色の甲冑に身を包んだ剣士――ナヴィガトリアに続いたラエルガス監視団の兵士たちはそのさまに驚き目を剥く。黒と銀、それぞれ頑丈そうな甲冑に身を包みながらも、軽装の自分たちをしのぐ身軽さで駆けてのける両者が繰り出す技は、兵士たちの目に性質たちの悪い手妻てづまと映った。


「――戦匠バトルマスターか」


 誰の耳にも届かない小さな呟きがナヴィガトリアの口の中でこぼれる。ゲームではレアアイテムで知られた甲冑に身を包んだ戦士系PK。それが行使した防御スキル、しかもナヴィガトリアの技に耐え切るほどの強度からしておそらくは上位職による〈巨壁〉(グランドウォール)であろう。かつては派手なエフェクトを伴った防御スキルは、その極めてゲーム的な演出が失われて不可視の障壁と化していた。地味に嫌らしい変更アップデートに、ナヴィガトリアは小さく舌打ちを漏らす。

 PKたちの撤収は速やかだった。その鮮やかな引き際は、見る者が見れば逃走もまた計算の内と読める。だがナヴィガトリアは構わず追いかけようとした。


黒いの(、、、)、深追いするな! 分断戦法かも知れないッ」


 背後から呼びかける声にナヴィガトリアの足が止まった。追いつきつつ、素直なのはあり難いがこの御仁も大概アンバランスだなと、アーバスは胸の内で独りごちる。恐るべき戦技の冴えを見せる一方で、戦いの推移に対する目利きがさほど達者ではない様子が窺える。

 思い返すまでもなく、それはこれまで戦ってきた敵にも当てはまる特徴だった。ただ今回の襲撃に混じっていた銀色(、、)は目端が利く様に見えたが。

 腕の立つ冒険者は荒事から生き残り続けた経験によってその辺の勘が鋭い。それはラエルガス監視団勤めで多くの冒険者たちに触れ、自らも任務の一環で迷宮に潜って得たアーバスの見識だった。

 そんな彼の目から見れば、今回の敵やこの黒甲冑の剣士は随分と異質に映る。経験不足と見える割りに腕が立ちすぎるというか――

 何となしに見詰めていると、その問題の助っ人と目が合った。捉えどころのない無表情に、それでもわずかに物問いたそうな色が浮かんでいる。多少ばつの悪さを覚えて、アーバスは誤魔化すように肩をすくめた。



 奇妙な縁と名立たる龍であるバーテニクスの取り成しによって共闘することになった冒険者たちの集団とラエルガス監視団。手短な話し合いの末、ことの次第を本件の対策本部へと報告するために一個分隊が踏破してきた地下遺構を引き返すこととなった。そこでとある問題が生じた。

 今回の任務の当初、ラエルガス監視団は分隊単位で遺構の探索に当たっていた。しかし遺構での遭遇戦による人的損耗の度合いが、カラグ公子をして危機感を募らせるに至った。

 このことから小回りが利く分隊で当たることが常なダンジョン探索任務としては異例とも言える小隊規模での行動が本任務では採られた。探索の効率低下もやむなしとの判断である。

 そんな状況であったために、このタイミングで隊を割ることにカラグ公子は悩んだ。往路は敵を、それこそ殲滅しながら進んできたが戦場において絶対はない。分岐路で別の方面へと向かった小隊が敵に後れを取っていないという保証もない。苦慮する彼に、冒険者の側からとある提案が為された。

 こうして、低下した戦力を補うため、連絡任務を帯びた分隊には護衛兼助言役としてナヴィガトリアが同行することとなった。



「先任。制圧してきたはずの復路で襲撃されるってことは、やっぱり他の隊は上手くいってないってことですかね?」


 しばし物思いに沈んでいたアーバスは、歳若い同僚の声でにわかに現実へと引き戻された。


「どうだろうな。こちらが把握してない失伝した通路でもみつけて利用しているのかもしれん」


 渋面を繕って答えると、心なしかわずかに顔を青褪めさせた兵士は、なおも何か言い募ろうとする。


「それと、見間違いじゃなかったとしたら奴らの中に――」


 それを、アーバスは皆まで言うなといった風に手を振って黙らせた。


「――いずれにしろ只では引き返せないという読みは当たっていたわけだ」


 アーバスや新入り兵士の奇怪なやりとりにも顔色一つ変えない分隊長が呟いた言葉にナヴィガトリアは小さく頷いた。


「貴方たちが敵の死体を放置したという事実を我々は危ぶんだ。彼らは少々普通じゃない。探索の途中で放置したという死体は、一つも見当たらなかったのだろう?」


 ナヴィガトリアの問いに、分隊長は憮然といった表情を微かに浮かべる。


「ああ、悪い夢でも見てるようだよ。もう幾つか交戦した場所は通り過ぎた。血痕が残っていたのが動かぬ証拠だ」


 苦々しげに語る分隊長の言葉に、アーバスはわずかに躊躇ったあと、今しがた同僚が言おうとした忌々しい事実を口にする。


「さっきの敵の中に、斃したはずのヤツが混じってました」


 思わず地母神デルファの聖印を切ったアーバスの仕草に不思議そうな一瞥をくれたあと、周囲の顔を見渡したナヴィガトリアがきっぱりと告げる。


「多分見間違いじゃない」


 彼のその言葉に、薄ら寒そうにしていた兵たちから絶望的な呻き声が漏れた。唯一人音を上げない、まさに鋼の兵士然とした分隊長がナヴィガトリアに問う。


「それは高位の《不死の魔物(アンデッド)》と化している、ということなのだろうか?」


 分隊長は己が知識から該当しそうな事例を口にした。|《外念体》《アウターソウル 》にとり憑かれた死体や亡霊(、、)という、唾棄すべき魔物がこの世界ではアンデッドと呼ばれている。その中でも高位な存在は、尋常な手段では斃し切れないことがままあるというのが通説だった。

 以前強力なアンデッドである《ペイルナーガ》と戦った折りに、その辺の情報をバーテニクスから得ていたナヴィガトリアは首を横に振る。


「アンデッドとは違う。死に難いだけ。きっちり壊せば殺せる、らしい」


 微妙に伝聞的な黒の剣士の口ぶりに周囲の者たちは首を捻る。


「今回の敵は徹底的にその身体を破壊する必要がある。貴方たち兵隊は効率的な人体の無力化を心得ているかもしれないが、今は忘れた方が良い。心臓、首、頭、急所は色々あるけど、そこを壊しても機能不全を起こすだけで直されたら復活する。同じ人間相手だと思わず、無力化したら容赦なく壊すこと」


 ナヴィガトリアのその異常且つ容赦ない言葉に、兵士たちは驚くと共に鼻白む。


「こんなこと事前に言っても、理解も納得も難しかったろうから」


 それもあって私がついてきたというナヴィガトリアの平坦な話しぶりを耳にしつつ、アーバスは別れる前に少しばかり言葉を交わしたクロネの話を思い出していた。


(こっちもこっちで同じ人間だと思うな、か。まったく気が変になりそうだ)


 敵はこちらを同じ人間として認識していないとクロネは言った。アーバス自身が漫然と抱いていた印象は、あの時の彼女の言葉によってまざまざと浮き彫りにされた。


(そりゃ喉元を掻っ切られても蘇る奴らからしたら、俺たちは同類じゃないわな)


 アーバスはそんな風に、クロネの話をこの場は曲解して受け止めた。生き汚いバケモノ相手というなら、アーバスたちラエルガス監視団には如何様にもやり方はある。彼が己が胸の内でそう結論着けていると、分隊長が行動再開を宣言した。


「よし、オブザーバー殿の話はしっかり拝聴したな? 今度奴らと交戦したら、迷宮のバケモノ退治の要領でいく。おっかなびっくりやってる暇はない。とっとと後方へ連絡を付けるぞ」


 自分と同じ結論に達したらしい分隊長の声に、アーバスは短く応じた。他の兵士たちも各々気を取り直した様子で隊伍を組み直しに動く。

 その矢先、形容し難い悪寒がアーバスを襲った。とっさに地面へと伏せた直後、けたたましい風切り音と共に数条の火箭が飛来した。隊を乱していた分隊の兵士たちではあったが、そこはラエルガス監視団の精鋭たちである。一様になんらかの防御策を講じてことなきを得ていた――唯一人動けなかった新入りを残して。

 アーバスは先ほど青褪めた表情で自分に話し掛けてきた彼が昏倒する様を無感動に眺めた。同僚の兵が斃れることなどそうあることでもないがさほど珍しいわけでもない。しかし目が捉えた情報を精神的衝撃に因って一時的に鈍っていた頭が噛み砕いて飲み込んだ時、彼は驚きに目を瞠った。

 ナヴィガトリアが振るった不思議な色の剣が飴細工のように引き伸ばされ、新入りを貫いたかに見えた一本の矢を搦め捕っている。

 慌てて倒れた兵士を確認した。喉元に矢を受けた末に倒れたと見えた彼の身体は無傷で、微かに身動みじろぎする。


「オーグッ、手前ぇ紛らわしいんだよ!」


 アーバスが喜色の滲んだ叫びを上げつつ起き上がる頃には、すでにナヴィガトリアの姿は近くになく、彼が伴った《導く灯り》が通路を遠ざかって行く。


「今度は剣士殿に遅れるな、食らい着いて行け、散開しつつ前進ッ」


 分隊長の指示が飛ぶ。ナヴィガトリアの背、その悪目立ちする赤のマント目掛けて隊員たちが駆け出す。この狭い通路で散開もないもんだよなとボヤきつつ、アーバスは都合良く気絶している新入りに喝を入れるべく走り寄った。

 神懸かった助っ人の妙技によるものか、敵の矢はもう届いてこない。



         ◇         ◇         ◇



 カラグ公子が直率する分隊と行動を共にする《偽神》三個パーティーはナヴィガトリアたちの分隊と別れたあと、直近の分岐地点へと引き返していた。進んだ先の様子は公都の市街側入り口より進出してきたカラグ公子たち小隊の活動によって明らかになっており、目標たる犠牲者らの監禁場所や敵の本隊が存在していないことが判明していた。

 一行が急ぎ復路を辿っている途中、タリアの帽子の上に止まっていたバーテニクスが不意に頭をもたげた。


『ナヴィから報告。案の定、襲撃に遭ったって。おまけに公国の兵隊たちが斃したっていう敵もきっちり復活してるそうだよ』


 頭上からのバーテニクスの《交感こえ》に、タリアは「了解です」と返す。バーテニクス曰く、彼とナヴィガトリアとの《交感》は公都ボリアの端から端くらいまでの距離は問題なく届くらしい。その便利さもあって、連絡部隊の護衛にはナヴィガトリアが就くことになった。

 例の甲高い『龍語』が響くと、こちらも同じ報告を受けたのかタリアの傍らのカラグ公子が「承知しました」と頷いた。

 タリアと同じ《交感》を受けた取っていたアーサー、そしてカラグ公子はそれぞれが率いる集団に行軍停止を指示する。二人はバーテニクスを通じてもたらされた報告を各員に伝えた。斃したはずの敵が復帰していたという点について、冷静に頷く冒険者たちとは反対にラエルガス監視団兵士たちの動揺は小さくない。


「こちらの動線が確保できていない状態では我々の協力態勢を他の小隊に伝達するのは難しい」


 カラグ公子は難しい表情を浮かべて考え込む。しばしの間を置き、公子はアーサーに訊ねた。


「――そちらの本隊との合流は容易だろうか?」

「シラミ潰しにしてきましたから私たちの退路は確保できていると思います。後退は容易かと」


 カラグ公子の問いに、アーサーが請け負う。


「ならばそちらとの合流を優先しよう。貴君ら集団の各隊が進出先で我が方の別働隊と遭遇した際に事情説明をお願いしたい。こちらの隊を分けてそれぞれに兵士を同行させれば問題ないと思う」


 公子のその判断に、アーサーは思わず彼の顔をまじまじと見詰めてしまった。なかなかに融通の利く御仁だと驚いているとそれが顔に出てしまったのか、公子が面白がるようにして人好きのする笑みを浮かべる。


「私は少しばかり変り種で知られている。形式より実利優先でね」


 そんな二人のやり取りに、タリアは公子が率いる兵士たちを窺った。彼らの長の言葉に驚く素振りや不満がる様子もない。カラグ公子と同じように、それが有効な手立てだと理解しているのだろう。噂通りの驚くべき兵士たちだと内心舌を巻く。


「了解しました公子様。その信頼に応えられるよう努力致します。貴方に感謝を」


 アーサーの芝居掛かった厳かな宣言に、後ろに控えていた《偽神》たちも見様見真似で倣った。カラグがどういった人物なのかは、先の話し合いの折りにタリアとクロネが説明している。《偽神》たちの態度は、今後こちらの世界での自分たちの生活に小さくない影響を及ぼすであろう公国の偉いさんに対してのポーズと言えた。


「こちらこそ協力に感謝する。正直貴君らの存在はありがたい」


 その率直なカラグ公子の態度に《偽神プレイヤー 》の誰もが安堵する気分と共に好感を覚えた。正直、フィクションにありがちな馬鹿で暗愚な王子様じゃなくて良かったとの思いは皆に共通していたと言える。


「では冒険者諸君、今まで以上に先を急ごうか。無駄な争いが起きる前に」


 朗らかな公子の宣言に《偽神》たちの女性陣から黄色い返事が返った。


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